蝶を当込めば棒に当たる

珍しく一段落の着いた執務。
凝りに凝った肩を解しながら土方歳三は息をつくと、飲みかけになっていた湯呑みに口をつける。
雪村が淹れた茶はとうにぬるくなってしまっていたが、根を詰めていた体の倦怠感を幾らか和らげるには十分だ。
他にすべき事を探そうとも考えたが、たまには一息ついてもよいだろう。
障子から透けて射す陽光の微かな温もりを感じて目を細めた。
どこからか、外を駆け回っているのであろう子供達の声も耳に届く。

「…春うらうら、になってきたってところだな。」

四季の移ろいはどうにも人の感性を揺さぶるものだ。
久々に一句、詠んでみてもいいだろう。
子供達も余程遊びが楽しいのだろうか、大きく声が響いてくる。
春、陽の目、童…、どう詠嘆すべきかと熟考しようとする土方だったが。

「…それにしたって妙に騒がしすぎやしねぇか?」

先程まで何の変哲もない笑い声だったはずなのだが、特有の甲走った音は徐々に絶叫とも呼べるものになっている。
子供同士の喧嘩があってもここまではそうそうないだろう。
…子供にも容赦なくちょっかいを出す猫目の男が脳裏に浮かんだ。
嫌な予感に顔を曇らせた土方は自室を出ると足早に騒ぎの出処へと足を向かわせる。
彼らがいるのは屯所のすぐ外らしい。
石畳を進み門を出れば、道の先で複数の人影が目に入る。
子供が四人に大の男らしき背中だ。

「見覚えのない奴だな。」

隊士の中には見覚えのない、長髪の男が子供達と話しているらしい。
今日は一番組が昼の巡察当番のため総司が関わっている事は薄いとわかっていたものの、この辺りで遊ぶ子供と言ったら八木家の子供達だ。
もし彼らに何かあったら笑い事では済まされない。
しかし子供達は細身の男のまわりではしゃいでいる様子である。
男の二の腕に子供達が群がれば、男は腕を広げて軽々と彼らを吊り上げた。
細身の腕に複数の子供がぶら下がっているのは異様な光景である。
そのまま体を回転させ始めれば、子供達は興奮した様子で声を上げる。
杞憂に済んだ土方は内心ほっとしたが、男が怪しい事に変わりはない。
念の為と声を掛けようとしたところで男とこちらの視線が丁度かち合った。
ふわりと浮き上がった長い前髪の隙間から覗く目が大きく見開かれたと思えば、バツが悪そうに露骨に歪む。
この目付き、そして顔を覆う口布に土方は大いに見覚えがあるのだった。

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