気がつけば、セーナは真っ暗な世界にいた。

何もない、ただ真っ暗なところ。けれど、前にも一度来たことのあるような不思議な感じがした。
自分は、どうしてこんなところにいるんだろうか?そんな疑問を浮かべるが、すぐにそんなことどうでも良いや、と投げ捨てる。

どうでも良いのだ。もう何もかも。


今の彼女の目に、光はなかった。当然だ。大切な家族を目の前で失ったのだから。
セーナは、生まれて初めて死にたい、とまで思った。何故、自分が生きているのかわからなくなってしまったのだ。彼女にとってカノの存在は、それほど大きなものだった。

あの真っ赤な地獄図が頭に染み着いて、ずっと離れない。血の匂い、サイレンの音でさえ、しっかりと覚えてしまっている。
それは、どんどんセーナを追いつめていくのだ。まるで『カノは、死んだんだぞ。もう帰ってこないんだぞ。』って諭すように。


「……もう、やだよ。」


セーナは、その場から一歩も動かず、静かに涙を流し続けた。
今日一日で一体どれだけ泣いたんだろう。もう一生分泣いたかもしれない。けれど、どんなに泣いても彼女の涙が枯れることはなかった。


「……っ、どうして…こんな、」

「”どうして”?それは、お前が望んだことだろ?」

「っ!?」


突然聞こえてきた自分以外の声に、身体がビクッと揺れる。顔を上げれば、目の前には黒い髪を一つに縛った男性が立っていた。にやり、と嫌な笑みを浮かべながら。

いつものセーナであれば警戒し、相手を睨みつけたりするのだが、今の彼女はそうしなかった。ただ、その男をじっと見つめ、ゆっくり口を開く。


「私が…望んだって、どういう意味?」

「そのままの意味。お前、皆と”お揃い”が欲しかったんだろ?だから、お前に宿っちゃったんだよ。『目に映す』能力がさ。」

「『目に映す』…?」


『目に映す』。それは、皆の目を自分の目に映す能力らしい。つまり、皆と”お揃い”の能力。
確かにそれは、セーナがずっと望んでいたものであった。けれど、


「私、こんなこと望んでない!」


カノが死ぬ世界なんて、望むわけがないのだ。

セーナは、ぶわっと溢れ出す涙を腕で力一杯拭って、男を睨みつけた。けれど、男はその殺気のこもった目に怯むこともなく、相変わらず笑顔のまま楽しげに話し出す。


「知らねえよ、これが運命だ。恨むなら、自分を恨めよ。こんな世界を望んだ自分をな。」

「っ、そんな…返してよ。お願い…カノを返して!」


セーナは、何度も「返して!」と泣き叫んだ。しかし、男は肩をすくめるだけ。セーナは、その場に崩れ落ちた。


…これは全て、自分のせいだと言うのだろうか。皆と同じ力が使えるようになったのも、カノが死んだのも。全部全部、自分が望んだせいなのだろうか。

もし、それが本当なら神様って残酷過ぎる。


大好きだった目隠し団の思い出。ずっと、続くと思っていた毎日。何よりも大切だったそれが、いとも簡単に壊れてしまった。それも自分自身によって、なんて……惨たらしいにも程がある。
神様は、こんな世界に何を望んで生きろと言うんだろうか。


「……っ、ぐす。うぅ…皆のところに帰りたい。」

「…帰ったって、また同じことが繰り返されるんだぜ?お前は、また此処で同じ苦しみを味わい、同じことを思い、同じ何かのために泣く。それでも、帰りたいのかよ。」


男は、初めて笑みを崩した。そして、数歩前へ進み、座り込むセーナを見下ろすように立つ。
すると、彼の言葉に何か引っかかるところがあったのか。セーナは、ゆっくり顔を上げて震える声で口を開いた。


「終わりはないの…?」

「この世界に終わりなんてないさ。どうしたって最後には、また此処に戻ってくるんだ。滑稽だろ?」

「…なら貴方は、そんな人達を見て何を思うの?」

「馬鹿だなって思う。何度も何度も、同じことの繰り返しだって言うのに、また同じ日々に戻ろうとするんだぜ?
そして、此処に来てまた泣き崩れる。『どうして、自分が』ってさ!その絶望に満ちた顔、悲壮精神がこれまた溜まらないんだ。」


そう言って、ニンマリ笑う男。狂ってい る。けれどセーナは、そんな彼を悲哀に満ちた表情で見つめた。


「……こんな真っ暗なところにずっと一人でいて、寂しくないの?」

「……は?何言ってんだよ。んなわけねぇじゃん。」

「でも、終わらないんでしょ?ずっと、永遠に続くんでしょ?……それって、きっと貴方も怖いよね?」


男は、目を見開く。そんな風に言われたことなんて、一度もなかったのだ。


怖い?この世界が?いや、違う。俺は、この世界を楽しんでいるんだ。何度も繰り返す生命達は、馬鹿馬鹿しくて笑えるし、一瞬で崩れてしまう笑顔を見れば、快感が走る。
そうだ。俺はこの不条理な世界に満足しているんだ。

なのに、何故だろう。
彼女の真っ直ぐな瞳に言い返す言葉は、全く出てこない。どうしてか、『寂しい』という言葉が自分にしっくりきたのだ。

この無限に続く世界に。終わらない真っ暗な世界に、ずっと独りぼっちな自分。



俺は、


「…寂しい、のかもしれない。」


それは、初めての感情だった。

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