走って、走って


商店街、高校、デパート、公園。知らない道、知らない世界をひたすら走る。

顔は、涙でぐしゃぐしゃだ。通行人は、そんな私に見向きもしない。まるで、初めから私の存在なんて無かったかのように通り過ぎていく。
…それは、キドの『目を隠す』という能力によく似ていた。


(どうして、どうして…!こんなっ、)


はあ、はあ…と肩で息をする。気がつけば、私は知らない森にいた。

冷たい風が吹き、ざわざわと木の葉が触れ合って音を立てる。もう、心の声は聞こえてこない。そのことに少し安心した私は、その場でずるずると崩れ落ちるように座り込んだ。
沢山走ったからか。もう私には、立つための体力も残っていなかった。


(なんで、なの?……どうして、私にも能力が?)


ずっと頭には、その疑問ばかりが浮かぶ。

どうして、今更なのだろうか。やっと普通の自分でも良いかな?って思えるようになったのに。どうして?

…それに、私の能力がどれも見覚えのあるものばかりなのは、何故なのだろうか。
兄の『目を盗む』能力。キドの『目を隠す』能力。
それから、皆には私が笑っているように見えていたことから、カノの『目を欺く』能力も宿っている可能性がある。

一体、どうして?



私は、膝に額を付けて、木の物陰にうずくまった。もう、何も考えたくない。

皆とお揃いの能力。あんなに望んでいたはずなのに、いざ手にしてしまうとどうしようもなく怖くなった。
キド達が苦しんでいた理由をまさか、自分が身を持って知ることになるなんて、想像もしていなかったから。覚悟も全然していなかったのだ。

突然の恐怖に身体が震える。


(助けて、やだ。誰か…助けてよ。)


全く私は、自分勝手だ。『お揃いで羨ましい』、だなんてマリーに言ってしまったけれど。まさか、こんなに恐ろしいものだとは思っていなかった。
まるで自分が自分じゃないみたいで。すごく気味が悪かった。きっと、皆もこんな気持ちだったに違いない。それなのに、私は……。


雨がポツポツと降り出して、私を濡らしていく。服が濡れて気持ちが悪い、だなんて今は考える気力も無かった。


こういう暗い気持ちのときに、いつも傍に居てくれた彼を思い出す。
『何処かへ行ってよ!』と睨みつける私にたじろぐこともなく、私の隣に腰を下ろして…『何があろうと僕は、セーナの味方だよ』って微笑んでくれる。

そんな彼の笑顔に、優しさに…私はいつも救われてた。


そう言えば、この世界に来る前。最後に見たのは、彼の絶望に満ちた顔だったっけ…。


(カノ……)


今、どうしようもなく会いたい。傍にいて欲しいって思った。笑顔が見たいと思った。


ねえ、お願い。
助けてよ、カノ…っ




「……見つけた。」

「っ!?」


聞き間違えるはずがない。今、一番会いたいと思っていた彼の声が聞こえた。
私は、ばっと顔を上げる。私の目の前には、雨で全身ずぶ濡れのカノが立っていた。


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