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単車で街を疾走しながら辺りを見回すが、矢張り人影は何処にも見られなかった。
一先ず誰かと合流しなければならない。美咲は方向を変え、武装探偵社のあるビルヂングに向かって単車を走らせる。社員なら其処に集まる筈だ。

が、しかし角を曲がった瞬間。遠目に見えた姿シルエットに、美咲は思わず目を見開いた。

「く…国木田さん…!?」

その姿は確かに彼女の上司、国木田独歩だった。彼は此方に気付いた途端…懐から手帳を取り出し、千切れた頁を掲げる様に上へ上げたではないか。異能力が発動し、眩い光が発せられる。

「――!」

その頁は手榴弾へと変化した。はっとした美咲が瞬時に方向を変えると同時に、国木田は次々と具現化した手榴弾を此方へ投げ始めた。

――おいおい…!

冷や汗を流しつつ、上手く単車を操って手榴弾を躱していく。真横で爆発が起き、その爆風でバランスが崩れそうになるのをどうにか耐え、片手で拳銃を取り出した。
単車に乗ったまま、国木田に投げられ宙を舞う手榴弾に狙いを定め、銃弾を撃ち込む。途端に派手な爆発が起きて空気を揺らした。黒い煙に紛れ、やむを得ず方向を変えてアクセルグリップを強く握る。

──若しかしてあれは、国木田さんじゃなくて…

美咲が見たものは“独歩吟客”だ。国木田も自分と同じ様に、何らかが原因で自身と異能が分離してしまっているらしい。
だとしたら、尚の事誰かと合流するべきだろう。諦め半分で携帯を使おうとしたが、矢張り繋がる状態ではなかった。

小さく舌打ちを溢しつつ携帯を仕舞ったその時、近くから何かの物音がした。
はっとして目をやった瞬間…目の前に迫る、一筋の閃光。

「──っ!」

閃光の様に見えたそれは、美咲を殺す為に繰り出された刃の一撃だった。
顔を上へ逸らす。避け切れない切っ先が首を真横へ掠める。少しでも深ければ、その一撃は間違いなく美咲の息の根を止めていた。
咄嗟に右手で単車を操作して距離を置こうとするが、長い刃は逃がさないとばかりに次々と繰り出される。目の前に映る銀色のそれは、明らかに人間ではなかった。

「夜叉白雪…!?」

探偵社員、泉鏡花の異能だ。
咄嗟に辺りを見回すが、彼女の姿は見当たらない。鏡花が居ないという事は、夜叉は美咲をピンポイントで狙ったことになる──不可解だ。

右手で単車を操りながら左手に短刀を握り込み、夜叉の斬撃を受け捌く。手首を返すように動かせば、夜叉の手から刀がその勢いで強く弾かれた。
夜叉に出来た隙を見逃さず、更にスピードを上げて一気に夜叉と距離を取る。スピードを落とさぬまま交差点を曲がり、車の間を縫うようにして街を走った。

その間に思考回路を巡らせる。疑問は多いが、考えなければ何も解らない。
様々な情報、思考が絡み合っていく。そうしてたどり着いた答えは、自分にしてはやけにあっさりとしたものにも思えた。

──異能が、その持ち主を殺してる…?

即ちこれは、自身の異能との戦い──そして自分達は能力が使えない、というハンデ持ちの。不利な状況に思わず自嘲的な笑みが浮かぶ。

夜叉が美咲を襲った、という事実はよく分からない。しかし止まれば確実に命はない…それだけは明白だった。
一体どうすればいいのか。途方もない疑問が浮かび上がる。自分のもう片方の異能が分離していないだけ運が良かったのだろうか。


そんな時──単車の進む先に、人影が見えた。

「!」

黒い外套を着た男。対峙するのは、人ならざる黒衣──異能力。襲い掛かる猛攻をどうにか躱しているが、力の差は歴然としていて、じわりじわりと男は追い詰められている。
この霧が発生してから、初めて見た生身の人間。美咲はその名を大声で叫ぶ。

「芥川さん!!」

例え黒社会の組織、ポートマフィアの禍犬だろうとしても。
男──芥川龍之介は瞠目し、美咲の声へ瞬時に反応した。そして彼女の意図を瞬時に理解して、次々と自身を貫こうとする黒獣を紙一重で避け、単車の方へと走る。
美咲が片手をグリップから離し、それを伸ばした。芥川も彼女へ手を伸ばし──単車が芥川の横を走り去る瞬間、互いの手はきつく掴み合う。

芥川は遠心力を利用し、直ぐに美咲の後ろで単車を跨いだ。追手は黒衣を自在に操り、執念に二人を狙う。
その猛攻を、美咲が絶妙なタイミングで躱していった。一気に距離が離れたところで、張り詰めた緊張の糸を解くように「はぁ」と息を漏らす。

「間一髪でしたね…」
「貴様、今の状況を理解しているのであろうな」

後ろから聞こえる芥川の声は低い。美咲が何か云う前に、芥川は彼女の外套を捲り上げ、その内側に仕舞い込まれていた短刀を手に取った。今も昔も変わらぬ場所に武器を仕込む癖がついていて、芥川はその癖を覚えていたらしい。
前を見つめ続ける美咲の首元へ、ひやりと冷たい刃があてがわれる。

やつがれの手で、貴様は直ぐにでも死ねると云うのに」
「こんな状況で殺し合いをしても、事態は何も解決しませんよ」

美咲の声は冷静だった。それは芥川が絶対に自分を殺さない、という確証から来ており、芥川もそれを理解していた。
刃は直ぐに外され、無造作に美咲のベルトへ刺すように戻される。その勢いで破けたシャツへ僅かに眉を顰めつつ、美咲は言葉を続けた。

「芥川さんも、異能力が分離を?」

先程芥川と戦っていたのは、まさに黒衣の怪物だった。その攻撃法は普段の芥川と同じもの…あれが羅生門だという結論には直ぐに至る。
案の定、芥川が微かに頷く気配を感じた。

「ああ。貴様もそうだろう」
「そうです。異変が起きてから誰かと会いました?」
「否」
「ならまずは…」

探偵社員であれマフィアであれ、一人でも多くの者と合流するべきだろう。
美咲はアクセルグリップをより強く握る。後ろに乗る芥川が「揺れる」と文句を溢しているが、それには一切耳を貸さないことにした。

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