3


暗い地下に当然ながら人気は無い。工場か何かの地下のような道を進みながら、敦は探偵社での依頼の件を美咲へかいつまんで説明していた。

「…成程ね。安吾さんから」

詳しい話は敦も知らないが、美咲は坂口安吾──先刻依頼を受けた特務課の者──と面識があるらしい。事のあらましを聞いた彼女の表情は、あまり良いものとは云えなかった。

「…てっきり、もう死んでるのかと思ってたけど」
「え?」

ぽつり、と独り言のように呟かれた言葉に敦が聞き返す。それに何でもないよ、と答え、美咲は黙々と足を進め始めた。

「でも…なんでこんな奴と一緒に…?」
「情報を持ってる。何より異能力を取り戻した彼は戦力になる。澁澤を排除する目的は同じ」

敦の問いに鏡花が淡々と答える。隣を歩く美咲も同じ意見なようで、特に口を挟む様子は見せない。
だけど…と納得のいかない様子の敦を遮る様に、不意に芥川が口を開いた。

「鏡花。母親の形見の携帯は、まだ大事にしているようだな」
「母親…?」

芥川の目線の先には、鏡花の胸元で揺れている携帯電話がある。初耳だった言葉に敦が思わず足を止めた。
その携帯は母親のものだったのか、なぜ芥川はそれを知っているのか…様々な疑問が脳内を駆け巡る。芥川は敦へ蔑むような表情を浮かべていた。

「そんな事も聞いていないのか」
「…聞いてない」

ぽつり、と敦が溢した。
まるで会話を断ち切るように、鏡花が視線を敦の隣の美咲へと向ける。

「最短ルートは?」
「二年前と変わっていなければゼロゴーゼロゴーだけど…」

確認を取る様に美咲が芥川へ目をやった。芥川は不機嫌そうな舌打ちを溢し、何も云わずにその方面を目指す。どうやらこの辺りは以前と何も変わっていないようだった。

ゼロゴーゼロゴーとはポートマフィアの隠語である。当然敦には何の事だかさっぱりわからない。鏡花にも美咲にも他意はないのだろう。
置いていかれたような気分になり、敦は疎外感を抱きながら無言で足を進めた。



●●●



細い通路は下水道へと繋がっており、ようやく四人はマンホールから地上に出る。数匹の鼠が逃げていくのが見えた。
濃い霧に覆われた辺りには、沢山の太いパイプや金属で覆われた建築物、幾つかの煙突がうっすらと確認できる。此処等に製鉄所があるのだろう。
芥川に続いて鏡花、美咲、そして敦がマンホールから這い出る。ふと芥川が何かに気付き、工場の方面を見据えた。

やつがれの存在を感じられるのも道理か」
「え?」

どういう意味か、と敦が問おうとして視線を向け、そして直ぐに気付いた。
前方の工場にある煙突付近に、黒い影が立っている。羅生門──芥川から分離した異能は、黒い影を蠢かせながら此方を見下ろしていた。
恐らく分離した異能は、本来の持ち主である能力者が何処にいるのか感じられるのだろう。でなければ待ち受けることは出来ない。

「己が力を証すため、あらゆる夜を彷徨い、あらゆる敵を屠ってきた…だが盲点だった。戦い倒す価値ある敵が、こんな近くに居たとはな」

芥川は静かにそう呟き、三人を置いて羅生門の待つ方へと歩いて行く。濃い霧によって直ぐにその姿は見えなくなった。

「確かに…今はそれぞれ、すべきことがある」
「!」

張り詰めた様子で鏡花が云い、同時に短剣を構える。振り返れば彼女の視線の先に、夜叉白雪が降り立つのが見えた。
同時に敦の背後から低い唸り声が聞こえる。はっとして敦が振り返れば、一匹の白い虎が此方を睨み威嚇をしていた。

「…お願いがあるんだけどね」

一応塞がった右肩、そしてその前に斬られた右手首を確認しつつ、不意に美咲が口を開いた。

「多分…私のもう片方の異能は発動していないから分離していない」
「え、」
「私は異能を倒し次第、直ぐに例の骸砦に向かう。だから若し、あの莫迦に会ったら…直ぐに私と合流するように云って欲しい」

“あの莫迦”…話の流れからして、彼女の元相棒──志賀亮の事だ。
二人の片方の異能の発動条件が厳しいのは、敦も鏡花も知っていた。しかしその二つを組み合わせた時、二人は最恐の名の通りになる。
それが万が一のための…切り札になるかもしれない。

美咲の言葉に敦が戸惑いつつも頷き、鏡花も真剣な表情で「分かった」と頷いた。
ありがとう、と二人へ僅かに微笑みかけた美咲は、先程芥川に取られた短刀を取り出す。彼女の視線の先には、殆ど同じ容姿をした異能“生れ出づる悩み”がゆっくりと姿を現していた。

「それと…敦君、鏡花ちゃん。無事でいてね」

─無事でいてくれ

あの時、太宰は一体どんな心境でその言葉を云ったのだろう。敵陣に加勢する決意を、あの時には既にできていたのだろうか。次から次へと生まれる疑問にそっと蓋をする。
先ずは目の前の敵…そして安全の確保だ。噛み締めるように美咲が云うと、二人が小さく息を呑んだのが分かった。

「…はい!美咲さんも…っ」
「分かってる…死なないで」

そんな返事に美咲は僅かに微笑み──そして自身の異能が振り下ろした一撃を受け捌き、戦闘へと縺れ込んだ。

前頁
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -