まほやく

※以前ツイッターの方にあげてたやつです
※親愛エピみたいなものだと思って下さい
※イベストとか全部読み終えてないので矛盾があっても目を瞑って下さい
※なんでも許せる方向け




「なまえ! この後時間ありますか?」

 俺が彼女へそう声をかけたのは、朝食が終わって皆が思い思いの時間を過ごしてた時だった。
 呼び止められたなまえが足を止め、不思議そうな顔でこちらへ振り返った。アメジストみたいな紫の瞳をゆっくりと瞬かせて「あるけど……どうかした?」と問うてくる。本当に綺麗な方だなあと実感しながら、俺は勇気を出して言葉を続けた。なまえのことをもっとよく知りたい、と。


○○


「……成程。賢者の書にね」
「そうなんです。こうしてちゃんと記録を残せば、次に選ばれる賢者が役立てることができるかなって」

 場所は変わり、此処はなまえの自室。魔法舎の五階の角部屋にある空き部屋に、なまえはそこで居候といった具合で住み着いている。
 それぞれの魔法使いの性格や特徴などを知るべく、最近の俺は様々な魔法使いの部屋に赴いては色々な話を聞いていた。そうして今日は、たまたま朝食の後にすれ違ったなまえに話を聞こうと思ったのだ。事情を話すと、彼女はすぐに頷き、こうして俺を自室へと招いてくれた。

「そういうことなら勿論力になります。でも私でいいの?」
「なまえがいいから声をかけたんです。あ、言いたくないことがあれば、無理して言わなくても大丈夫ですからね。あくまでお喋りですから! 尋問とかでは全然ないので!」
「賢者様に話したくないことなんて、別にないけど……はは、そう言ってくれてありがとう」

 慣れた手つきで紅茶を淹れながら、なまえは当然のようにそう言った。俺はなんだかそれが照れくさくて、ゆるゆると口元を緩める。

 なまえという魔女は、賢者の魔法使いではない。
 詳しいことは知らないのだが……俺の一つ前の賢者が、何か危ないことに巻き込まれた時、丁度通りかかった彼女が気まぐれに賢者を助けたのが始まりだとか。
 危ないところを助けられた前の賢者が、恩返しがしたいと言い出して、そのまま成り行きで魔法舎に部屋を設けて貰ったそうだ。“すっごい美人の魔女。いやもうとにかく美人。美しい。綺麗。すごい。”……などと賢者の書には記されている。
 基本的に紅一点な彼女だが、日々の生活で窮屈そうな姿はあまり見ない。食事は美味しそうに食べるし、他の魔法使いと談笑する姿をよく目にするし、何かあった時に「なまえさん!」と彼女が呼ばれることは珍しいことではない。頼れるお姉さん、みたいなポジションだ。
 勿論、俺もなまえに頼ることはよくあって、だからこそきちんと彼女のことを知っておきたいと思った。そうして今に至るのである。


「んー、何から話そうか……やっぱり自己紹介かな?」
「そうですね。お願いします!」

 紅茶を淹れてくれたなまえへ礼を言い、カップを手に取る。ふわりとハーブの香りが広がって、つい口元が綻んだ。
 そんな俺を笑顔で眺めながら、なまえは改めるように僅かに背筋を伸ばす。

「改めて……なまえと申します。私が生まれた時は、まだファミリーネームっていう概念が無かったから、そういったものはありません」
「えっ、そ、そうだったんですか!?」

 そういえば似たようなことをオズやフィガロが言っていたっけ。それをなまえへ言ってみると、彼女は少しだけ眉を下げた。
「うん、まあ似たようなものだよ。歳も同じくらいだし」
「じ、じゃあ、めちゃくちゃ年上……?」
「そうだね。年齢を数えるのはかなり昔に止めたから……フィガロやオズと同い年ぐらいだと思って貰えれば」
 とんでもない事実が発覚してしまった気分だ。確かにお姉さんぽいとは思っていたが、そこまでご長寿だったとは。頼れるお姉さんというより、頼れるおばあ……いや、見た目はお姉さんだから、そういうことにしておこう。うん。
 女性に年齢の話はあまりしてはいけないものだし、慌てて話題を変えることにする。

「えっと、それじゃあ……なまえの出身はどこですか?」
「北だよ。北の国」

 なまえが北出身であることは、実は知っていた。直接本人から聞いたわけではないが、ミスラがそんなことを話しているのを耳にしたことがある。
 とはいえ、普段のなまえには、北の魔女といった印象はあまり受けない。穏やかで優しい彼女が北の出身であるのは、少し意外だ。
 思っていたことが口に出ていたようで、なまえがカップを持ちながらゆるりと笑う。

「自分で言うのも変だけど、丸くなったんだよ。色々あってね」

 ゆるくつり上がる口端を隠すように、なまえがカップの淵に口をつける。そんな彼女の姿を見ていて、“能ある鷹は爪を隠す”といったフレーズが頭を過ぎった。今の彼女にぴったりかもしれない。

「じゃあもしかして、オズやフィガロと同じ様に、なまえもスノウとホワイトの弟子だったんですか?」
 先程も話に出た二人の魔法使いのことを思い出してそう問うてみる。
 なまえはカップを置いてから、首を捻りつつ「うーん」と唸った。あれ、てっきりそうだと思ったのに。

「弟子……ではないかな。魔法の基礎基本は教えて貰ったけど、オズ達ほどではないよ。強いて言うなら、住み込みって感じかな」
「す、住み込み?」
「うん。あの頃は、強くもない魔法使いが一人でいれば、あっという間に狙われてマナ石にされることが多かったから。だからスノウ様とホワイト様の元に住まわせてもらってた」

 そんなこともあったなあ、と頬杖を突きながら、なまえは遠い昔を見つめるような瞳をした。懐かしむというより、ただ淡々と当時のことを振り返っている、といった感じだ。
 でも、なまえが彼らと共に過ごしたことがあるのは少し意外だった。特にオズとフィガロなんて、この後に色んな事をしてきた訳だし。一緒にお酒を嗜む姿ならよく見たけど、二千年以上の付き合いだったとは。

「なまえって、すごい魔女なんですね……」

 しみじみとそれを実感しながらそう言うと、なまえは少しだけ目を丸くして、そして口元を緩めた。

「そうでもないよ。もしも私がスノウ様とホワイト様に色々と教わっていたとしても、オズやフィガロほどに強くはなれなかっただろうし、そもそも魔法を極めることにあまり興味がなかったから。マナ石もそれなりに食べたけど、それが実力に繋がったかは微妙かな」
「……、」

 うーん、二千年以上生きてる時点で既にすごいと思うんだけどな……
 なまえが本気で魔法を使う姿を見たことはない。ないけど、強そうだ。とても。そこまで考えて、そういえばと顔を上げる。

「なまえの魔法具は……傘でしたっけ。前に見たことがあります」
「よく覚えてたね。そうだよ、スノウ様とホワイト様に貰ったの」

 そう言って頷きながら、なまえが小さく指を鳴らす。そうして瞬きをした途端、彼女の手には一本の傘が握られていた。
 黒地に紫の花びらのような模様が散っていて、まるで夜空に浮かぶ星々みたいに、きらきらと煌めいている。俺にもよく見えるように、なまえはそれを広げてくれてた。思ったよりも大きなそれを見て歓声をあげる。

「わあ、素敵ですね……! 晴雨兼用なんですか?」
「、? さあ……雨は魔法で弾くから……まあそうなんじゃないかな。セイウケンヨー。多分。知らないけど。うーん」

 首を傾げつつ適当なことを言うなまえ。確かに魔法具に兼用もないか、と俺も内心で思った。
 傘を丁寧に畳んだなまえは、それを片手に、視線をテーブルの上へと向けた。

「《アンレテアニール》」

「わっ……!」

 柔らかな口調と共に紡がれた呪文と共に、テーブルの上に小さな花瓶が姿を現した。そこにさされた一輪の真っ白なユリがゆらりと揺れている。

「折角のお茶会なのに、華やかさが足りないと思って。賢者様は、ユリの香りはお嫌い?」

 いつの間にか傘をどこかへやっていたなまえが、花瓶の中のユリを眺めながら、不意にそう口を開いた。
 脈絡のない質問に思わず目を瞬かせる。なまえの視線はユリに向けられたままだ。

「嫌い……ではないです。確かにちょっと独特ですけど、これくらいなら全然」
「そう、良かった。私は好きなの、ユリの香り。人間にはたくさん吸うと身体に良くないらしいから、賢者様は気を付けてね」

 そう言って、なまえは僅かに目元を細めるようにして微笑んだ。優しそうな雰囲気を纏う彼女へ、俺も笑みを浮かべながら口を開く。

「よくなまえが魔法舎の花壇の前にいるところを見ますけど、植物とか好きなんですか?」
「うん、好きだよ。北の国にいた時期が長かったからか、緑に囲まれることに憧れがあってね」

 迷いなく頷くなまえを見てなるほど、と思う。
 なまえの部屋の至る所には花壇や花瓶、植木鉢なんかがあって、そこには様々な植物が生い茂ったり飾られたりしていた。小さな植物園みたいだ、と思っていたけど、好きならば集めたくなる気持ちも分かる。それぞれの植物の独特の香りがあまりしないのは、なまえがそういう魔法をかけているからなのかもしれない。細かなところまで彼女の気配りが行き届いている。

 不意に、なまえが指先で花瓶のユリを軽くつついた。

「……賢者様も知ってる通り、北の国はとにかく寒い。吹雪なんて当たり前、風が吹けば草木は一瞬で凍り付く……だから、北の国は植物を育てるのには向いてないんだよ」

 でも、と言葉を続けるなまえが、初めて懐かしそうな表情をした。

「諦めずに、私の夢を応援してくれる人がいたの」

 紫の瞳が遠くを見るように細められた。しっとりとした声色は初めて聞くもので、俺はつい身構える。今目の前にいるのが、“頼れるお姉さん”でなくなったような気がしたのだ。

「その人は……人間、だったんですか?」

 人間と魔法使いには大きな違いがある。それは、この世界に来て何度も実感していることだ。魔法の有無は勿論、能力、そして寿命──それらは一見同じに見えて、実は大きな溝を作っている。
 なまえがゆっくりと頷き、視線を上げる。頬杖をついたまま、表情を緩めるようにして微笑む姿は、妙に俺の記憶に強く焼き付いた。

「──身を焦がすほどの恋をして、私だけでは抱えきれないほどの想いを貰った。人間はこれを、愛って言うんでしょう」

 宝石みたいな紫の瞳は、過去を見ていた。過ぎ去った時を求めるように、その瞳がゆっくりと伏せられる。その姿はただただ美しい。

「五百年くらい生きた時、北の国のはずれにある小さな村で、一人の人間に出会ったの。当時の彼は、まだ二十にも満たない子供だった」

 なまえはぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。閉じられた瞼の奥で、かつての記憶を眺めているのかもしれない。

「でも、きらきらしてた。見たことがないほどに輝いて見えた──あの時、人生が変わったの。何かの歯車が噛み合ったみたいに、私たちは出会って、共に月日を重ねた……本当に、素晴らしい瞬間だった」

 彼女の声が震える。まるでこの後に紡がれる物語が、悲劇であるみたいに。俺はつい息を呑んで、ただただ彼女の言葉の続きを待った。

「……瞬く間だったよ。いずれ先立たれてしまうことは最初から分かっていた……でも、百年にも満たないほどの短い一生を、彼は私に託してくれた」

 不意に、なまえが外套のポケットから小瓶を取り出した。
 親指の大きさにも満たないその小瓶には、銀色の砂のようなものが少しだけ入っている。俺にもよく見えるようにか、なまえはその小瓶をゆっくりとユリの花瓶の隣へ置いた。

「これは……?」
「指輪……だったもの。粉々になっちゃって、それを出来る限り拾い集めた。でも、魔法で復元できるほど集めきれなかったから、もう二度と指輪の形になることはないんだけどね」

 指先で小瓶をもてあそぶようにしながらなまえが言う。俺はまじまじとその小瓶を見つめた。
 砂だと思っていたものは、指輪が粉々になった破片だったのだ。なまえの言う通り、その破片はほんの僅かしかない。
 とはいえ、この指輪がなまえのもので、誰から贈られたものであるのかは、すぐに察しがついた。答え合わせをするように、俺はゆっくりと口を開く。

「……その人から貰った指輪なんですね」

 俺がそう言えば、なまえは小さく頷いた。

「結婚指輪……って、賢者様の世界では言うんだってね」

 前の賢者様が言ってた、と続けたなまえは、決して大きくはない手の平で、その小瓶を優しく握り込んだ。まるで、その中に残る愛を確かめるかのように。

「彼がこの世からいなくなって、もう嫌というほどに時が経ったけど……私は、彼の最後を看取った瞬間から、ずっと時が止まってるのかもね。だってまだ、こんなにも彼のことを愛してるんだから」

 時の流れは平等で、残酷だ。人と魔法使いでは、生きている時間も寿命も違う。愛に生き、そして愛に死んだ相手とは違い、なまえは長寿であるが故に、愛に生きても、愛に死ぬことはできなかった。生きている時間があまりにも長い魔女だからこそ、過去の愛に囚われ続けている。
 どうしようもなく悲しい話なのかもしれない。けれど、俺はそれだけとは思えなかった。だって、二人は確かに互いを愛し合っていて、たとえ死がふたりを分かつとも、最期まで共にいることを選んだ──悲しい、愛の話。でもその愛は本物で、確かに幸せだったのだ。

「……なまえは、素敵な人に出会えたんですね」

 なまえが先立たれた哀しみを背負っているのは分かっているけど、それに同情するのは、少し違う気がした。俺に力を貸してくれるなまえという魔女が、人間と恋に落ちて、そして愛し合った──どんなに昔の話であっても、それは、素晴らしいことだと、俺は思う。
 そんな意味も込めて、なまえを見つめながらそう口にする。顔を上げた彼女は、僅かに瞠目した後、そして瞳を細めるようにして微笑んだ。

「──うん。ありがとう、そう言ってくれて」

 彼女が握っていた手を開いた時、そこに小瓶はなかった。魔法でどこかに仕舞ったのかもしれない。
 少し話が落ち着いた今ならいいか、と思い、実はずっと気になったことを問うてみることにする。

「あの……その指輪は、なまえにとって宝物、なんですよね」
「そうだね。唯一無二の指輪だよ」
「なら、その……どうして粉々になっているんですか……?」

 最初に見た時から疑問だった。指輪というものは、その名の通り指にはめるものであって、粉々になることはそうそうない筈だ。それに、粉々になった指輪の欠片を集めきれなかった、とも言っていたし、なおさら疑問である。

「……ま、そりゃあ気になるよね。原型を留めてないものを指輪って言う方がおかしいし」

 なまえは自嘲気味に笑い、テーブルから手を離した。お互い空になったカップを一目見たと思ったら「おかわりは?」と短く問うてくる。「あ、お願いします!」と頭を下げれば、小さな笑みが降ってきた。

「《アンレテアニール》」

 温かな紅茶を淹れてくれたなまえが、唐突に呟くようにそうを口にした。突然の呪文に驚く俺に対して、彼女はカップのふちに口を付けながら、僅かに視線を下げる。

「急にごめん。一応外に声が聞こえないようにしておいたの」
「えっ……え? ど、どうして?」
「これから、あまり他人に聞かれたくない話をするからね。あ、勿論、賢者様がそれを知るのは構わないから、あまり怖がらないで」

 そう言って、なまえはゆっくりとカップをテーブルへ置いた。俺は思わず身構える。正直に言うと、俺は先程の話である程度なまえのことを理解できた気になっていたから、まだ何か彼女に、しかも他人に聞かれたくないことがあるのかと思うと、急に緊張してくる。
 なまえの瞳に、先程までの誰かを慈しむような色は、もう映り込んでいない。

「指輪はね。フィガロが壊したの」
「………えっ?」

 紡がれた名前は、自分も知っている魔法使いのものだった。
 間抜けな声が俺の口から飛び出す。その反応は想定内だったのか、なまえは構わず続けた。

「ちょ……ちょっと待ってください。フィガロって、あのフィガロですか……!?」
「そう。今は南の魔法使いって名乗ってる、あいつだよ」

 思いがけない人物に、俺はただただ驚くことしかできない。それに対して、なまえの表情はあまり変わらなかった。それなのに、きらきらと輝いていた筈の紫の瞳に、うっすらと影が落ちたかのようにも見えた。

「ど、どうして……!?」
「さあね。人と共に愛に生き、先立たれて悲しみに暮れた私が、心底憎らしくて、鬱陶しかったんじゃないかな。私はあいつじゃないから、あいつの考えていることは分からないけれど」

 その声色に、冷たい怒りのようなものが込められる。
 思い返してみれば、フィガロがなまえに構うことはあれど、なまえが自らフィガロへ声をかける姿を見たことがない。オズを含めた三人で酒を酌み交わしていた時も、必ず真ん中にオズを挟んでいたっけ。少し見方を変えてみると、ただの長年の知り合い、という言葉ではしっくりこない関係にも見えてくる。

 俺はフィガロのことを全て知っているわけではない。実は北の国の出身で、時折冷酷さを見せることもあるフィガロだが、俺が出会ったのはあくまで南の国の魔法使いのフィガロであって、なまえが大切にしていた指輪を粉々に破壊する姿はあまり考えられなかった。
 けれども、なまえが嘘を言っているとは到底思えなかったし、きっとそれは事実だ。だからこそ驚いた。困惑もした。フィガロが何を考えてそうしたのか、想像出来なかった。
 思わず言葉を探す様に黙り込んだ俺を、なまえはしばし無表情で眺めていた。

「……まあ、賢者様にならいいか」

 やがて、独り言のようにぽつりとそう呟く。何がいいのか俺が問う前に、彼女は椅子の背もたれに身体を預けるようにして座ったかと思ったら、足を組み、その膝の上に手を組んで置いた。

「私にはね。酷い呪いがかかってるんだ」

 淡々とした声色が、今はやけに恐ろしい。

「何百年も身体を蝕み続ける“死”の呪い──だから、もうあまり長くは生きられない。何年後になるかまでは分からないけど……近いうちに、私はその呪いによってマナ石になる」

 なまえがゆっくりと瞳を閉じる。彼女が今、何を考えているのか──俺には、まるで想像ができなかった。
 そんなことがあっていいのか、と思った。確かに生き物は死ぬ時は死ぬ。けれど、それを呪いによって第三者に定められるのは、きっと違う。それは魔法使いも同じことだ。
 しばらく何も言うことができなかった。それだけ困惑した。混乱して真っ白になった頭の中で、何度もなまえの言葉を繰り返す。

「……どうして、そんな呪いが……」

 結局、俺が言えたのはぐるぐると廻った疑問のみだった。声が掠れ、指先は微かに震える。今こうして会話をしているセリカが死ぬだなんて、考えたこともなかった。
 なまえが閉じていた目を開けた。俺を見つめていた紫の瞳が、ふいと逸らされる。

「……さあ。言ったでしょ、私はあいつじゃないから、あいつの考えていることが分からないって」
「……ま、さか」

 嫌な予感がした。
 でも、それを口に出す勇気は、俺にはなかった。それを見越しているのかは分からないが、なまえがゆっくりと口を開く。その声色はやはり淡々としていて、恐ろしい。

「この“呪い”を私にかけたのはフィガロだよ。あれからずっと、私の命はあいつに握られてる」





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