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実に不快な気分だった。

酷く身体が寒くて、指先はその寒さの所為で悴み、感覚が殆ど無くなってきている。
寒さは嫌いだ。どうしても昔を思い出してしまい、その度に激しい嫌悪感に襲われるから。


気が付いたら、美咲はたった一人で雪が積もる森の中に立っていた。
膝まで積もる雪にぽつぽつと生えた木々に囲まれている。周りには誰も居ない。生き物の気配すら感じない。不思議な場所だった。
嗚呼、寒い。思わず外套を身体に巻き付け、辺りを見回す。

この雰囲気といい寒さといい、美咲にとって此処は知っている場所だった。
此処は現在活動の中心地であるヨコハマでは無く、遠く離れた北国の方である。
これは夢だろう、間違いない。夢の中にいながらそう察することができた。

しかし偶然か必然か──美咲の出身地はこの地だった。

「…真逆」

ぽつり、と漏れた言葉は、雪の降る空へ溶けていく。
美咲は覚悟を決めた様に前を向くと、森の奥へ駆け出した。
足元に積もる雪が冷たい。ブーツの中にも入り込んだ冷気は、寒いと云うよりも寧ろ痛かった。

やがて、森の奥にぽつんと、大きな三階建ての屋敷が見えてくる。
かなりの豪邸である。パーティーを開くぐらい簡単に出来るだろうし、煉瓦造りの壁は何とも金持ち感を感じさせるものだ。

その豪邸を見た途端──美咲の脚が、ぴたりと止まった。

寒さとは別に身体が震え出す。紛れもなくこれは“恐怖”だ。
夢であるはずなのに、あまりにも現実感があり過ぎて、まるで夢ではないと云っているかのよう。言葉を失うと同時に無意識の内に呼吸が乱れ、ひゅうひゅうと冷たい息が肺に入り込んできた。

あの豪邸は、幼少期に美咲が幽閉されていた場所である。この世に生まれ落ちてから、数年間をあの豪邸で過ごした。
……否、正確にはあの豪邸で地獄の日々を過ごしたのだ。

「ッ、ぅあ、」

頭の中に、ノイズが走るような感覚に陥る。


“──、──…!”
“…───、…─!!”


過去の記憶が反響し、身体から力が抜ける。
白い雪の上に座り込めば、刺す様な冷たさが身体を襲った。先程以上の寒気と恐怖にがたがたと身体を震わし、美咲はまるで譫言のように言葉を紡いだ。

「っご、めんなさい、ごめんなさっ、ごめ、ん、なさい…ッ!!」

呼吸が乱れる。上手く息が出来ない。声が震える。
そんなことを気にしている余裕もなくて、美咲は泣きながら謝罪の言葉を繰り返し続けた。
誰に向かって云っているのかは、彼女にしか分からない。

「ごめんなさ、い…!ちゃんと云う事聞きます、善い子にします、だからお願いッ、殺さないで…!」

脳内に響く誰かの声が、止まない。聞きたくないのに、聞こえてしまう。嗚呼、やめて、やめて、やめて!

頭を抱え、耳を塞ぎ、悲鳴の様な泣き声をあげる。暴走した異能によって生み出された短刀が、無造作に彼女の肌を傷つけた。
真っ白な雪に真っ赤な血が垂れる。しかしその痛みよりも恐怖が全身を駆け巡り、美咲は傷を一切気に留めなかった。


“綺麗な四肢だ…これを全て切り落としたら、一体どうなるんだろう……ねぇ?”


「嫌ッ…やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだッ!!お願い、やめて…!痛い事しないで…!!」


“どう思うかな?美咲”


視界が、思考が、感覚が、

全部全部、絶望に染まる


“私の愛おしい娘よ…”



「ッいやあぁああぁぁあぁぁああぁああッッ!!!!」







ああ、どうしてだろう

ひかりがみえない
なにも、かんじない


つらいよ、かなしいよ、いやだ、やめて



ころさないと

ころす…?
ころすって
ころす、

ころす…

ころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころす


そうじゃないと

わたしが、しんじゃう


ああ、いまのわたしに、ぶきがあればなぁ

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