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「つーか…美咲が居るんなら、志賀の野郎連れてくりゃ良かったか」

この場にいた全員の敵を難無く倒し終わったところで、離れた場所で戦闘を眺めていた美咲を見た中也が思い出したようにそんな事を云った。
元相棒の名前を聞いた美咲は露骨に顔を顰め、首を大きく横へ振る。

「いや、いいです。会いたいって訳でもないし、今回はお二人に全てお任せしますので」
「お前何の為に来たんだよ…」
「中也さんと合流するまでの太宰さんの護衛です。なので任務は終わっちゃいました」

太宰と中也が“双黒”という黒社会で有名な存在であると同じ様に、美咲と志賀もまた、割と黒社会では名の通ったコンビだった。しかしまぁこの場には美咲達の先輩的立場にある二人がいるので、特に彼女が戦うことも無いだろう。

中也は呆れ顔で肩を竦めつつ、改めてQの監禁された小屋に目を向けた。太宰もまた同じ様に小屋を眺めており、隣に立つ中也へ嫌そうな表情を浮かべている。

「全く…ここ数年で最低の一日だよ」
「何で俺がこんな奴と…」

互いに互いを嫌悪しながら、二人は扉を開けて中へと入って行く。前と全く変わらない二人の様子を懐かしく思いつつ、美咲もその後に続いた。

「ああ気に食わねェ。太宰の顔も態度も服も全部だ」
「私も中也の全部が嫌いだね。好きなのは中也の靴選びの感性センスくらいだ」
「あ…?そうか?」
「うん、勿論嘘。靴も最低だよ」
「手ッ前ェ!!」

小屋の中にあった階段を下りると、地下へと繋がっていた。
云い争いの絶えない二人の後を美咲はのんびりとついて行く。このよく分からない争いを見るのも数年振りだ。もはや苦笑いを溢すしかない。

「…本当は絶対仲良いでしょ、この二人」

ぼそりと呟いたつもりだったのだが、太宰と中也が「聞こえてるよ」「聞こえてっぞ!」と不機嫌な様子で叫んできたので、そういえ上司達は地獄耳だったと思い出した。



長い階段を下りたところで、漸く目的の人物が見えてきた。

「…ほら居たよ。助けを待つ眠り姫様だ」
「眠り姫様ねぇ…」

葡萄の木に拘束されるQが其処に居た。呪いの人形が破かれたりなどしていないので一先ず安心だが、今すぐにでもあの大災害を引き起こすことができる状態だ。
中也から予め掏っておいたらしい短刀を手に、太宰がQの首元へその刃をあてがう。しかしその手に力を込めることはなく、太宰は首だけを中也の方へ向けた。

「…止めないの?」
「首領には生きて連れ戻せと命令されてる。だがこの距離じゃ手前の方が早え。それに…その餓鬼を見てると呪いで死んだ部下達の死体袋が目の前をちらつきやがる。やれよ」

けどな、と中也は一旦言葉を切り、その後ろに立っていた美咲の方へ視線を移す。

「その前に、此奴の頼みでも聞いてやったらどうだ」
「太宰さん。Qを殺さないで貰えませんか」

中也が云うと同時に、美咲が前に出て太宰へ凛とした声で云い放った。

「Qだって、自らが望んでその異能を手にした訳ではありません。昔、何度かQと話しましたけど…根は良い子なんです」
「…」
「我儘だという事も承知してます…けど、お願いです」

そう云って美咲は太宰に向かって深々と頭を下げた。
そんな彼女を見つめていた太宰はやれやれと肩を竦め、Qの首にあてがっていた短刀を木の根へと移す。

「全く…美咲は昔からこういうのに甘いよね」
「、」
「さ、早く木の根を切るの手伝って」
「…はい!」

美咲の懇願を聞き入れたのだろう。彼女は表情を明るくし、太宰とは反対側の木の根を生み出した短刀で切り裂き始める。
そんな一部始終を眺めていた中也が、やや呆れ顔で呟いた。

「太宰も太宰で、相変わらず美咲には甘ェな」
「Qが生きてマフィアに居る限り、万一の安全装置である私の異能も必要だろう?マフィアは私を殺せなくなる。合理的判断だよ」
「…どうだか」
「ていうか中也だって充分美咲に甘いし。気持ち悪っ」
「あ゙ぁ!?」
「マフィアが彼を殺すのは勝手だけれどね」

中也の苛立った声を軽く流し、木の根を切りながら、太宰は楽しそうに云う。

「大損害を受けたマフィアとは違って、探偵社の被害は国木田君が恥ずかしい台詞を連呼しただけで済んだから」
「えッ、国木田さんが?」
「社員に呪いが発動したのか…その後如何した」
「勿論、録画したけど?美咲にも帰ったら見せてあげるね」

──探偵社にも太宰で苦労してる奴が美咲以外に居るな…

どうやら美咲が敦の元へ急ぐ間にそんな事があったらしい。
中也が思わず国木田に同情する一方、美咲は彼に悪いとは思うも矢張り好奇心が勝ってしまい、太宰の言葉に首を何度も縦に動かした。



●●●



気を失ったままのQは美咲が背負い、呪いの人形は太宰が開いている左手で持つことになった。
難なくQと人形の奪還を終え、元来た道を歩いている途中、不意に先頭を歩いていた中也が振り返り「おいクソ太宰」と後ろに続いていた元相棒を睨んだ。

「その人形よこせ。んでもってQを持ってやれ。何で身体が一番小せェ美咲がQを背負ってんだよ」
「駄ー目。万一に備えて私が預からせてもらうよ。それにほら、美咲はQを渡す気は無さそうだし」
「私これ以外に仕事しませんので、これくらいやらせてください」
「だってさ。あと、中也と美咲ってそこまで身長変わらないからね」
「あァ!?俺の方が高ェからな!!」
「一寸だけね、一寸だけ」
「ああ糞…!!」

随分と苛々した様子で、中也がぎゃんぎゃんと騒ぎ始める。

「昔から手前は俺の指示を露程も聞きゃしねェ、この包帯の付属品が!少しは美咲を見習え!!」
「何だって?中也みたいな帽子置き場に云われたくないね」
「この貧弱野郎!」
「ちびっこマフィア」
「社会不適合者!」

そしていつもの様に始まる云い争い。
美咲も思わず呆れてしまう程に子供っぽいもので、これが本当に自分の憧れていた人物なのかと一瞬疑いたくなる。この騒ぎで眠っているQが起きてしまいそうで心配だ。

「その程度の悪口じゃそよ風にしか感じないねぇ」
「……手前が泣かしてきた女の名前、全部こいつに教えんぞ」
「え、」
「ふん、そんな事…」

こいつ、とは言わずもがな美咲である。
太宰は一瞬だけ動きを止め、中也の言葉を聞いて今日一番の驚いた表情を見せた美咲に目をやる。
そして柄にもなく引き攣った焦り顔を浮かべ「それはやめてくんないかな…」と若干震える声で呟いた。



小屋を出た途端、美咲には見覚えのある触手──のようなもの──がいきなり中也の首に巻き付いた。
咄嗟のことに反応出来ず、中也の身体が反対側へ吹っ飛ばされる。それと同時に、聞こえる低い声。

「さっきから妙に…肩が凝る……働き過ぎか…?」
「ッ!?」

最初に中也が岩を叩きつけた筈の男、もといラヴクラフトである。意識が戻ったのだろうが…しかしそれにしても回復が早過ぎる。
首の曲がり方からして普通じゃない。慌てて中也の元に駆け寄りながら、もはやあれは人間なのかと美咲が内心で疑う程だ。

「ッ来るぞ、如何する」
「ふっ、如何するも何も…私の異能無効化ならあんな攻撃、小指の先で撃退──…」

言葉は続かない。
自信ありげに太宰が話している最中に、ラヴクラフトの容赦ない攻撃に襲われたのである。

「太宰ィ!?」
「太宰さん!?」

小指の先で撃退出来ると云ったのは何処のどいつだ。
更なる追撃を中也と美咲が後ろに飛んで避ける。

これ以上に仕事はしないと云ったが仕方が無い、美咲は異能を使用して右手に短刀を二振り生み出し、その片方を中也へと投げた。
何なくそれを受け止めた中也を横目に、左手でQを支えたまま此方へ向かってくる触手を切り落とす。中也も弟子から受け取った短刀で迫り来る触手を切断し、二人は吹っ飛ばされた太宰の元へ走った。

「おい、太宰!!」
「だッ、大丈夫ですか…!?」
「うふ…うふふふふ」

けほり、と太宰が咳き込んだ。同時に彼の口元から垂れるのは鮮血。

「…!」
「手前…深手じゃねェか…」

思わず瞠目する美咲と中也。そんな二人に向かって、太宰はいつになく低い声を発した。

「あの触手…実に不思議だ。異能無効化が通じない」
「は!?」

云われてみればそうだ。あの触手が異能であれば、太宰が吹っ飛ばされることも深手を負う事も無い。太宰の異能によって無効化されてしまい、それこそ小指の先だけで撃退できるだろう。
なのに太宰は重傷を負った。つまり、異能無効化が通用しないということだ。

「莫迦な…有り得んのか?」
「それってつまり…あれは異能じゃない、ってことですよね…?」
「その通り」

美咲の言葉に、太宰は頷いて肯定の意味を示す。
この間にもライヴラフトは、一歩一歩此方へ近付いてきていた。

「愉快な冗談だなァおい。異能じゃねぇならありゃ何だ?」
「仕方ない、懐かしの遣り方でいこう。美咲、離れた場所まで下がってて」
「了解です」

状況を察した美咲は素直に頷き、Qを背負ったまま後ろへ下がる。
彼女としても、久し振りに二人の戦いが見れるのは嬉しい…というか懐かしく感じる。作戦暗号コードを確認し合う二人を信じ、美咲は彼らの勝利を願うのであった。

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