似て非なるもの




「ふぅ・・・」
秋が深まり、中庭の木々も色づいたある日の昼下がり。男は部屋の一角でぼんやりと外を眺めていた。小さな溜息を一つついて、書類にペンを走らせる。しかし、一枚終えるごとに顔を上げてしまうものだから、すこぶる効率が悪い。今日終わらせる予定だった書類はまだ一割ほどしか片付いていない。
これでは今度の定例国会にも間に合わず、議員達が迷惑を被ってしまうのではないか・・・そう思うと、また一つ溜息が出てしまう。彼―イラルディ国王―はその溜息を飲み込んで、また新たな書類に目を通した。

「…しかし、こんな大量な書類。あやつはどうして、いたのだろうか…」

誰に言うわけでもなく、ぽつりと宙に落とされた言葉。その言葉の真の願いは、もう叶わないだろうに。

  ―暗い地下洞窟、壊れた古代機械、舞い散る火花。
  その火花に照らされた、もう一人の自分の死に顔。

 今でもあの光景は覚えている。あの時、助けに来た少年達が自分を気遣ってくれなければ、動けなかったに違いない。―あの瞬間に感じたものは今でも簡単に思い出せる。足先から冷えていくような…そう、それは間違いなく自分の―

「あのぅ、陛下…?お顔の色が優れませんが…」
 控えめに問いかける侍女の声と、珈琲の香りで我に返る。あぁ、また思い返してしまった。もう思い返すのはやめにしようと思ったのに。
「いや、なんでもない。気にするでないぞ」
「ですが、陛下は最近お休みになってないと聞きました。…ならば、珈琲もお下げ致しましょうか?」
「構わぬ。…わざわざ気遣わせてすまない、今日はゆっくり休むとするかな」
 にこやかに頷く侍女を見送るや否や、彼は中庭へと足を向けた。中庭では、様々な植物の葉が色づいており、秋の到来を感じさせた。男はその一角に置いてあるまだ新しい椅子に腰をかけた。

  (よいか。これからはこの俺…わしが国王となる)

 あの時自分を捕らえたあの男が言った言葉。自分に良く似た顔立ちの中、唯一自分とは違う悲壮感をにじませた瞳で睨みつけた、あの男。
 あやつがどこで生まれ、どのように育ったかを自分は知らない。何不自由なく育った自分と違い、かなり悲惨な思いをしたのかもしれない。だが、それを知る手立ても全て断たれた今となっては、何も出来ないのであった。

「どんなに似ても、心だけは似せることは出来ない、か…」
 あの光景がよみがえる。もはや、彼は自分に成りすました時にすでに死んでいたのではないだろうか?それだけ自己を否定してでも、彼が欲していた何かを、自分は持っていたのだろうか?
「…そんなもの、わしから奪い去ればよかろうに…」
 視界が滲む。自然と、涙が溢れていたのだった。侍女や兵士に気づかれないよう涙を急いで拭うと、足元に咲いていた花を一本摘んだ。

「ならば、これがせめてもの手向けじゃ」
 そう呟いて、中庭の池に投げ入れた。花は浮き沈みを繰り返していたが、やがて沈んでしまったのか見えなくなってしまった。

「…すまない、わしはそなたのようにはなれないであろう」
 彼が自分になっていたのか、自分が彼になろうとしていたのか、分からないけれども。男は力なくその場に膝折れた。そしてあふれ出る涙も気にせずに、しきりに謝罪の言葉を繰り返し続けた。

「本当にすまない…!」





(王は知っていた、人は人の代わりになれぬのだと)





国王と偽国王のことを妄想してたらこうなった。
お互いにまるで自分のようだけど、自分ではないと思ってるといいな。
そして入れ替わるのも無理な話だと分かっていればいい。
きっと王様は優しいからね、このぐらいやる気がする←









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