「…ここが、式人探偵社…」
まだ暑さが残る秋の昼間、ボクは一軒のビルを見上げた。そしてメモ付の地図を見上げてそっと呟く。

ボクの名前は紅桜雨貴。今年の春に中学を卒業したばかりだが、進学をする気が全くなかったせいで、15歳にしてニート生活を送ってた。そんな状況を打開するため、父親のつてで式人探偵社という所の入社試験を受けに来た、というわけだ。

「…うん、合ってる、よね…?」
けれど、何だかおかしい。渡されたメモどおりに来たはずだけれど、人気が全くない。父親から、あまり大きな探偵社ではないと聞いていたけれど…これはおかしい気がする。ふと目線を地図からビルの入り口に戻すと、扉から誰かがこっちを見ている。よかった、人はまだいるようだ。
「あの、こちらは式人探偵社であってますか?」
「え、あ、はい…こ、ここが、そ、そうで、すよ…」
ボクの精一杯敬語に気を使った質問は、おどおどとした声で返された。声の主である扉の奥の人は、どうやらボクより年下らしい。隙間から見える紺色の髪に赤い目の、中性的な顔立ちをした男の子だった。声も高めだったから、一瞬女の子かとも思ったけれど。彼は扉の隙間から困ったような顔でボクを見つめてくるだけで、開けようとはしてくれないようだ。ちょっと心が傷ついた気がするけれど、ボクはまた声をかけようとする。
「ん?どうした、少年。依頼か?」
今度は背後から高めのハスキーボイスがかかる。後ろを振り向くと、金髪にピンクのメッシュが入った赤い目の女の人が立っていた。タンクトップにマフラー、しかも両手には大量の荷物を抱えてるという、とても不思議な格好で。
「あ、式人探偵社の方ですか?」
「あぁそうだよ。…まぁとりあえず中にでも入って話をしようか…昴、開けて」
にいっ、と猫を思わせるような笑いをした彼女は、扉の奥に声をかけた。すると扉が開いて、昴と呼ばれた男の子がぎこちない笑顔で挨拶してくれた。

「いやーびっくりしただろ?何せ昴は軽い対人恐怖症でね…あ、俺は轍。で、さっきから言ってるけどこっちが昴、俺の弟な」
小奇麗にされた応接室らしき部屋に通されたボクに、彼女―轍さんはにこやかに自己紹介をしてくれた。話によると、姉弟二人ともここの社員で、このビル丸ごと探偵社らしい。何でも所長の人がありえないぐらいの金持ちとか何とか…そういえば、そんな話は父親から聞かされた気がする。
「…で、依頼は何だい、雨貴君?」
「いや、依頼をしに来たわけじゃないんです。…ここで、働きたいと思って。」
ボクがここにきた理由を告げると、轍さんは一瞬驚いたような顔をした。そして、そうかー依頼じゃないのか、と少し残念そうな感じで呟いた。けれどすぐに、あっそうか、と思い出したように両手をたたいた。
「もしかして、この前電話してきた子?…まぁどっちにしよ、今すぐってのは無理なんだよなー」
「無理?どうしてなんですか?」
ボクの質問に、彼女はばつが悪そうに頭をポリポリと掻いた。そして結構重要なことを、悪びれもなくさらっと言った。
「今さ、所長がいないからさー…まぁ明日には帰ってくると思うんだけどな」



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