自覚
「──出久くんどうしよう。轟くんがおかしいんだ」
退院明けの登校日。いつも通り轟くんと登校した私は、教室内に見知った姿を見つけ飛び付くようにその腕を引き教室の隅へと移動した。突然のことに目を白黒とさせる出久くんは、「え? なにが? てか近い!」としどろもどろだ。
「と、轟くん、病院で『神道ってかわいいよな』とか言っちゃったり、今朝方とかも『俺の目の届く範囲にいたら守ってやれる。だからあんま離れんな』とかイケメンなこと言うんだよ! おかしいよ! 絶対おかしい!」
「病院? あ、ていうかカリンちゃん、大丈夫だったの? 連絡ないから心配してたんだけど……」
「あ、うん。私は平気。というか、心配なのは出久くんの方もだよ。死柄木と会ったんでしょ? 大丈夫だった?」
さらりと変換された話題に疑問を抱くこともなく、不安に若干顔を歪める。出久くんはそんな私に「うん。僕も大丈夫だった」と笑うと、「ただ……」と濁すように顔を伏せる。
「死柄木が言ってたんだ。『カリンちゃんにヨロシク』って……僕、なんだか嫌な予感がして……」
「それ、本当か?」
「え、あ、轟くん……!」
びくりと肩を跳ねさせ隣を見れば、そこには件の轟くんが怪訝そうな顔で立っていた。どうやら今の会話を聞いたらしい。眉を寄せる彼に、出久くんは「えっと、うん……」としっかりうなずく。
「そうか。……神道、あんま離れないようにしろよ。なにかあってからじゃおせえ」
「や、だ、大丈夫だよ! そんな大袈裟な! それにほら、私強いし!」
ブンブンと片腕を振り回せば、パシリとその手が掴まれた。かと思えば、なぜか手のひらを合わせられ、ぎゅっと指先を絡ませられる。出久くんが「と、轟くん!?」とすっとんきょうな声をあげる横、ポカンとする私に、轟くんは言った。
「神道が強いのはわかってる。けど、もう傷ついてるとこみたくねえし。なにより、俺が神道の笑顔を守りてえ」
「え、えっと……」
「……ダメか?」
こてん、と首をかしげるイケメンに、心臓が破裂しそうな気がした。
「……と、轟くんがおかしいっ」
もう心は半狂乱だ。
私は若干泣きそうになりながら、恐らく赤くなっているであろう顔で出久くんを見た。そんな出久くんは顔を真っ赤にして口元に手を当てている。
「なんだ轟! やっと自覚したのか!」
「自覚? なにをだ?」
「え? なにってそりゃ、お前神道のこと好きなんだろ?」
さらりと告げた瀬呂くんの言葉に、教室に沈黙が降りた。と、思いきや、ゴオッと凄まじい熱を感じ、轟くんへと顔を向ける。
「わーーー!? 轟くん!? 左! 左!!」
「ととと、轟くん! 炎漏れてますよ!!?」
「あ、わ、わりぃ……!」
出久くんと総出で轟くんの炎を止めにかかれば、轟くんはすぐさま吹き出た炎を終息させた。かと思えば、握ったままだった手をぎゅっとさらに強く握られ、私は「え? え?」と戸惑いの声を発する。
「……緑谷」
「は、はい! なんでしょう!」
「……俺は神道のことが好きだったのか」
どこか納得したような、問いにしては確信を得た一言に、出久くんは「まじかよ轟くん!!!」と叫んだ。未だ赤い顔の彼は、この甘酸っぱい光景に耐えられないのだろう。顔を両手で覆い隠し、開いた指の隙間からこちらの様子をうかがっている。
「……神道」
「は、はい! なんでしょう!」
「……これからよろしくな」
それは一体どういう意味のよろしくだ。
もはや羞恥でわけがわからなくなりかけている私は、轟くんの優しい微笑みに片手で顔を覆い隠した。そのまま天を仰げば、教室前方より「なにしとんだテメェ!!!」と怒号が聞こえてくる。
「か、勝己くんー!」
やって来た救世主の名を呼べば、ズカズカとこちらへ歩んできた彼は思いっきり私たちをひっぺがす。
「テメェまじ調子のんなよ舐めプ野郎」
「爆豪。お前には負けねえ」
「ああ゛?!」
バチリ、と弾け合う火花に、出久くんと一緒に「ひいっ」と悲鳴をあげる。とにもかくにも心臓に悪いことはやめてほしいと切実に思った。
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