仮眠室
事務所に戻ってきたのは、既に日が落ちかけた時間帯だった。速度のはやいホークスさんに追い付くのがやっとな相棒たちは、ゼェハァと息を乱しながら「今日もお疲れ様です」とデスクワークへ。相棒も大変だな、なんて考えてホークスさんを見れば、眠そうに欠伸をこぼしていた。
「……お疲れですね」
「ん? いや、そうでもなかよ。いつも通りの仕事こなしただけやし……あー、まって。ちょっと疲れとるかも」
言ってするりと手を握ってきたホークスさんは、「仮眠室行こっか」と笑った。それに「はい?」と疑問の声を発せば、相棒たちから「いってらっしゃーい」と手を振られる。
いやいや待て待て。まだお仕事終わってないだろ。
「ちょっ、ホークスさん! 仕事!」
「後のことは相棒たちがやってくれるから大丈夫。ほら、俺疲れとるから一回休まんとね」
「そこになんで私まで付き添わなくちゃいけないんですか常闇くん助けて!」
「禁断の恋……」
「それはもういいから!」
行ってるそばから「行きますよー」と腕を引かれ、私は事務所に備え付けられている仮眠室へ。そこに存在する真っ黒のソファーベッドに腰掛けるよう促されれば、それはもう従うしかないわけで……。
「なんなんですかもう……」
げんなりしながらソファーへ座る。と、部屋の扉を閉めたホークスさんも、続くように隣に腰掛けてきた。
「やって折角カリンちゃんおるに二人きりにならんわけにはいかんやん?」
「よりによって仕事中! せめて仕事終わってからにしてくださいよ!」
「明日からそうする。今日はこのまま……」
そっとホークスさんの手が伸ばされ、私の横髪を耳にかける。そしてするりと頬を撫で、静かに顔を近づけてくる彼を、私はぼんやりと見ていた。
ヴヴ……!
ぴくり、と肩が震えた。唇同士が触れ合うすんでの所で停止した彼に片手をつき出す形でその行動を阻止した私は、己のポーチから携帯を取り出し画面を確認する。私から身を離したホークスさんは不機嫌そうだ。「チッ」と舌を打ち鳴らし、私の持つ携帯を睨んでいる。
「……轟くん」
「はい?」
「友人からです。出ても?」
「嫌やって言っても出るくせに……」
そう言うならば出ても大丈夫だな、と、私は通話をタップ。携帯を耳に当て、「もしもし?」と声を発する。
『もしもし、神道か?』
「うん。そだよ。どしたの? 何かあった?」
『いや、職場体験途中から変わるなんてそんなないことだろ? だから心配になって……』
優しい。素直に思いながら、「大丈夫だよ」と笑う。
「元々面識あるヒーローだし、ここの事務所の人たちも優しい人たちばかりで……」
『ホークスと? すごいな、お前。緑谷が聞いたら喜びそうだ』
「確かに……」
簡単に想像がつく出久くんの姿に、ちょっと笑いながら話を戻す。
「常闇くんも一緒だし、心配ないよ」
『そっか。ならいいんだ。親父も、お前のこと心配してたからよ』
「え? エンデヴァーさんが?」
『ああ。ホークスがなにを考えてんのかわかんねえって言ってた。実力はある奴だけど……って』
「あー、まあ、確かに……」
いい印象は抱かないよねやっぱ。思いながらホークスさんを見れば、不満そうな顔で唇を尖らせていた。まだ終わらないのか、と訴えてくる目にたまらず苦笑しながら、「でも大丈夫だよ」と私は告げる。
「昔からの知り合いだし、それに、なに考えてんのかわかんないのは事実だけど、良いとこもあるんだよ?」
『神道がそう言うならそうなんだろうな』
「うん。だから大丈夫」
『そっか』
なら安心した、と轟くんは優しく告げた。
『確認したかったのはそれだけだ。忙しいとこ悪かったな』
「ううん。全然。寧ろありがとね。わざわざ心配してくれて……」
『ん』
きっと、電話口の向こうで微笑んでいるであろう轟くんを想像しながら、「じゃあまた学校で」と通話を終わらせる。そうしてホークスさんを振り返れば、「終わったん?」とジトリとした目を向けられた。
「なんですかその目は……」
「やって通話相手男ん子やろ? 俺が嫉妬せんと思っとるん?」
「知りませんよそんなこと……」
言いながら携帯を机に置けば、ぐいっと腕を引かれて引き寄せられた。その際に腰元に腕を回され、私は引けない体制に。間近にあるホークスさんの顔に見惚れながら、「なんですか」と彼を見る。
「キスだけで済まそう思っとったけどやっぱやめる。カリンちゃんにはもうちょい危機感ってものを覚えてもらわないけんわ」
「ホークスさん相手なら危機感感じてますけど」
「それはそれで悔しい」
ちゅっ、と触れてきた唇が私のそれを塞ぐ。そのままソファーに押し倒される私は、さてどうしようかと、現状打破に思考を回すのであった。
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