ステイン
「ちくしょう!! やめろ!!」
緑谷は叫んだ。目の前にはヒーロー殺し──ステインがまさに今、飯田に向かって刀を振り上げたからだ。刃が飯田の首もとに下ろされようとした、その瞬間。
炎と氷がステインを襲った。
「「!」」
飯田と緑谷は、はっとして攻撃の主を見る。
攻撃を避けたステインは「次から次へと……今日はよく邪魔が入る……」と忌々しげに吐き捨てた。
「──緑谷、こういうのはもっと詳しく書くべきだ。……遅くなっちまっただろ」
「轟くんまで……」
「何で君が……!? それに……左……!!」
左を使った轟に、緑谷は驚きの声を上げた。
「何でって……こっちの台詞だ。数秒意味を考えたよ。一括送信で位置情報だけ送ってきたから。意味なくそういうことする奴じゃねぇからな、おまえは」
轟は更に氷を放った。
ステインは空中へジャンプし、それを避ける。
「“ピンチだから応援呼べ”って事だろ。大丈夫だ。数分もすりゃプロも現着する」
放たれた氷は、ステインに近い、真正面の位置に倒れていた緑谷と、壁に寄りかかったまま動けないプロヒーロー、ネイティブまで広がる。ある程度の角度がつくほど氷を大きくしたあと、轟はステインへの追撃も兼ねた炎を使ってそれを溶かし、二人を自分の背後まで運ぶ。
「──情報通りのナリだな。こいつらは殺させねえぞ、ヒーロー殺し」
「…………」
ステインはじっと轟達を見て黙りこんだ。双方の間で音が止み、沈黙がおりた。その瞬間。
「がっ!!」
ズドン、とステインが地に沈んだ。ギチギチと縫い付けられるように重力に押し潰されるその姿に、緑谷がハッとしたように顔をあげる。
「カリンちゃん!!」
「ごめん、出久くん。遅くなった」
ステインの背後、ふわりと降り立ったカリンは、片腕を前方に差し出したまま軽く眉をひそめる。こんなにも呆気ない勝利があっていいものか。悩む彼女に答えるように、ステインは動いた。己を押し潰す重力に逆らうように、力強く動く彼に、カリンはまじかよ、と冷や汗を流す。
「これで動けるの……まじか……」
両手を使って思いきりねじ伏せにかかるが、それでも尚もがくステインに鳥肌がやまない。本当なら息をすることすら苦しい圧をかけているのだ。気絶したっておかしくないのに、化け物かよ。
チッ、とひとつ舌を打ち、苦し紛れに飛ばされたナイフを避け、その勢いのまま蹴りを放つ。が、ギリギリのところでかわされ、お返しとばかりに刀を振るわれる。それを間一髪のところで避け、地に手をつき勢いをつけて刀を蹴り上げる。上空に飛ばされたそれを横目、しゃがんだ状態から素早く動きステインの腕を掴んだカリンは、その腕を軸に軽やかに宙で回転すると、勢いを殺さないままステインの体を浮かせ、背負い投げる。地面に叩きつけられたステインの体に再び圧をかけながら後退すれば、「強いなお前」と轟くんからお褒めの言葉をもらった。
「神道くんまで……何故……」
「クラスメイトのピンチだから」
飯田は悔しさに耐えるように唇を噛んだ。
緑谷は目の前に立つ轟とカリンに叫ぶ。
「轟くん、カリンちゃん、そいつに血ィ見せちゃ駄目だ! 多分血の経口摂取で相手の自由を奪う! 皆やられた!」
「なるほど……」
カリンは身体を固くし、もがくステインを押し潰した。だが、ステインはそれでは止まらない。苦し紛れに己の武器へ手を伸ばす。
「それで刃物か。俺なら距離保ったまま……」
轟が次の攻撃を繰り出そうとした瞬間、ナイフが飛んできた。ギリギリのところで顔を逸らして避けた轟だが、気を取られた一瞬の隙に重力から抜け出したステインが間合いを詰める。
「良い友人を持ったじゃないか。インゲニウム」
ステインはちらりと上を見た。釣られてその視線を追った轟は、頭上に長刀が飛んでいることに気づき、目を見開いた。
「轟くん前ッ!!」
轟はカリンの声にはっとした表情を浮かべる。ステインは轟の視線を上に誘導させた隙に、最初に飛ばしたナイフで出来た切り傷から血を摂取しようと舌を伸ばす。
「……!!」
炎を放出する轟。ステインはそれを避けるために一旦轟から距離をとる。
「っぶねぇ」
「援護する!」
距離をとったステインに向けて氷を放つ轟。カリンは意識を集中させ、ステインの動きに合わせて重力を操る。しかし、正確に圧をかけているはずなのに、一向に当たらない。見えない攻撃を読んでいるのだ。
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