奴との対峙
「やあ、やっと会えたね」
ふと聞こえてきた声に振り返れば、見知らぬ男がそこにいた。どこか焦点の定まっていない瞳を細めて笑う姿が、実に異様だ。というかそもそも誰だろう。
「……どちらさまでしょう」
警戒心を表に。一歩引くように問いかければ、男はにこやかに微笑んだ。微笑んで、彼はやわりと告げる。
「カリンちゃん。迎えに来たよ」
それは、質問に対する答えではなかった。代わりとばかりに告げられた一言に、違和感は膨れ上がる一方だ。
こいつは誰だ。
なぜ私を知っている。
ドッと流れる冷や汗が、頬を一筋伝っていく。
「あの頃から随分と成長したようだね。おじさんは君の成長を見れてとても嬉しいよ」
「……」
「そう怖い顔をしないでくれ。言っただろう? 僕は君を迎えに来たんだと」
言って、向けられる片手。不思議に思いながらも構えれば、突如喉奥から沸き上がる嫌悪感。思わず「おえっ」と吐き出したそれは泥水で、それを理解した瞬間、私は全てを払うように腕をないだ。
ぐおんっ。
強い圧が周囲を襲う。それに伴い、泥水は地面へ。叩きつけられるように飛散した。
「ほう。やるじゃないか」
パチパチと、拍手でもするように告げた男をキッと睨む。
今ので理解した。こいつは……この男は、奴だ。
(つーかなんでここにいるんだよ! 原作では体育祭はなんの襲撃もなかったはずだろ!)
心の中で叫び、一歩後ずさる。
交戦はいけない。ここはなにがなんでも逃げ切らねば……!
まだなにか語っている敵の隙をついて重力を展開させる。避けられたそれにすかさず追い討ちをかけるようにナイフと氷を放てば、うまく衝突した個性と敵。隙を見て、私は転がるようにスタジアム内へ。会場内のどこかにいるヒーローに助けを求めるべく、口を開く。
「ダメだよ、カリンちゃん」
ゴッと音がした瞬間、私の体はスタジアムの壁に叩きつけられていた。一瞬飛びかけた意識を許さないとでもいうように、開いた口元が、男のごつごつとした手に塞がれるように体ごと押さえつけられる。
「ああ、可哀想に。実に可哀想だ」
捕獲され、もがく私を眺めながら、男は告げた。
「素敵な個性を持っているのに制限をかけられ、いざという時に使いきれなくなっている。これでは宝の持ち腐れもいいところだ。オールマイトは折角の宝石を濁らせたいようだね。全く、なっていないな」
「……、っ」
「安心してほしい、カリンちゃん。僕と共にくれば、君の力を最大限に高めてあげよう。力の使い方というものを、僕が教えてあげるよ。君だって本当は嫌なんだろう? その力に制限をかけられるのが。いつまでも隠しとおさなければいけない事実が。そうまでして君を閉じ込めておきながら、いざという時には決して助けてくれないヒーローが。嫌で嫌で、堪らないんだろう?」
撫でるような口調に、ピクリと肩が震えた。自然ともがく力がなくなり動きをなくせば、「わかるよ」と、男は続ける。
「君は選ばれた子だ。それ故に、この世界では君の居場所は狭すぎる。狭くて苦しくて、けれど逃げることは許されない。周りがそれを邪魔するんだ。立場が、規律が、オールマイトが、君を弱くしている。君を守るため? いいや違う。怖いからだ。君がこちら側に寝返ることが。君が敵に成り果てる姿が、とてつもなく恐ろしいからだ」
カリンちゃん、守ってあげよう。
そう、男は言った。
「社会も規律も、なにも君を縛りはしない。力を求めれば強さが手に入る。──僕とおいで。君は僕の傍にあればこそ輝ける」
さあ、いこう。
男がそう言い笑った。瞬間だった。
「神道!!!」
響いた声にハッとした直後、焼けるような熱が目の前を過っていく。お陰で解放された私は地面の上へ。幾度か咳き込みながら、そのままその場で踞る。
そんな私を、駆け寄ってきてくれた誰かが助け起こした。見ればそれは轟くんで、試合後だからか左半身の体操服が一部大きく破れてしまっている。
「No.2か」
楽しげな声に顔をあげれば、燃え盛るようなコスチュームを纏った大柄な男の姿が確認できた。エンデヴァーだ。まさかのNo.2ヒーローの登場に、私は唖然と目を見張る。
「はぁ、全く。どうしてこう邪魔が入ってしまうかな。折角いいところだったのに……」
悲しげに男が呟けば、強い灼熱が再び彼を襲った。けれどそれはひらりと避けられ、敵はスタジアムの外へ。ふう、と困ったように息を吐く。
「あともう少しなんだ。邪魔をしないでもらえないかな」
「黙れ。敵風情が」
奴はやれやれと首を振った。そして、少し考える素振りをした後に、「まあいい。今日は引こう」と口にする。
「だが次はない。カリンちゃん、僕のカリン。次に迎えに来るまで、僕の言ったことをよく考えておくことだ。かしこい君なら、最高の選択ができると信じているよ」
言って、彼は泥を吐き、それに包まれるようにして消えていく。エンデヴァーが炎を放つも時すでに遅い。
最大の悪意オールフォーワンは、その日その時、その場から忽然と姿を消した。
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