魔女ヒーロー | ナノ



二人の会話




「はぁ……悪いことしたな……後で謝っとこうかなぁ……」

ぶつくさ言いながら、皆より一足遅れてスタジアムを出る。そのまま食堂へと向かい足を進めていたところ、「カリン」という声が聞こえてピタリと足を止める。

「カリン。ああ、僕のカリン。随分と探したよ。まさかこんな所にいたなんて……」

撫でるような声に、ドッと早鐘を打つ心臓。思わず冷や汗を流しつつぎゅっと拳を握った私は、一つ息を吐いてバッと背後を振り返る。

……。
……。

誰もいない。
広がる暗闇に、思わず一歩後ずさった。

「……今、確かに」

「なにしてんだクソ女」

「っ!? あ、か、勝己くん……?」

振り返れば幼なじみの姿があった。ズボンのポケットに手を突っ込み睨むようにしてこちらを見てくる彼に、なんとなく安心しながら、私は「なんでもないよ」と朗らかに笑う。

「緊張してるんだと思う。幻聴が聞こえちゃって……」

「幻聴?」

「うん……でも大丈夫。きっと気のせいだから……」

果たして、そうなのだろうか……?
嫌な予感を感じながらうつ向けば、勝己くんが私の傍へ。ぽす、と頭に手を乗せ、無言でその手を左右に動かす。

「……しけた面してんな」

「うん、ごめんね……」

「謝んな。……飯行くぞ。ちったあもやも晴れるだろ」

言って歩き出した勝己くんだが、数歩進んだところで彼は止まる。どうしたのだろう。
不思議に思い彼の傍に寄れば、彼は通路の方を見ながら「静かにしろ」と一言。なので口元を両手で覆い、私も通路の方をそっと見てみる。

通路の奥には、轟くんと出久くんがいた。
二人の間には決して軽くない空気が流れており、なんだか難しい話をしているようだ。

「気圧された。自分の誓約を破っちまう程によ」

誓約。それは、戦闘の場面において左の炎の個性は使わないことだ。

「飯田も上鳴も八百万も、常闇も麗日も……感じてなかった。最後の場面、あの場で俺だけが気圧された。……本気のオールマイトを、身近で経験した俺だけ」

「……それ、つまり……どういう……」

「おまえに同様の何かを感じたってことだ。なァ、お前……オールマイトの隠し子か何かか?」

「……違うよ、それは……って言っても、本当にそれ……隠し子だったら違うって言うに決まってるから納得しないと思うけどとにかくそんなんじゃなくて……」

轟くんの斜め上な発想に面食らったのか、一瞬声を失った出久くんだったが、慌てて早口で否定した。

「そもそも、その……逆に聞くけど……なんで僕なんかにそんな……」

「……『そんなんじゃなくて』って言い方は、少なくとも何かしら言えない繋がりがある……ってことだな」

轟くんは低い声で続ける。

「俺の親父は『エンデヴァー』。知ってるだろ。No.2のヒーローだ。おまえがNo.1ヒーローの何かを持ってるなら俺は……尚更勝たなきゃいけねぇ」

私は視線を落とした。轟くんのお父さんであるプロヒーロー、エンデヴァーは事件解決数史上最多の異名を持ち、ヒーロー事務所も経営している方だ。私の両親が亡くなってからというもの、No.2ヒーローとなった男……。

「親父は極めて上昇志向の強い奴だ。ヒーローとして破竹の勢いで名を馳せたが……それだけに生ける伝説オールマイトが目障りで仕方がなかったらしい。自分ではオールマイトを超えられねえ親父は、次の策に出た」

エンデヴァーも、とても実力のあるヒーローだ。それでもNo.1には届かなかった。あまりにもオールマイト……おじさまが実力も何もかも、他の追随を許さないほど圧倒的過ぎたのだ。

「何の話だよ、轟くん……僕に、何を言いたいんだ……」

「──個性婚、知ってるよな」

轟くんの口から出た言葉に、出久くんと勝己くんが息をのむ。

「“超常”が起きてから、第二〜第三世代間で問題になったやつ……」

「自身の個性をより強化して継がせる為だけに配偶者を選び……結婚を強いる。倫理観の欠落した、前時代的発想。──実績と金だけはある男だ。親父は母の親族を丸め込み、母の『個性』を手に入れた。俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げる事で自分の欲求を満たそうってこった。うっとうしい……! そんな屑の道具にはならねえ」

吐き捨てる轟くんは、どこか苦しげだ。

「記憶の中の母は、いつも泣いている………『お前の左側が醜い』と、母は俺に煮え湯を浴びせた」

「…………!」

「ざっと話したが、俺がおまえにつっかかんのは見返す為だ。クソ親父の個性なんざなくたって……いや……使わず“一番になる”ことで、奴を完全否定する」

あの勝己くんですら、声を失っていた。
当たり前だ。轟くんの家庭の話はあまりにも普通からかけ離れていて、もはや別の世界の話なのだから。

「言えねえなら別にいい。おまえがオールマイトの何であろうと俺は右だけでおまえの上に行く。……時間とらせたな」

出久くんはその場を去ろうとする轟くんに近づいた。

「僕は……ずうっと助けられてきた。さっきだってそうだ……僕は、誰かに救けられてここにいる」

風が吹く。出久くんは真剣な声色で言葉を続ける。

「オールマイト……彼のようになりたい。その為には1番になるくらい強くなきゃいけない。……君に比べたら些細な動機かもしれない……。でも、僕だって負けられない。僕を救けてくれた人たちに、応える為にも……!」

出久くんはさっきの話を聞いても、自分が復讐の道具として利用されていると知ってもなお、一人のクラスメイトとして、ライバルとして、轟くんと向かい合おうとしている。

「僕も君に勝つ!!!」

宣言される言葉は、あまりにも力強く、そして、眩しいものだった。

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