宣戦布告
「カリン! 早くしないと遅刻するよ! 今日は大切な日なんだから急がないと!」
扉の向こう側から聞こえてくるおじさまの声に、「今行くー!」と叫んで髪をとかす。そうして鏡の前で身だしなみをチェックすれば、同時にベッドの上に放置した携帯が音をたてた。急いで確認すればホークスさんからラインが来ており、『体育祭がんばって』という短い応援が綴られていた。
私はそれに『ありがとうございます。がんばります!』を返し、鞄を手に部屋を出る。そうしておじさまと共に家を出れば、今日この日の喧騒に、体が飲み込まれていくのだった。
本日は待ちに待ってはいないが、雄英体育祭が開催される特別な日だった。そのため、学校内には朝から多数のヒーローやマスコミが蔓延っており、その騒がしさは凄まじい。
『群がれマスメディア! 今年もおまえらが大好きな高校生たちの青春暴れ馬……雄英体育祭が始まったぜ! エビバディ! アーユーレディ!!??』
響くひざしさんの声を聞きながら胸を押さえる。そうして息を吐く私は、緊張に押し潰されそうだった。
「はー、体育祭か。緊張するなぁ。勝己くん緊張は?」
「しねェよ」
「さすが図太い」
その図太さを少し分けてほしいものだ。私は軽く苦笑した。
ここは1年ステージの、A組控室。もうすでに全員が体操服に着替えており、出番を今か今かと待っているところだった。
「緊張するなぁ」の声を耳にしながら、私は己の掌を見つめる。この体育祭、どこまで行けるかはわからないが、全力で取り組もうと思っていた。おじさまに情けない姿は見せられないからだ。ただ、一位は目指さない。目指すは三位の銅賞だ。
「おい、緑谷」
ふと声が聞こえて顔をあげれば、轟くんが出久くんに声をかけている姿が確認できた。ああ、宣戦布告か、と。私はぼんやりしながらも考える。
「……客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う」
「へ!? うっ……うん……」
突然なんだ?とクラス全員が二人に視線を集めた。隣にいる勝己くんも、黙って二人に視線を向けている。
「おまえ、オールマイトに目ぇかけられてるよな」
「!!」
「別にそこ詮索するつもりはねぇが……おまえには勝つぞ」
轟くんの言葉に、目を見開く出久くん。
見守っていた他の生徒も、「宣戦布告!?」と驚いている様子だ。そりゃ驚くわな。
二人の様子を見かねた切島くんが仲裁に入ろうとするが、轟くんは止まらない。出久くんもなにかを考えるように拳を握ったかと思えば、しっかりと顔をあげて口を開く。
「轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのか……は、わかんないけど……そりゃ君の方が上だよ……実力なんて、大半の人に敵わないと思う……客観的に見ても……」
「緑谷もそーゆーネガティブなこと言わねえほうが……」
「でも!」と、声が響く。切島くんは慌てたように口を閉ざした。
「皆……他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ……僕だって……遅れをとるわけにはいかないんだ……僕も本気で、獲りにいく!!」
「……おお」
彼の意気込みは凄まじく、その意気に押されるように、各々が各々口を開きだす。
「そんなん、俺だってトップ狙ってるしな!」
「私もよ」
場の士気が、あがったように思えた。
勝己くんは不満そうだが、他の面々はやる気に満ちている。これはいい流れだ。
峰田くんに絡まれる出久くんを眺めながら、くすりと笑う。
──出久くんはすごい。
自然と人の心を動かす彼は、本当にすごい人物であると、私は改めて思い知らされた。
◇◇◇◇◇
『雄英体育祭!! ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!!』
プレゼント・マイクことひざしさんの声が会場中に響いている。大きく響くそれを耳に入場ゲートを潜れば、見えたのは明るい空と人、人、人。
『どうせてめーらアレだろこいつらだろ!? 敵(ヴィラン)の襲撃を受けたにも関わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!!! ヒーロー科!! 一年!! A組だろぉぉぉ!!??』
ああ、懐かしい光景だ。
私は自然と昂る心を落ち着かせながら、一歩、足を踏み出した。
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