魔女ヒーロー | ナノ



測定役


「3秒04!」

ストップウォッチを見ながらタイムを言えば、驚きに皆がざわついた。今しがた50mの距離を颯爽と駆け抜けた飯田くんの機動力に、誰もが目を見開き騒いでいる。
ああ、私も混ざりたい……。いや、溶け込みたい……。
思いながら、次の子を計った。

「蛙吹さん5秒58」

「ケロ」

蛙の個性の蛙吹梅雨が私の前を通り戻っていく。その際ちらりと見られたが、はてどうしたのだろうか。考えながら、麗日さん、尾白くん、芦戸さん、青山くんとタイムを計っていく。
そして、幼なじみ組の番になった時……。

「爆速ターボ!!」

「どわ!?」

勝己くんの爆発に巻き込まれながら、出久くんがゴールした。タイムは7秒02。まあまあの結果だ。

「へっ! どーだ、カリン! テメェなんぞに負けてねえだろ!」

「神道は1秒台だったぞ」

「ああ゛!?」

消太さん余計なことを……!!

空間移動(テレポート)したからそりゃ早いに決まってるわ、と心の中で叫べば、勝己くんから睨まれてしまった。かと思えば、彼は「次は負けねえ!!」と大股で歩き去っていく。
いや張り合わないで。私キミとは戦いたくない。
とほほ、と己の不幸を呪い、測定に戻った。

握力測定、立ち幅跳び、反復横飛び、ボール投げ。次々と種目が終わっていく。そんな中心配なのは、幼なじみの出久くんのことだ。原作通りに進めば彼はこのボール投げにて記録をだし消太さんに認められる。が、もし原作通りにいかなかったら?ひょっとしたら本当に除籍処分になるのではなかろうか……。
冷や冷やしながら麗日さんの記録、無限を公表する。わあ!と沸き立つクラスメイトを尻目に出久くんを見れば、思い詰めた表情をしているのがわかった。

「出久く……」

「神道」

やめろ、と消太さんは目で語っていた。それに口をつぐんで下を向けば、ぽん、と頭に手が乗せられる。

「お前が考えても仕方のないことだ。ここはヒーロー科。ある程度の力がなければ生き残れない」

「……力があるだけの人間より、ヒーローになるために必死に努力してきた人間が報われることを祈りたいです」

「力があるだけの人間も、ちゃんと努力はしてるよ」

それは励ましなのだろうか?
測定結果を口にしつつ、次に来た出久くんに目を向ける。やはり思い詰めた表情の彼は、手にしたボールを見つめると沈黙。やがて歯を食い縛り、大きく振りかぶる。

「……46m」

非情な結果だ。
冷や汗をかく出久くんを見つめていれば、隣にいた消太さんが動いた。彼は個性を発動させた状態で歩を進めると、やがて出久くんの前で足を止める。

「個性を消した」

その言葉に、驚く一同。

「つくづくあの入試は……合理性に欠くよ。お前のような奴も入学できてしまう」

「消した……!? あのゴーグル……そうか! ……視ただけで人の個性を抹消する個性!! 抹消ヒーロー、イレイザーヘッド!!!」

よくもまあ気づけたなと、思わず感心してしまった。冷や汗をかく出久くんは、消太さんの言葉にぎゅっと唇を引き結んでいる。

「見たとこ……個性を制御できないんだろ? また行動不能になって、誰かに助けてもらうつもりだったか?」

「そ、そんなつもりじゃ…」

「どういうつもりでも、周りはそうせざるをえなくなるって話だ」

消太さんは続ける。

「昔、暑苦しいヒーローが大災害から一人で千人以上を救い出すという伝説を創った……同じ蛮勇でも、お前のは一人を救けて木偶の坊になるだけ。緑谷出久……お前の力じゃヒーローにはなれないよ」

「!!!」

私はじっと出久くんを見つめた。絶望したような表情の彼は、返す言葉もなく佇んでいる。
そんな出久くんに、消太さんは2回目の投球を促し、戻ってきた。「おかえりなさい」と声をかければ、「ああ」と短く返される。

「個性を使って玉砕するか。個性を使わずにこのまま最下位になるか。……どちらにせよ見込みなしだな」

「……そうでしょうか」

ぎゅっと測定器を握る。と同時に、出久くんもボールを握った。
そして暫しの沈黙の後、彼は右腕を大きく振りかぶり、思い切り左足を前に出す。

「SMAAAAAAAAAASH!!!!」

爆風で、砂埃が辺りに舞った。凄まじい威力の投球に、私は思わず片腕をあげて顔を守る。
少しの静寂。全てが晴れた後には、出久くんが一人、涙目になりながら笑っていた。

「せんせい……まだ、動けます!!!」

「こいつ……!」

705.3m。ヒーローらしい、大きな数値が出た。
私は原作通りの展開に、ホッと安堵の息を吐き、出久くんを見る。と同時に、勝己くんが動いた。
「どーいうことだコラ!! デク!!! わけを言え!!!!」と怒鳴る彼は、大股で出久くんに近づいていく。
しかし、すんでの所で消太さんに捕らえられる勝己くん。

「ったく、何度も個性使わすなよ……俺はドライアイなんだ」

((((個性すごいのにもったいない!!))))

クラスの心が一つになる。

「時間がもったいない。次準備しろ」

消太さんの言葉に、生徒たちは動き出した。わらわらと残りの種目を片付けに向かう彼らを尻目、出久くんに駆け寄ろうとした私に、消太さんから声がかかる。

「治すなよ、神道」

「……」

私は渋々、駆け寄ろうとしていた足を止め、皆を追うべく踵を返した。


◇◇◇◇◇◇


「んじゃ、パパッと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのも時間の無駄なんで一括開示する」

そう言って成績を表示する消太さん。最下位にある出久くんの名を見て無言になっていれば、「ちなみに除籍は嘘な」とサラッと前言を撤回された。

「お前らの個性を最大限引き出す合理的虚偽」

「「「はぁぁぁぁぁあ!?」」」

「あんなの嘘に決まってるじゃない……ちょっと考えれば分かりますわ」

八百万さんはそう言うが、私は嘘じゃないと思う。あの目は本気だった。この人と何年か関わってる私にはわかる。
心の中で呟きながら、出久くんに「やったね」と声をかけた。出久くんはそれに戸惑い勝ちに頷き、やがて小さく息を吐く。安心しているのだろう。その顔は若干緩んでいた。

「これにて終わりだ。教室にカリキュラムなどの書類があるから戻ったら目通しとけ。あと神道。お前は職員室な」

「えっ」

「ほれ行くぞ」

首根っこを掴まれたかと思えば、そのままずるずると引きずられる。どうも消太さんは私に平穏な学生生活を送らせる気がないようだと、私はまたも遠くを見ることになるのだった。

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