自覚
恋人とはなんだろう。そもそも恋とはなんだろう。
繋がれた手のあたたかさに目を細め、下を向く。そんな私に、ホークスさんは「なんか考え事?」とこちらを見た。
「……ホークスさん」
「ん?」
「私、わかりません。恋とか、そういうの……」
ぎゅっと手を握れば、ホークスさんは一度黙る。黙って、握られた手にそっと力を込めてみせた。
「知らんでもいいんやない? 無理して理解する必要はなかよ。恋ってほら、落ちるもんやし……」
「でも、こんなに迷惑で大変なことになってるのに、それを理解できてないなんて、私──」
「カリンちゃん……」
ホークスさんが立ち止まった。止まって、私を見下ろす彼を、私は黙って見上げる。
「カリンちゃんはなんも知らんでいい。そのままでおって。そしたらきっと、ずっとこの関係のままでおれる」
「ホークスさん……」
「怖いんよ、俺。この関係が壊れるの。カリンちゃんが誰かのものになったら諦めるしかない。それが嫌で、きっとそうなった暁には、俺はカリンちゃんのこと……」
私のこと、なんだろう。
じいっとホークスさんを見ていれば、「やっぱなんもない!」と無邪気に笑った。笑って、私の手を引き、「あっちの方行ってみよっか!」と歩き出す。
「……要人の息子さんだと言っていました」
ぴくり。ホークスさんの肩が揺れる。それを見て、私は下を向きながら言葉を続けた。
「断ったら大変なことになる、かもしれない……なら、断らずに、付き合ってみて、相手が私に飽きるように事を持っていけば丸く収まるんじゃないでしょうか? 幸いにも今、私は、非常に癪ですが相手の事を好きになっている。ならばその恋心を利用して、私が──」
「カリンちゃん……」
止まった足が、こちらへと向けられる。軽く反転したホークスさんを黙って見ていれば、両手を伸ばされ抱き締められた。ぎゅうっと、力強く抱擁してくる彼にポカンとしていれば、少しして小さく、「やめて」と声が発される。
「お願い……お願い、やめて……カリンちゃんが無理して相手に取り繕う必要はない。明日のことは俺らがなんとかするけん、カリンちゃんは何も考えんでそのままでおって」
「でも、私、今すごくあの人のことが好きで……頭の中にあの人がずっといるんです……あの声、思い出すだけでドキドキして……はやく会いたいなって思うんです……私……きっと明日、口滑らせちゃう……」
「……」
ホークスさんは一拍の間を置き私を離した。離れていった彼を見て眉尻を下げれば、「カリンちゃんは、誰のことが好きなん?」と問われた。それに「え……」と目を瞬けば、もう一度、「誰が好きなん?」と問われる。
「誰が好きって……」
「本当にあんな男が好きなん?」
「そ、それは、個性で……!」
「カリンちゃんの精神力は、一度奴の個性を上回った。早々負けんはず。ならなんで今あの変な個性に負けそうなんか……考えたら答え、一つしかないやん。認めたくない恋愛感情が、カリンちゃんの中にはあるはず。それを打ち消すため、個性に負けてると思っとる」
「そ、そんなバカなこと……!」
「あったら、どうするん……」
きゅっと口をつぐんだ私に、ホークスさんは小さく笑った。笑って、「個性打ち消すためにも、自覚した方がいいんかもね」と告げた。
自覚……自覚って……。
呆然とする私の頭の中に、消太さんの声が流れる。
『まあお前ならこの状況の意味をすぐ理解できるさ』
状況の意味……。理解……。
消太さんごめんなさい。私はそんな頭よくないから、理解なんてできない……。
……。
……したくない。
人は追いかけてる間が一番恋してる時だと思ってる。付き合ってしまったらすぐに飽きが来て、別れてしまう。永遠の愛なんて存在しない。いつか別れる時は来る。だから私、恋なんてしたくない。そんなもの必要ないから。私の人生にも、夢にも、不必要なものだから。だから、恋なんて、したくない。……したくなかったのにな……。
バキンッ、と固いなにかが壊れる音が聞こえる。と同時に、頭の中に巣くっていた白いモヤが消え失せた。晴れやかになった脳内で、響くのはあの人の声。
「……ホークスさん」
「ん?」
「……ごめんなさい」
ホークスさんは、まるでその答えがわかっていたとでもいうように頷くと、とても寂しそうに微笑んだ。
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