恋を操る
「──好きです! 付き合ってください、神道さん!」
大きく響く声、差し出された手。きっちり頭を下げた男の子を前、私はつい無言になる。
誘拐騒動から二夜程明けた今日。検査入院で特に問題ないとされた私は、ようやっと病院から解放されて外へと出ていた。少し先にはおじさまとホークスさんの姿があり、二人がなにかを話し込んでいる様子が伺える。
ホークスさんは寮までの帰り道、私たちを護衛する役目を担っていた。なんでも、ヒーロー協会のお偉い様方から指示されたようで、本人は「カリンちゃんとおれるなら万々歳な任務やね!」と親指をたてていたくらい元気だった。つい先日の焦りようが嘘のようだ。
「(心配かけたよなぁ、皆に……)」
今回、いろんな方々が私の救出に乗り出したと話を聞いていた。中には出久くんたちの姿もあったそうだ。あの親子が勝己くんにボコボコにされなくて良かったなと思う反面、迷惑かけたなと少し落胆。溜め息を吐き、二人に近づこうと足を踏み出す。
「あ、あの──!」
と、そこにかかったとある声。振り返れば、軽く息を切らせた、同い年くらいの少年がおり、彼は私の姿を見てきらきらと目を輝かせると、大きく一礼。冒頭の台詞を口にするのだった。
「……えっと?」
誰だっけ、この人……。
私は記憶をフル回転させて蘇らせるが、どの記憶にもこの少年の姿は見受けられない。とすると、どこかで私のことを知ったファンだろうか……。考えていれば、少年は顔をあげる。
「あああの! 僕、恋心操兎(こいごころあやと)と申します! あの! 神道さんのことずっと見てました! 傷つけられながらも果敢に敵に立ち向かうあなたに、僕、もうメロメロで……!」
「(ずっと見てました?)」
「ぜひ! 僕とお付き合いしてください!」
バッと再び頭を下げた少年に、私は沈黙。「あの、無理です……」と、断りの言葉を口にする。
「私、あなたのこと知らないし、好きでもないし……」
「大丈夫です! 神道さんは僕のこと好きになります! これは勘などではありません! 絶対的な確信です!」
「いや、むり……」
だって顔が嫌い……、という言葉は飲み込んで一歩下がれば、とん、と背中になにかがぶつかる。スッと顔をあげれば、「なーにしよんの?」と笑うホークスさんがおり、私はつい彼の背後に身を隠した。
「ん? どしたん、カリンちゃん?」
「いえ、なんかこの人おかしくて……」
眉尻を下げて言えば、ホークスさんは「ふーん」と視線を少年へ。「君、はよ帰らんと親御さん心配するんやない?」とわりと冷たく吐き捨てた。
「ナンバーツーヒーロー……さすが神道さん! トップヒーローの護衛までついているんですね!」
「あの、私帰っていいですか……? 皆待ってるし……」
「神道さん! 俺の目を見てください!」
「はい?」
なんで……、と呟き彼の目を見た瞬間、頭の中が白くなる。
「神道さん、あなたは俺のことが好きになる……!!!」
声が、妙に大きく脳内に響き──瞬間、私の心臓は大きく脈を打ち出した。どくん、どくんと煩わしい心音に耳を塞ぎたくなる中、目の前の彼を見ればなぜだか顔が赤くなる。恥ずかしい。目が合わせられない。私は下を向き、ホークスさんの服をぎゅっと握った。
「神道さん、ほら! 君はもう俺が好きだ! 好きで好きでたまらない!」
「……何言うとるん、君」
「ホークス! 彼女は俺が好きなんです! だから俺とお付き合いするべきなんですよ! それに、俺は恋心家の息子! あなた方からすれば要人の家系である俺とのお付き合いは、当然断れるものじゃない!」
ね、カリンさん?
優しく名前を呼ばれてビクリとする。バクバクと煩い心臓に混乱していれば、ホークスさんが私を彼から隠した。赤い翼を広げて私を守るホークスさんに、私は顔をあげて彼を見る。
「ままごとは帰ってやってくれんかな。この子を変なことに巻き込もうとせんでもらいたいんやけど」
「変なこと? なんのことです?」
「個性使ったやろ」
びくりと、今度は少年が震えた。あからさまに狼狽える彼に、ホークスさんは無表情で「口ぶりからして惚れさせる個性かなんか? はよ解いてくれんかな」と告げた。
「ほ!? ぼ、僕がそんな、個性に頼って女性を口説き落とそうとするとお思いで!? この美麗なる僕が!?」
「自分の顔鏡でよく見てからその台詞使ってくれん?」
「なんだと貴様! 要人の息子である僕に対して無礼だぞ! カリンちゃん! そんな男の側におらずはやく僕の元へ来るんだ!」
伸ばされる手が、とても心惹かれるものに思えた。
小さく一歩を踏み出し、そろりと手をあげた私。そんな私に「カリンちゃん、しっかり」と声をかけたホークスさんに、ハッとして私は頭を振った。そして、すすす、とホークスさんの背後に逆戻り。彼の衣服を掴み、下を向く。
「そ、そんな! 僕の個性は強力なはずなのに……!」
「そら残念やったね。カリンちゃんの精神力には敵わんやったってことや。はいお疲れさま。──カリンちゃん、行こか」
告げるホークスさんに自然な流れで肩を抱かれ、私はそのまま踵を返して歩き出す。背後から「明日迎えに行くからね!」と必死な声が聞こえる中、ちらりとホークスさんの顔を盗み見た私は、すぐに彼から目をそらして下を向くのだった……。
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