恋心
「──カリンちゃんが告白されたんです」
「ぶっふぅうううううう!!!」
その日の放課後。緑谷出久は話があるからと、オールマイトこと八木俊典と会っていた。いつもの空き教室で向かい合い、言葉を交わす彼らは普段通り。しかし、緑谷に少し元気がないことに気づいた八木がそれを指摘すれば、冒頭の台詞が紡がれる。
「こ、こここ、告白ぅうううう!!?」
飲んでいたお茶を盛大に噴き出した八木は前のめりに。お茶が倒れそうになるのも気にすることなく、目の前に座る緑谷に詰め寄る。
「ちょちょちょ、相手はどこの誰だい!? うちの子返事はしたの!? まさかオーケー出したんじゃないだろうね!!?」
「お、落ち着いてください、オールマイト! 相手は普通科の心操くんで、返事はしなかったけどカリンちゃんちょっとときめいてて……」
「シィーーーーーッツ!!!」
頭を抱えて叫ぶ八木に、ほんと姪っ子大好き人間だなと緑谷はひそりと思った。
「な、な、なんということ! いやいずれはされると思っていたさ! 思っていたとも! 寧ろ今までそういう話がでなかったことが驚きだ! うちの子かわいいから! でもまさかそんな急に言われてもおじさん心の準備ができないというか大きくなったらおじさんと結婚するって言ってたじゃないかカリン!!!」
「いやそれは不可能でしょ……」
「冷静に突っ込まれた!!!」
ドバッと吐血した八木は、暫く騒いでからゼェハァと肩で呼吸する。
「と、とりあえずだ緑谷少年、うちの子が告白されたのはわかった。しかしなぜそれで君が暗くなるんだい? はっ! もしやうちの子狙ってる!?」
「ねねね、狙ってるって! そんなこと!」
「だ、だよねぇ! ははっ! ビックリしたなぁもう! とりあえず心操少年とは今度話そう」
笑顔で告げる八木に、心の片隅で心操の身を案じる緑谷。そんな緑谷は握り合わせた拳を見つめると、「なんていうか、嫌だったんです……」と口にした。
「心操くんに告白されてときめくカリンちゃんを見てると、なんかこう、胸がモヤモヤするというか、なんというか……とりあえずすっごく嫌で、答えてほしくないなって思ったんです……行ってほしくないなって……轟くんやかっちゃんが相手ならこんなこと思わないのに……僕、どうしちゃったんだろう……」
「そりゃ恋だろ」
「そんなサラリと!!」
叫ぶ緑谷に、八木はずずっとお茶をすする。
「轟少年と爆豪少年相手ならなんとも思わないのは、二人には勝てないと心のどこかで思っているからだ。心操少年相手だと嫉妬するのは、渡したくないと思っているからだ」
「嫉妬って……」
「だってそうだろ? 緑谷少年は告白されたカリンを見て妬いた。取られるかもしれないと思って。ときめいてたって言うなら脈ありの可能性が高いからね。認めないけど」
緑谷はうつ向く。うつ向いて、ぐるぐると思考を回した。
「僕は……僕はカリンちゃんのことをすごいと思います。思ってます。頭もよくて、優しくて、強くて、かっこよくて、人を引っ張りあげられる人だと思います。カリンちゃんは昔から僕のヒーローでした。周りがどんなに貶しても、カリンちゃんだけは貶さなかった。笑わなかった。寧ろ背中を押してくれた。ヒーローになれるって言ってくれた。彼女は僕の憧れです。憧れなんです。好きだなんて、そんな……」
「……憧れは時に好意に変わる。緑谷少年も、そうなんじゃないかい?」
ストン、と心の穴が埋められた気がした。妙に納得できる自分に驚いていれば、お茶をすすった八木がホッと小さく息を吐く。
「恋ってのは難しいもんさ。君はまだ若いんだ。ゆっくり知っていくといいよ」
「オールマイト……」
「ま、うちの子は誰にもあげないけどね」
嫌味なくらいにっこり笑った八木に、緑谷は「オールマイト……!」と突っ込んだ。
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