雑記帳 冬だ!破妖だ!懇親会C



街外れのさびれた一軒宿。そこに、少年少女は宿泊していた。
故郷を捨てた彼らには、帰る場所も目的とする土地もない。それでも、彼らは――少なくとも、少年の方は――幸せであった。好きな人と日々をともにできるのだから。


ラウシャン「よ……っと」
少年は盆に乗せた粥を零さぬよう、器用に片手で扉を叩く。
ラウシャン「リー、気分はどう?お粥持ってきたよ」


開けた扉の向こうには、頭に氷嚢を乗せた少女がいる。
少年の姿を見ても、いつものように「がばっ」と跳ね起きるほど回復してはいないようだ。

シェン「ありがと、ラウ……」
少年の連れは、年末から風邪を引いて寝込んでいた。もともと、それほど体が丈夫なわけではない。

シェン「ごめんね、せっかくのお正月なのに、どこへも行けないで」
ラウシャン「いいんだよ、テレビ番組観ている方が好きだし」
シェン「紅白、どっち勝った?」
ラウシャン「白に決まってるだろ。去年は全体的に、レベルもモラルも低かったな。良かったのは徳永とサブちゃんだけだ」
シェン「相変わらず手厳しいんだから……」
苦笑しながら起き上がろうとするシェンの背中に手を添え、粥を食べるのを手伝ってやるラウシャン。
ラウシャン「はい、あーんして。宿屋のおかみさんが厚意で作ってくれたんだ。元気になったら、ちゃんとお礼を言いなよ」
シェン「わかってるってば」


その時、上の階から巨大な歌声が聞こえてくる。


???『粉あああ〜〜〜雪いいいいいいいいーーーーーー!!』

ラウシャン「!?」

???『ねえ、こっこっろ、まっ、で白く、染〜めら〜れたならーーーーーぁ、ああああーー!!』


シェン「な、なに!?」

それは、天井に罅が入りそうなほどのひどいダミ声だった。

ラウシャン「君は寝てろ。上に文句言ってきてやる!」
シェン「でも、ラウ……」
ラウシャン「いいから!!」

部屋を飛び出すと、階段を一段飛ばしで駆け上がり、声が聞こえる部屋の前まで行く。


???『ふたーーーりのぉー、おお。こど♪っく、を、分〜け合う、ことが。出来〜た〜のかいーーーー』
バン!と派手な音を立てて扉を開ける。

ラウシャン「うるさい!!今何時だと思っているんだ!!」


息を切らせて怒鳴るラウシャン。
部屋の中には巨大なカラオケセットと、見慣れないカップル。


???「あ、ごめん。音が大きすぎたかな?」

マイクを握っていたのは、とてもあんな声を出すとは思えない少年だった。
しかし、そんなことはラウシャンにとってはどうでも良い。世界は二人のためにあるのだ。


ラウシャン「リーは風邪引いて寝てるんだぞ!ますます具合が悪くなったらどうするんだ!!」
???「ブルース・リー?」
ラウシャン「違う!本名がシェンツァ・リーウェンで、愛称がリーだ!」
さりげなく他己紹介するラウシャン。少年の傍らにいた、朱金の瞳を持つ少女が首を傾げる。
???「鬱金で出てきた金髪の男の子も『リー』だったはずだけど。名前かぶってるわね、作者が忘れてるのかしら?」
???「だめだよ紅蓮姫、そこに触れちゃ」
少年はカラオケのスイッチを切った。話す声と歌声が全く違う。
???「外伝キャラなら知ってると思うけど、僕はラキス。こっちは伴侶の紅蓮姫。迷惑かけて悪かったね」


伴侶という言葉に何も言えなくなるラウシャン。こちらのカップルの方が進んでいることを知り、なおさら不機嫌になる。
ラウシャン「………とにかく、ここは君たちだけの宿じゃない。騒がしくするならおかみさんに頼んで出て行ってもらう」
紅蓮姫「無駄よ。ここは既にあたしたちが借り切ったわ」
ラキス「こう見えても浮城の破妖剣士だからね。お金を積めば造作もないことさ」
ラウシャン「いつからそんな腹黒キャラになったんだ!?」


叫ぶ彼の背後から、ぼそりと声がした。

シルヘ「再登場した人物の性格が歪んでいるのは、破妖にはありがちなこと。珍しいことでもなんでもないわ」
ラウシャン「!!」
いつの間にか、みすぼらしい少女が壁際に座り込んでいた。
シルヘ「浮城に引き取られて三年。純真なだけが取り柄だった私も、年頃になってすっかり荒んでしまった……」

ラウシャン(い、行かなくて良かった………)
その表情を読んだかのように、口を開くラキス。
ラキス「僕らはただ遊びに来たんじゃなくて、君たちを勧誘に来たんだよ」
ラウシャン「勧誘?」
ラキス「そう。浮城も人手が足りないんだ」
紅蓮姫「ウニならあるんだけど」
ラウシャン「………」←くっだらねー、と思っている

ラキス「君には魅了眼が、そしてあの女の子には魔性を引き寄せる力が備わっている。浮城でその才能を遺憾なく発揮してほしい」
ラウシャン「いやだね!!」
即行で断るラウシャン&不思議そうに見つめ返すラキス。

ラキス「どうしてだい。浮城に来ればもう迫害されることもない。生活にも不自由しないし、人目を避けて宿を点々とすることもないんだよ」
ラウシャン「人々の苦しみを金に換算するような奴らと、同列に語られたくない!それに、あの人を守れるのは僕しかいないんだ!」
紅蓮姫「そのリーとかいう女の子?」
ラウシャン「当たり前田のクラッカー!!」

ラキス「……そうか。君はあの少女が世界を広げて、自分から離れていってしまうのが怖いんだね」
ラウシャン「な、何を言ってるんだ!そんなんじゃ……」
ラキスは4人がけのソファに腰掛けた。『破妖の剣外伝 時の螺旋』のページをぱらっとめくる。※好評発売中
ラキス「君たちの事は、調べさせてもらったよ」
紅蓮姫「どれどれ……へえ、ラスの先祖なんですって?あまり似てないわね」
ラウシャン「放っといてくれ」



ラキス「じゃあこうしよう。クイズ対決で君たちが勝ったら、諦める。そうじゃなかったら浮城に来てもらう」
ラウシャン「結局そうなるのか……」
ラキス「僕は当然紅蓮姫と組むよ。他にも、浮城の仲間を何人か連れてきたから」
ラウシャン「ここにはリーしかいないぞ。悪いけど」
穏やかな微笑みを返すラキス。
ラキス「そんなことだと思って、あらかじめ君のチームを組んでおいたよ。シルヘ」
シルヘ「アイアイサー」


すっくと立ち上がったシルヘが、部屋のカーテン(赤)の紐を引っ張る。
その向こう側に立っていたのは、五人の破妖キャラ。


エントリーナンバー1 パライス「いったい何なの!?こんなところに連れて来て!!」
エントリーナンバー2 ソルヴァンセス「佳瑠………一目でいいから会いたい……」
エントリーナンバー3 ソーリン「美形がいるって聞いてきたんだけど」
エントリーナンバー4 リンカスティ「浮城の方に恩返しが出来ると聞いて(以下略)」
エントリーナンバー5 ダーナン「帰りたい」


ラウシャン「……」
ラキス「さあ、それじゃこのチームで始めようか」
ラウシャン「ハズレばっかじゃないか!!!!」←失礼

ラキス「気に入らないかい?」
ラウシャン「あたりきしゃりきストライキ!!」
ラキス「贅沢ばっかり言って……だいたい君、ほかに友達いるの?」
ラウシャン「!!」
紅蓮姫「ツンデレ少年気取ってるけど、本当はあなたの方こそ、あの子と離れたら生きていけないんじゃないの?」
ラウシャン「………」
紅蓮姫「あ、落ち込んじゃった。ごめんなさいね」
ラキス「まあ座りなよ。どうしてあの子と『いいお友達』続けてるんだい?早く告白すればいいのに」
居酒屋のおやじ状態になっているラキス。

紅蓮姫「あなたが行動を起こさないと、ラスも産まれないのよ?我慢しないで押し倒しちゃえば?」
ラウシャン「僕たちは古い時代の人間なんだ。結婚前にそんな無体は……」
ラキス「時代は関係ないと思うけどね。僕もかなり昔の人間だし、個人の価値観の問題じゃないかな」
紅蓮姫「少しはラキスを見習ったら?出会ってすぐに告白→口接け→求婚。この間15ページもかからなかったわ」
ラキス「……紅蓮姫、そういうこと言うと読者が誤解するから。あれは短編だったし、展開が急なのは仕方ないんだよ」
紅蓮姫「積極的なラキスが好きよ」
ラキス「でも、僕は一応誠実キャラで売ってるんだから……ね?」
ラウシャン「もう遅いだろ」


パライス「ちょっと!人を呼びつけて置いて無視!?こちとら家事がたまってるのよ!!」
ラキス「だそうだよ。……どうする、ラウシャン?」
ラウシャン「嫌だと言ったら、無理やり連れて行く気だろう」
紅蓮姫「意地を張らないで、子作りは浮城ですればいいじゃない。ここでは環境が悪いわ」
ラウシャン「うるさいよ。だいたい君たちなんて、子供も残せなかったくせに」
紅蓮姫「!!」
ラウシャン「いくら愛し合ったって、刀相手じゃどうしようもないな」
ラキス「……君、言ってはならないことを言ったね」
ラウシャン「本当のことだろ。刀の精に惚れて生涯独身なんて、異常だよ」
シルヘ「あーあ、言っちゃった……」


バチバチと火花を散らすラキス&ラウシャン。


ラウシャン「わかったよ、その勝負受けよう。ただし僕が勝ったら、魅縛師以外のまともで高給の仕事を紹介して欲しい。リーと二人で生きていくために、お金が必要なんだ」
ラキス「君、無職だったのか(笑)」
紅蓮姫「ヤンハロ行けば?(大笑)」
ラウシャン「ろくな求人がないじゃないか。○社の営業なんて『大卒で実務経験10年以上、年齢18歳〜30歳』って募集かけてたぞ。ありえないだろ!!」

ラキス「気持ちはわかるけど落ち着いて。それで、どうするんだい?他のメンバーを用意する時間はないよ」
ラウシャン「……じゃあ、とりあえずパールライスさんには帰ってもらって、あとの四人で戦うよ」
パライス「パライスよ!ったく、時間の無駄だったわ!!」


バン!!←扉が閉まる音


ラウシャン「ああいう凶暴な人は苦手だな……」
ラキス「君だって相当に短気だろう」
ラウシャン「で、クイズって?」
ラキス「こっちの部屋においで」




ぞろぞろと四人を伴って隣の部屋に行くラウシャン。
そこには巨大なスクリーンと、五つの解答席、隅の方にはトロッコのようなものが置いてあった。
ラウシャン「……どっかで見たぞこれ……」


ラキス「さ、まずは僕たちの旧浮城チームからだね」
既にスタンバイしていた追加要員。


エントリーナンバー1 ジズ「ラキスのためだもんな!」
エントリーナンバー2 ファリィア「上に同じ。子供だろうと手加減はしないわよ」
エントリーナンバー3 潮里「浮城と、あの人のために……」


これにラキスと紅蓮姫が加わって五人チームになる。
彼らは横に五つ並んだ解答席にそれぞれ立った。



ラキス ジズ ファリィア 潮里 紅蓮姫
■ ■ ■ ■ ■

シルへ『では、問題です』
ラウシャン「もう!?」


パッ。

【問題】
次の○にあてはまる文字を答えなさい。

は○○○う

スクリーンに問題が映し出された。

ラウシャン「!?」
シルへ『あ、ごめんなさい間違えました。こっちです』



【問題】
魔性を殺傷することが出来る武器の総称は?

○○○○○

シルへ『はい、各自一文字ずつ書いてお答え下さい』


ラウシャン「ずるい!さっき頭と末尾の文字が映ったじゃないか!!」
ラキス「紅蓮姫、なにか見えた?」
紅蓮姫「いいえ」
ラウシャン「君たちはーーーーーーーー!!!!」


怒りに震えるラウシャンを置いてきぼりにして、ゲームは進んでいく。
鼻歌を歌いながら、モニターにペンを走らせる旧浮城チーム。誰が見ても正解は確実と思われた。


ジズ「やった、これなら楽勝!!」
潮里「そうね……間違える人の方が、どうかしているわ」
ファリィア「さすがにそんなアホはいないでしょ」
紅蓮姫「みんな、書いた?いくわよ、せーの」
ラキス「どん!!」


パッ。



ラキス ジズ ファリィア 潮里 紅蓮姫
は ど う ほ う


シルへ「………」
ラウシャン「あっはははははは、あっははははは!!」




ファリィア「ジズーーーー!!あんたって奴は!!」
ジズ「えっ、ち、違うのか!?」
ファリィア「あたしの見込み違いだった!やっぱあんたなんかに破妖刀はふさわしくないわ!」
ジズ「うう……」
ラキス「君には失望させられたよ」
紅蓮姫「あなた、わざと間違えたんじゃないの?」
潮里「……さあ」
紅蓮姫「あたしに恨みがあるからって、ここで仕返し!?これだからコミック限定のキャラは使えないのよ!」
ファリィア「ちょっと、それは関係ないでしょ!?こいつらが異常なんであって───」
ラキス「そうだね、やっぱり君の方を連れて行くべきだったかな」
ジズ「そんなー!!」
大もめにもめる旧浮城チーム。



ラウシャン「あっはははっ、ははははっ、はは、はははは……」←まだ治まらない
リンカスティ「随分と、楽しそうに笑ってらっしゃいますね」
ソーリン「原作では怒ってばかりなのにね」
ソルヴァンセス「少し、いいかい?」
ラウシャン「は、は、は……な、なんですか?(涙目)」
ソルヴァンセス「こちらとしても、紅蓮姫の成すがままになるのは癪なんだ。喜んで協力するよ」

涙を拭いてソルヴァンセスに向き直るラウシャン。

ラウシャン「見たところ高貴なお生まれのようですが……あの紅蓮姫って娘に、何か恨みでも?」
ソルヴァンセス「恨みはないが、少し、ね……複雑なんだ」
ラウシャン「?」
リンカスティ「私は、浮城の破妖剣士様に命を救われました。浮城には恩があります」
ラウシャン「……」
リンカスティ「けれどラエスリール様ならばきっと、あなたたちの平凡な幸せを願ったはず。協力させて頂きます」
ダーナン「俺も。人事とは思えないから」
ラウシャン「えーと……よく判らないけど、ありがとうございます。よし、行くぞみんな!」



シルへ『では続いて浮城以外の人間チームです。解答席に並んで下さい』


ラウシャン ダーナン ソーリン リンカスティ ソルヴァンセス
■ ■ ■ ■ ■

シルへ『問題です』


パッ。


【問題】
王太后ミランスが統治する国の名前は?

○○○○○


ラウシャン(やっぱりヒントは出ないか……)
ソルヴァンセス「これは簡単だね。すぐわかったよ」
ラウシャン(え、ミランスって?後世の人だよな?)
ソーリン「かーんたん!」
ダーナン「ガンダル・アルスで暮らす以上は常識だ」

他のメンバーが頷く中、一人呆然としているラウシャン。


シルへ『リーダー以外は全員わかったようです』
ラウシャン(仕方ないだろ、僕だけ過去の人間なんだから!)
ラキス「ちょっと意地悪だったかな?僕もこの問題を出されたらまずかったけどね」
紅蓮姫「あら、今はアーゼンターラの意識があるから余裕でしょ?ふふふ」


ラウシャン(せめて、地図上の位置を確認出来れば!)
しかし、敵に塩を送るほどシルへも甘くはない。というか、なぜあの少女はラキス側についているのだろうか。


シルへ『できましたか?』
ラウシャン「ごめん、ちょっと待ってくれるかな」
シルへ『だめです。決まりですから』
ラウシャン「そこをなんとか………頼むよ」

言って、シルヘの目を凝視するラウシャン。
本人も気付かなかったが、先ほどの笑い涙がまだ乾ききっておらず、目が光っている。

シルへ(お姫さま……?ううん、違うけど……)

似たような瞳を思い出すシルヘ。

ラウシャン「ヒントだけでもくれないかな。頭に付く文字は?」
シルへ『そんなこと言ったら答えわかっちゃうもの。だって主要国のひとつ、青月の宮で有名な……』
ラウシャン「わかったああああああ!青月の宮なら、当時落成したばっかりだ!!」←ほんとかよ


シルへ『あ、あれ?今、何言ったんだろ』
催眠から醒めたように周囲を見回すシルヘ。


紅蓮姫「くっ……迂闊だったわ!魅了眼の存在を忘れていた!」
ラキス「まずいね」

シルへ『答えを、どうぞ』
ラウシャン「せえの!」


パッ。




ラウシャン ダーナン ソーリン リンカスティ ソルヴァンセス
ガ ン ダ ル ク


シルへ「………」
ラキス「あっはははははは、あっははははは!!」



ラウシャン「な……な……」
ダーナン「なんだガンダルクって」
ソーリン「え、あれ?おかしいな」
ソルヴァンセス「確か帝王学で習った気が………」
ラウシャン「それは流○女○伝だろっ!!」←読んだことがあるらしい
ダーナン「しかも国家ですらない!!」
ラウシャン「真ん中二人はともかくとして最後!最後のあんた!恥ずかしくないのか!?あれだけ大口叩いておいてそれか!!!」
ソルヴァンセス「ごめん、佳瑠を思うと頭がいっぱいで……夜中の徘徊も止まらないし」
ラウシャン「病人かよ!だったら国に帰れ!!」
ダーナン「そうだそうだ!なんなんだ、彼女が化け物だったくらいで不幸面して!こちとら自分が化け物なんだぞ、恐れ入ったか!!」
リンカスティ「私も似たようなものですが」



シルへ『もう、これじゃ勝負にならない……』


ラキス「あはははは、はは、は………う」
笑い転げていたラキスは、急に頭を押さえてうずくまった。

紅蓮姫「ラキス、どうしたの!?」
ラウシャン「……?」
ソーリン「様子がおかしいわよ」

ラウシャンたちが駆け寄ると、ラキスは壁に立てかけた破妖刀──紅蓮姫の『本体』を掴んだ。
誰も指摘しなかったが、彼の今の身体は『アーゼンターラ』なのである。
ラキス「うっ……だ、だめだ、もう意識を押さえら、れ、………」
よろめきながら、剥き出しだった本体を鞘に納める。紅蓮姫は露骨に慌てだした。

紅蓮姫「ちょ、待って……きゃああああ!」
ラキス「ごめん!」

パチン。
ラキスが破妖刀を鞘に納めると同時に、朱金の少女の姿は幻のようにかき消えてしまった。
顔を上げた時、ラキスであった少年は──否、少女はまるで違う表情を浮かべていた。
冷たい瞳で室内を見回し、告げる。


アーゼンターラ「……あなたたち、誰?私は青月の宮にいたはずだけど」
ラウシャン「………」



------


ラウシャン(疲れる……)
溜め息をつきながら階段を降りた。


話によると、ラキスは現在もう一つの人格を抱えているらしく、どうやらそちらが『本物』の破妖剣士らしいのだ。
生まれ変わりがどうたらと、詳しく事情を聞くのも面倒くさいし、どうせ自分には関係ない。
浮城の連中には全員お引き取り頂いて、この話もお流れとなった。


しかしまた、いつ浮城や、もしくは魔性の手が迫ってくるかわからない。自分たちには気の休まる暇などないのだ。
大切な少女が休息を取っている、部屋の扉を開けるラウシャン。


シェン「遅かったじゃない。心配したんだから!」
黒髪の少女は寝台の上で口を尖らせた。ずいぶん時間が経ってしまったような気がする。
心配をかけたくなかったので、浮城のことは言わずにおく。
ラウシャン「ごめん、上の階の人と意気投合しちゃってさ。今までネプリ……いや、カラオケしてたんだ」
シェン「ずるーい、自分ばっかり」
粥の皿は空になっていた。それを認めて笑う。
ラウシャン「そう思うなら、早く元気になるんだね。もっとも、食欲の方は十分過ぎるくらいみたいだけど?」
シェン「もうっ、いじわる!何歌ってたのよ、全然聞こえなかったわよ」


少し考えてから、口ずさむラウシャン。

ラウシャン「イッショウケンメイ、君が好きだ〜♪だから僕はこのままでいい……♪」
シェン「………なにそれ」
首を傾げるシェンツァ・リーウェン。


ラウシャン「知らないなら、いいよ………」



これもまた、ひとつの愛なんだろう。


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