〜本編に入りきらなかったエピソード〜 ■飼い主とイヌダード 飼い主「マイダード、今日は新しいベッドを買ってきたのよ」 イヌダード「……」 飼い主「お洋服もあるの。着せてあげるね」 イヌダード「……」 (よくわからないひらひらした服を着せられるマイダード) 飼い主「かーわーいーいー」 (パシャパシャパシャ) (愛犬をひたすらスマホで連写する女性) イヌダード「………」 飼い主「ん?気に入らない?」 (表情を曇らせて、愛犬の顔色を伺う) イヌダード「そうじゃないが……これ、高いんじゃないのか?」 飼い主「気にしなくていいのよ。今月は同伴が……」 イヌダード「いや、気にするって。それでなくても、あんた最近ろくなもん食ってないんだろう。いくら稼いでるか知らないが、もう少し自分を労った方がいいって」 飼い主「優しいのね、マイダードは」 (マイダードを抱き上げ、目を細める) 飼い主「あなたが人間の男だったらなあ……」 イヌダード「……」 飼い主「さ、次はブラッシングよ。いずれお嫁さんも迎えないといけないんだから、綺麗にしてなきゃ」 イヌダード「嫁なんて……いいよおれは、あんたがいれば」 飼い主「もー、可愛いこと言って!」 (ぎゅうううううっ) (抱きしめて頬ずりする、その頬はひどくこけていた) イヌダード(……また、痩せたな) イヌダード(大丈夫か、この人……) (彼は、ペットとしては幸せな部類であった) (躁鬱が激しいが優しい飼い主、有り余るほどの餌とおやつ、心地よい寝床) (ただ、イヌの本能である『主に尽くす』ということだけは、最後までさせてはもらえなかった) 飼い主「うう……ん」 (酔い潰れ、床に転がったまま眠ってしまった飼い主) 飼い主「……マイダード……誰よ、その女……」 (寝言で呼んでいるのは、恐らく目の前の柴犬ではない) イヌダード「……ったく」 (毛布をくわえ、飼い主の体にかけてやる) イヌダード「ペットに別れた男の名前なんて、つけるなよな」 ■飼い主とネコスラ ネコスラ「ご主人、散歩に行って参ります」 (パジャマ姿の主人はモニターを見つめたまま動かない) (ため息をついて、背中を向けるスラヴィ) 飼い主「ブツブツ……グフッ……フヒヒ」 飼い主「ブッフォ、ククク……ヒヒャアア」 (カチ、カチという不規則なクリック音とともに) (呻き声とも笑い声ともつかないものが聞こえてくる) ネコスラ(一日中画面ばかり見て……変な人) ネコスラ(ま、餌さえくれれば何でもいいんだけど) (ガチャッ) 母親「○○ちゃん、そろそろ下りてらっしゃい。ご飯にするわよ」 飼い主「っ、ババア!ノックしろっていつも言ってるだろ!」 (真っ赤な顔で怒鳴る息子と、おろおろと機嫌を取ろうとする母) (ドアの隙間からするりと出て行くスラヴィ) ネコスラ(触らぬ神に祟りなし、と……) ■飼育クマオル クマオル『北極というのは、どういうところなんだ?』 母『広くて、空が綺麗で、とても涼しいところよ』 クマオル『へえ……』 母『人間もいなくて、餌も取り放題、毎日好きなことが出来る素晴らしい楽園。母さんはもう、帰れないけど』 飼育員「どうして餌を食べないのかなー?」 クマオル「……」 飼育員「そんな顔してちゃ、天国のお母さんが悲しんじゃうぞ」 クマオル「あんたらが殺したんだろう」 (日に日に弱っていった母親は、彼が知らぬ間に安楽死させられていた) (広い檻の中に、彼は今はひとりきり) 飼育員「でもね、あのままお母さんと一緒に居たら、あなたまで病気になっちゃったのよ」 クマオル「ここに来なければ、病気になることもなかった。あんたらのせいだ」 飼育員「なんと言われても、あなたたちを絶滅させるわけには行かないの。わかってちょうだい」 (人間の都合など、わかりたくもない) (自然を破壊し、その罪滅ぼしとばかりに彼らを乱獲し、狭い檻の中に閉じ込めて保護を謳う傲慢) (数日後) 客「ねえ、あのシロクマ、なんだか弱ってるように見えない?」 飼育員「……遅かったか」 クマオル(……おかしい、体が……) (母の病が感染していたとわかった途端、人間たちは彼にも同じ事をしようとした) (しかし、めぼしい動物を物色に来ていたマンスラムが、彼を保護した) マンスラム「この子は私が引き取るわ。すぐ死んでしまうにしても、剥製くらいにはなるでしょう。三割引でどう?」 (冗談ではない、と彼は思った) (母の語っていた理想郷、北極をこの目で見るまでは、断じて死ぬわけには行かない) マンスラム「さあ、行きましょうか」 クマオル(おれは絶対に、北極に帰ってみせる) (違法ペットショップ『不浄』で治療を受けた彼は、奇跡的に病を克服し) (そこで柴犬のマイダードと黒猫のスラヴィエーラに出会うことになる) ■葛藤 (オルグァンと別れ、北を目指したマイスラは) (やがて人の手の入っていない山奥へ辿り着いた) (明るすぎる木漏れ日と清涼な空気) (見たこともない色とりどりの花が咲き、小川には淀みなく水が流れる) イヌダード「山だ……」 ネコスラ「そうね」 イヌダード「山だ!山だ!」 (大喜びで辺りを駆け回るマイダード) (犬は山に来ると何故かテンションが上がるが、猫はそうでもない) (気怠そうな顔で、木陰に座り込む) ネコスラ「いいんじゃないの、魚も捕れそうだし。ここを根城にする?」 イヌダード「あ……うん」 (急に我に返ったように、動きを止めるマイダード) イヌダード「寝る場所は……やっぱり分けた方がいいよな」 ネコスラ「なんで?」 イヌダード「なんでって……」 ネコスラ「一緒に寝ましょうよ」 イヌダード「……」 (幹のくぼみの中に草を敷いて眠るマイスラ) ネコスラ「……」 イヌダード「……」 ネコスラ「足はもう大丈夫なの?」 イヌダード「あ、ああ」 ネコスラ「ごめん」 イヌダード「!そんなこと……」 イヌダード「一緒に居られるだけでいいんだ。だから……」 (罪悪感を口に乗せようとする黒猫を、強く抱きしめる柴犬) (これが赦されない恋だと定義した人間は、今は力を持たない) (彼らを裁ける者があるとしたら、それは神以外にあり得なかった) ■帰郷 クール宅配便業者「またのご利用をお待ちしておりまーす♪」 (ブロロロ……) (氷の上を普通に走り去っていくトラック) (荷台から放り出された発泡スチロールの箱が、手品のように内側から開く) (のそのそと這い出す、一匹の北極熊) クマオル「ふう……」 (見渡す限りの氷の大地) (母が言っていたほどの楽園には見えない、殺風景さであった) クマオル「ここが……北極」 (彼は大きく息を吸い込み、新鮮な空気を堪能した) (窮屈な檻やケージに閉じ込められていたのが嘘のような開放感) (足の赴くまま、彼は氷上を駆けた) (先方に、白い集団を目にしたとき、彼の目は歓喜に輝いた) クマオル「あれは……!」 (それは、彼が初めて目の当たりにした仲間の姿であった) 北極熊「ん……何だ、新顔か」 (群れのボスのような男がこちらを振り向く) (しかし、クマオルの足は止まらなかった) (初めて滑る北極の氷に、慣れていなかったのである) 北極熊「お……おい、止まれ!」 クマオル「悪い、避けてく……」 (ドォン) (クマオルの体当たりを受けて、相手は海に落下する) 北極熊「ボス!」 北極熊「ボスがやられたぞ!」 北極熊「新たなボスはこのチビだ!」 (勝手にボスを倒したと思い込み、色めき立つ仲間たち) クマオル「いや、ちょっと待ってくれ、おれは……」 雌の熊「素敵!」 (視界の隅で、のっそり起き上がる雌の熊) 雌の熊「よく見たら可愛い顔してるじゃない。あなたの方が私のお婿さんに相応しいわ」 クマオル「お、おれはまだ子熊で……」 雌の熊「あら、子作りするなら、若ければ若いほどいいに決まってるでしょ……」 (にじり寄る雌の熊は、クマオルの体の十倍以上はある) (身の危険を感じ、真っ青になりながらその場から逃げ出すクマオル) 雌の熊「待ってー、あなた!交尾しましょう!!」 北極熊「どこに行くんですか、ボスー!!」 北極熊「ええい、ガキだって構わねえ、やっちまえば次のボスは俺だ!」 北極熊「何を言うんだ、あんな幼体に!若い命こそ守るべきだろう!」 北極熊「へっ、いい子ぶりやがって!臆病者はすっこんでろ!」 (安住の地と思われた北極には、想像を超えるサバイバルが待ち構えていた) (動物にとって真の敵は、人間ではなく同胞なのかも知れない) クマオル(冗談じゃない……せっかくのんびり暮らせると思ったのに) (脳裏に浮かぶのは、冒険を共にした柴犬と黒猫の姿) クマオル(あいつらは、どうしてるか。北に行くと言っていたから、道を戻れば会えるだろうか) クマオル(よし、戻ろう) (決意を新たに、流氷に飛び乗るオルグァンであった) 〜おわり〜 [*前] | [次#] ページ: |