〜捕獲〜 (男のマンションに向かって走っているマイダード、オルグァン、セスラン) (最初はマイダードとオルグァンが先導していたが) (次第に彼らの足は遅くなり、セスランが先頭に出る) タヌスラン「どうしました。やはり人間の足で走るのは難しいですか」 (笑いながら振り返る彼に、息を切らせた二匹が小さく頷く) クマオル「……ああ」 イヌダード「悪いが、先に行っててくれ」 タヌスラン「そうは行きませんよ、ちゃんとあなたたちを連れて……」 (言いかけて口をつぐむセスラン) イヌダード「おれたちを連れて行くだって?行き先なんて一言も言ってないぞ」 クマオル「……なぜ方向を知っている?」 タヌスラン「………」 イヌダード「さっきも、こそこそとどこかに電話をかけていたな。誰にだ?」 タヌスラン「ばれてしまっては、仕方ありませんね」 (パチンと指を鳴らすセスラン) (瞬間、上空からネットが落ちてきて、二匹はあっけなく捕らえられる) 〜男のマンションの一室〜 (テレビでは女性アナウンサーがニュースを読み上げる) 『緊急速報です。首相官邸が何者かによって爆破されました』 『政府はテロの可能性があるとみて、直ちに対応を──』 ネコスラ「何てこと……」 男「ようやく始まったな」 (全国で勃発する暴動のニュースに、くつくつと喉を鳴らす男) (その肩には「ずっとそばにいてやるよ」と言っただけで、あっさり男に懐いたラエスリールが乗っている) 男「警察にも、軍隊にも、既におれの息のかかった連中が潜り込んでる。政府転覆は時間の問題だ」 ネコスラ「たった一人で成せることじゃないわね。いつから……」 男「無論、おれだけじゃないさ。世界には動物解放を謳う闇のブリーダーが、かつて五人存在した」 ネコスラ「あんたみたいなのが、四人も居たの!?」 男「そのうちの二人は死んだがな。あと、もう一人どこかにいるとも聞いたが、姿を見たことはない」 「コンコン」 (扉の向こうで女性の声がする) (ノックではなく口で発音している) キツネティン「お邪魔〜」 男「おう、サティンか。首尾は?」 キツネティン「警官の鎖縛が、隠し倉庫の場所を吐いてくれたわ。案の定、こんなものを発見」 (サティンの持ち込んだ箱には、金色の羽が大量に詰まっていた) (動物たちの人間化を恐れた政府が、保護の名目でターメリックロウを乱獲した結果だった) 男「ほう、やはりな……しかし、本人が『偽物』なだけに、ダミーの可能性もあるな」 (鎖縛は闇主の仲間の一人が生み出したクローンだったが、彼を裏切り公務員となった保守派であった) キツネティン「そうね、使って何かあっても困るし……そこの猫ちゃんで試してみる?」 ネコスラ「!?」 男「いい案だ。おれもこの猫の化けた姿は見てみたい」 ネコスラ「何をする気なの!?」 キツネティン「はいはい、いい子だからじっとしててね?」 (怯えるスラヴィに羽を握らせるサティン) キツネティン「ルマニアルマニア、スリムな美女になーれ。はい、言ってご覧なさい」 ネコスラ「いやよ!間に合ってる」 キツネティン「言わないと、あなたのお仲間がどうなるかわからないわよ?セスランが捕まえて、こっちに向かってるって話だし」 ネコスラ「く……」 ネコスラ「ルマニアルマニア、スリムな美女になーれ」 (ボンッ) (黒猫の姿が消え、ショートカットの黒髪の、快活そうな美女が現れる) ネコスラ「これ、わたし……?」 男「ほう、なかなか。サティン、バスローブを出してやれ」 サティン「はーい」 (横暴なのか紳士なのかわからない男の指示で、ふかふかのバスローブに包まれるスラヴィ) (裸を恥ずかしいという感覚はないため、室内でこんなものを着せられる意味がわからなかった) (しかしこの後すぐに男の意図を思い知らされることになる) 〜金糸雀〜 『さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい、一座の看板ガリヴァラ嬢と』 『世にも珍しい、歌う金糸雀だよ!』 (サーカスで大切に飼われていたリーヴシェラン) (飼い主は一座の歌姫、ガリヴァラ) (一人と一匹はとても仲がよく、常に寝食を共にしていた) (しかし、ガリヴァラは長年の酷使が祟って喉を痛める) 『なんだ。歌姫とやらより金糸雀の方がいい声を出すな』 『あれじゃどっちが主役だかわかりゃしないよ』 (観客たちの呆れ声、罵声にガリヴァラは次第に心を病み) (思い余ってリーヴシェランの首を絞めた) 『あんたが……あんたさえいなければ……!』 (座長が飛んできて、慌ててガリヴァラを引き剥がす) (必死に羽ばたいて逃げるリ―ヴシェラン) (一座には戻れず、声帯を潰されたまま、外敵ばかりの世界に身を投じる) (凍えて死ぬだけだった彼女を拾ったのは、妖しい男だった) 男『鳴けない金糸雀か。おれのところで繁殖する気があるなら、飼ってやってもいいぞ』 (餓死か、望まない相手との交尾か。彼女に選択肢はなかった) (見栄えのいい雄をあてがってやると言うのでついていったが、話が違った) (異種が相手だなどとは聞いていない) カナリーヴィ(いや!やめて……離して!) (覆い被さっている大蛇の背を、嘴でつついて抵抗するリーヴィ) (ふと力が緩み、大蛇が耳元で緊迫した声で囁く) ダイジャラ「しっ。兄ちゃんがあの女に気を取られてる間に逃げるぞ!」 カナリーヴィ(え……?) ダイジャラ「逃がしてやるって言ってんだ。黙ってこいつを食いな」 (大蛇は男の冷蔵庫からパクった小ぶりの林檎を口から出す) (それを細かくかみ砕いて、リーヴィに食べさせる) カナリーヴィ(もぐもぐ) ダイジャラ「どうだ?」 カナリーヴィ「……声、が……」 ダイジャラ「良かった。声さえ戻れば、どこか他に雇ってくれるところがあるだろ」 カナリーヴィ「どうして……」 ダイジャラ「どうして、って。おれもお前と同じだよ。いきなり雌をあてがわれて、交尾しろなんて言われてもなあ」 カナリーヴィ「そう……」 〜再会〜 (コンコン) (今度は正真正銘のノックの音) (扉が開き、警察官の服を着たセスランがネットを担いで現れる) タヌスラン「いやー、ここまで持ってくるのに骨が折れましたよ」 カラスリール「セスラン様!」 タヌスラン「お久しぶりです、ラス。弟さんは元気ですか?」 男「ご苦労だった。そこに置いておけ」 (ゴロン) (ネットから解放されたマイオルが、乱暴に床に転がされる) ネコスラ「……人間……?」 (当然ながら、彼女には人間のイケメン二人組にしか見えない) (マイオルの姿を探すが、見知った犬と熊はいなかった) イヌダード「……誰だ?スラヴィの匂いがするぞ」 (くんくん、と鼻を鳴らす、茶色の毛並みの青年) (その仕草をまじまじと見つめるスラヴィ) ネコスラ「……マイ、ダード……?」 イヌダード「!!」 ネコスラ「マイダードなの!?じゃあ、そっちはオルグァン!?」 イヌダード「スラヴィ……!!」 タヌスラン「おやおや、彼らが探しているという黒猫が、こんな素敵な女性だとは」 キツネティン「私たちはどうやらお邪魔みたいね」 イヌダード「スラヴィ、悪い。捕まっちまった」 ネコスラ「見ればわかるわよ、馬鹿!」 クマオル「面目、ない」 ネコスラ「ううん、助けに来てくれて嬉しい」 イヌダード「旦那と扱いが、違いすぎ、ないか……?」 (二匹の息は荒い) (酷い目に遭わされたせいだとスラヴィは思っていた) キツネティン「じゃあ、私とセスランは引き続き警察の攪乱に入るわね」 タヌスラン「後はお願いしますよ、ダークマスター」 (人を化かすことに長けた狐と狸が去って行く) (食料を求めて畑を荒らしたことで殺されそうになった彼らは、人間に深い恨みを抱いていた) 男「さて、人類滅亡までの暇潰しだ。反抗的なお前たちには、せいぜいおれを楽しませてもらう」 ネコスラ「何をする気なの……」 男「なあに、元通りに一緒にしてやるだけだ。おれはやさしいだろう?」 ネコスラ「……?」 (男の言う通り、マイスラオルには、ケージではなく人間用の広い個室が与えられた) (すぐさま二匹に駆け寄るスラヴィ) ネコスラ「二匹とも、大丈夫!?」 (その瞬間、マイダードが短く叫ぶ) イヌダード「来るな!」 (驚いて足を止めるスラヴィ) (別室で、にやにやしながらその光景を眺めている男) イヌダード「来ないでくれ……頼むから」 クマオル「……同じく」 (床に転がったまま呼吸を荒くしている二匹) (近づくことを拒まれたスラヴィは、わけがわからない) (壁に据えられた監視カメラ越しに、男を怒鳴りつける) ネコスラ「ちょっと!二匹に何をしたの!?」 (スピーカーから楽しげな声が洩れてくる) 男「危害は加えちゃいないさ。さっきの狸に、若年向けの精力剤と媚薬の投与を命じただけだ」 ネコスラ「せ……」 (再び絶句するスラヴィ) (元飼い主が好んで遊んでいたゲームに、そんな設定が出てきた事を思い出す) (薬で言いなりにするのは、相手の意思を無視する極めて卑劣な行為の一つ) ネコスラ「よくも……!!」 男「それより自分の心配をしたらどうだ?」 (苦しそうに体を震わせているマイオルに、一瞥をくれる男) 男「おれは、男女の友情とやらは全く信じてないんでね。教えてやるよ、正義漢面したそいつらも、理性を取っ払えばただの雄だってことを」 (何が彼をここまで駆り立てるのか、スラヴィにはわからない) 男「すぐに本性を剥き出しにして、お前に襲いかかるに決まってる。なんなら全財産賭けてやってもいい」 ネコスラ「二匹を侮辱しないで!」 男「どっちが侮辱してるんだか……。お前こそ、美貌で雄を釣って利用しておいて、交尾は断ってるそうだな。雌として最も恥ずべき行為だとは思わんのか」 ネコスラ「彼らは他の雄とは違う。体目当てなんかじゃない、わたしの性格が好きだって言ってくれたわ!」 男「犯すための方便だろ、そんなもんは」 ネコスラ「あなたにとって、雌は交尾のための存在でしかないの!?」 男「そうだ。他に何がある?」 ネコスラ「………」 ネコスラ「寂しい男。わたしは、他者の心を蹂躙して、本能の赴くままに生きる世界が、幸せだとは思わない……」 男「……」 (スラヴィに、かつての友人の面影を見いだす男) (彼にも知己と呼べる女性がいた) (聡明で凜々しく、誰にも媚びず、男からも女からも慕われていた) (だが密林の奥地で再会した時、彼女は妊娠していた) 『なんだ白、その腹は』 『飼っていた蛇と交わった結果じゃ』 『……正気か』 『異種姦推進派のそなたに言われとうないのう』 『おれが研究しているのは、あくまでも獣同士の交尾だ。人と蛇の間に、まさか餓鬼なんぞ出来るとは……』 『それを、妾が証明して見せた。他者を被検体にすることしか考えておらぬ男とは違い、女は常に体を張るのじゃ。研究者として敬われることはあっても、軽蔑される筋合いはないわ』 『わからん。お前ほどの女が……好奇心か、単なる情欲か……?』 『いずれにせよ、あまりにも熱心に口説かれた故、妾も心が動いた。正式な婚姻は出来ぬが、出来てみれば可愛いものよ』 『お前もおれと同類……誰とも所帯は持たないと言っていたはずだが』 『そなたは寂しい男じゃのう。人の心は移りゆくもの』 『……所詮、ただの女だったか』 『何とでも言うがよいわ。そなたが騒ぐと腹の子に障る、はよ去ね』 (ひらひらと手を振る白い美女) (その背後で舌を出している、紫色の鱗を持つ美しい蛇) (何かが、彼の心にざらついた感触を残した) カラスリール「闇主?どうした?」 (無邪気に男を見上げるラエスリール) (暗く微笑んで、その頭を撫でる男) 男「なんでもないよ、ラス。お前はおれを裏切らないな」 カラスリール「?」 男「録画をセットして、と……。さあ、夜も遅いし、おれたちはこっちで寝ようか」 ネコスラ「待ちなさい!」 男「あん?」 ネコスラ「全財産賭けてやってもいいって言ったわね!じゃあ、もし二匹がわたしを襲わなかったら、手を引いて!」 男「わかったわかった。じゃあな」 (パチン) (意図的に消される室内の明かり) ネコスラ「あ……」 (啖呵を切ったはいいが、暗闇の中に取り残されて急に心細くなるスラヴィ) (雄の荒い息づかいが聞こえている) イヌダード「……」 クマオル「……」 ネコスラ「二匹とも、凄く辛そう……」 (離れたところに丸くなり、薬の効果が切れるまで見守るしか出来ない) (いつも穏やかでスラヴィに対して親切な二匹が、凶暴になるさまはあまり見たくなかった) ネコスラ「わたしに何か出来ることある?」 イヌダード「……気にしなくていい。我慢するって約束しただろ」 クマオル「理解したら、そこから動くな。歩くのも極力控えろ」 (四つん這いで歩くと、胸の谷間や突き出した臀部が目立つため、男性にとってはかなり刺激的な格好らしい) (あの男がバスローブに着替えさせたのも、恐らくそのため) ネコスラ「……そんなこと言われたって、わたしは普段からこうやって歩いてるし」 (なるべく彼らを刺激しないように、体を縮める) ネコスラ「そもそも、わたしたち動物でしょう。人間の姿に欲情するのっておかしくない?まあそれを言ったら、犬が猫と交尾したがる時点でおかしいんだけど」 イヌダード「多分、スラヴィだからだと思う。スラヴィなら、猫の姿だろうが化け物の姿だろうが、きっとおれは……」 クマオル「……」 ネコスラ「そんなにわたしが好きなの?」 イヌダード「うん」 ネコスラ「……薬が切れても、わたしと一緒に居る限り、ずっと辛いことになるわよ」 イヌダード「スラヴィが目の前で殺されること以上に、辛いことなんてない」 (ずきり、と頭が痛む) (彼の思いに共鳴して、引きずり出される前世の記憶) (確かに彼女は以前は人間の女性であった) 『楽に殺してあげるよ』 (スラヴィの頭を掴みながら笑う魔性の男) (殺されるとわかっていながら、二人に向けて微笑むスラヴィ) (あの時の二人の絶望的な顔が忘れられない) (次の瞬間、視界が深紅に染まり、彼女の記憶はそこで途切れた) ネコスラ「……また、迷惑かけちゃったわね。今度会えたら、二度と悲しませないって決めたのに」 クマオル「スラヴィ?」 イヌダード「……」 (不意に、ゆらり、と立ち上がるマイダード) クマオル「おい」 ネコスラ「……どうしたの?」 (ゆっくりした足取りで近づいてきて、スラヴィの背中に顔を埋める) クマオル「おい、止めろ。嫌われたいのか」 イヌダード「……嗅ぐだけ」 (そのまま、鼻先でぐいぐいとバスローブを脱がせようとする) (熱に浮かされたようなその挙動に怯えるスラヴィ) ネコスラ「ま、待って。一晩耐えたら、もしかしたら……」 (のし掛かってくる彼の体を押しのけようとするが、男女では力の差がある) (猫の爪も今は出せない) (いずれしなければならないことだったとしても、彼が彼でなくなるのを見るのは嫌だった) ネコスラ「マイ、ダード……」 (悲しそうに、弱々しく抵抗するスラヴィの表情を見て、はっと我に返るマイダード) イヌダード「……!!」 (ぎり、と歯軋りし、隠し持っていたナイフを右腕に突き立てるマイダード) (呻きと共に、彼の体は床に滑り落ちた) ネコスラ「マイダード!?」 〜二日後〜 (天井近くのスピーカーから、明るい声がする) 男「悪い悪い、お前たちのこと素で忘れてた。何せ忙しくてな」 (三人の男女の変身は既に解けている) (室内には右前足から血を流して横たわる柴犬と、彼に寄り添っている黒猫、それらを見守る北極熊の姿があった) (録画してあった映像を見て、男は状況を悟る) 男「ほう、雌を襲わないように自らを傷つけたのか。大した理性だ」 ネコスラ「……約束よ、わたしたちを解放して」 男「馬鹿を言え、まだまだ楽しめそうな玩具を手放してたまるか」 ネコスラ「せめてマイダードの手当てを……!」 男「はあ?そいつがそうなったのは、お前のせいじゃないのか?大人しく抱かれていれば良かったものを」 ネコスラ「……」 男「お前の存在自体が、そいつらを苦しめてるんだよ」 クマオル「スラヴィ、耳を貸すな」 イヌダード「怖がらせてごめん。おれは大丈夫だから……」 ネコスラ「……うん。ありがとう」 男「ふん」 (決して罅の入ることのない三匹の絆に、舌打ちする男) (仲間割れした四人のブリーダーのことを嫌でも思い出す) 男「おいラス、こいつらに餌やっとけ」 カラスリール「……」 男「白蛇と金糸雀が逃げやがった。おれはあいつらを追いかける」 (頼んだぞ、と言い置いてマンションを出て行く男) (きい、と部屋の扉が開き、長い黒髪の美女が現れる) (漆黒のメイド衣装、手には固くなったパンを乗せた皿) ネコスラ「あなたは、もしかして……」 カラスリール「……」 (すっ、と懐から黒い羽を取り出すラス) ネコスラ「それは……?」 (相手の話を聞かず、彼女は一方的に叫ぶ) カラスリール「アニマルアニマル、完全体になれ!」 ネコスラ「ちょっと……質問に答えt」 カラスリール「そして三匹を安全な場所へ!!」 (原作通り、何の謝罪も真実も聞かされないまま、三匹は遠くへ飛ばされた) 〜ペットショップ『不浄』〜 (街のいたるところで暴動が起きている) (強盗によって連日荒らされる店内) (ここぞとばかりにケージから逃げ出す動物たち) (彼らに羽を与え次々に人間に変身させていく乱華) 店長マンスラム「私の……私の店が……」 キュウカガ「こうなればもう潮時ですね。さよなら〜」 (もともと人望などなかったため、表向き店長に媚びていた動物たちも、一斉に彼女の元を離れていく) (それだけではない、飼い主に対する復讐と称したリンチも、そこかしこで行われていた) (電柱の頂上にすらりと立つ金髪の美少年) (その指先には、姉から譲り受けた漆黒の羽) (風に髪をなびかせ、人間たちが動物の蹂躙を受ける様を冷たく見守っている) ランカラス「アニマル大戦の再来だ……こうなれば哀れなもの。動物を下等な存在と見なし虐げていた報いを受けるがよい」 (その足下に集う二組) (ダークマスターに造反し動物の力を手に入れたブリーダーたち) キオクロウ「見事な手並みだな……」 ヒスインコ「まさに金の君のお世継ぎに相応しいご活躍ぶりですこと」 ランカラス「父上……それに翡翠の君も。ご無事でしたか」 ヒスインコ「白の君と紫の君が亡くなったのは残念ですけど……後は若君の姉上を取り戻すだけですわね」 ランカラス「ええ、貴女のためにも」 〜真実の愛〜 (ラエスリールの放った火によって、マンションが炎に包まれていた) (動物たちは既に安全な場所に転移されている) (メイド姿のまま、モップを構えて男と向き合うラエスリール) 男「ラス、なぜだ?」 カラスリール「……」 男「なぜあいつらを逃がした。おれを好きなんだろう?」 カラスリール「愛していることと、人々の苦しみを無視することとは別」 カラスリール「善悪を好悪で捉えてはいけない……彼らがそれを教えてくれた」 (変身能力を宿す羽を使いすぎて、彼女の黒髪は抜け落ち、ぼろぼろになっていた) (琥珀の瞳に宿るは転移の能力) (しかし、今は使おうとはしない) 男「ラエスリール。人間たちがお前に何をしたか忘れたか?」 カラスリール「前世の報いだと考えている」 (きっぱりと答えるラエスリール) カラスリール「前世での私は己の過ちを認めず、人間たちを生涯に渡って苦しめた。今世で同じ事を繰り返したくはない」 男「お前、記憶が……」 カラスリール「地獄まで付き合って貰うぞ、闇主」 (崩れゆく部屋と愛する男と、彼女は運命を共にしようとしていた) 〜別れと再会〜 (炎上する都市を逃げ回る三匹) クマオル「お前たち、これからどうする?」 ネコスラ「取りあえず北を目指すわ。人が住みにくい土地なら追っ手も来ない」 クマオル「そうか。ここでお別れだな」 ネコスラ「え?」 クマオル「おれはクール宅配便で北極に帰ることにする。ショップに出入りの業者と、あらかじめ話をつけておいた」 ネコスラ「そう……寂しいけど、元気でね」 イヌダード「氷は多めに詰めて貰うんだぞ」 (宅配便取扱店の中に入っていくクマオルの背中を見守るマイスラ) イヌダード「……行こうか。縁があればまた会えるさ」 ネコスラ「うん」 (再び走り出すマイスラの耳に入ってくる、人間たちの阿鼻叫喚) (優しく接していた「つもり」だったペットに、牙を剥かれる地獄絵図) 「散歩もさぼって、不味い餌ばかり食わせやがって!」 「見ろこの足の裏を!灼けた地面を歩かされたせいでボロボロだ!」 「よくも今まで狭いケージに閉じ込めてくれたな!お前も同じ目に遭わせてやる!」 (動物たちにとっては、相手が子どもでも年寄りでも関係ない) (牙を持たない人間はあまりにも無力だった) (怪我人で混雑している様子の病院から、腕に包帯を巻いた男が出てくる) (かなり太った体を窮屈そうに曲げながら、母親らしき人物が運転する車に乗り込もうとするが) ???「スラヴィ!お前、スラヴィじゃないか!」 (スラヴィと目が合うや、男は血相を変えて近づいてくる) イヌダード「追っ手か!?」 (警戒して、素早くスラヴィを背後に隠すマイダード) (信じられないといった表情で、男を見つめるスラヴィ) ネコスラ「……ご、ご主人!?」 元飼い主「ああ、会いたかった。急に居なくなるから心配したんだよ」 ネコスラ「わたしだって、あなたのお母様から、あなたが死んだって聞かされて……」 元飼い主「ババアがそんな事を?」 (車の方を振り返る男、恐ろしい形相をこちらへ向けている母親) (元飼い主を引っ掻いた後、それでも彼のことが心配で一度は戻った) (自宅の前には救急車が来ていた。そこで彼の母親と出くわした) 『よくもぬけぬけと戻ってきたわね!お前のせいであの子は……!』 『もしもし、警察ですか!人殺しの猫が戻ってきました!』 元飼い主「ババアの奴、俺がスラヴィばかり構うんで嫉妬したんだな。感染症で入院してたのは事実だけど、この通りぴんぴんしてるよ」 ネコスラ「……良かった」 元飼い主「許してあげるから、一緒に帰ろう」 (伸びてくる太い腕に、彼女は首を横に振った) ネコスラ「出来ません。あなたがわたしにしたことを、もうお忘れですか」 元飼い主「あの時は溜まってたんだよ。未遂じゃないか、水に流そう」 ネコスラ「水に流す、は加害者側が言うことではありません」 (苛立ったように眉を寄せる元飼い主) 元飼い主「人間様が許してやるって言ってるんだぞ。いいから来い。飼い主の言うことが聞けないのか!?」 「ワンッ」 (一言大きく吠えるマイダードに、びくっと体を震わせる元飼い主) 元飼い主「な、なんだお前……」 ネコスラ「お友達です」 イヌダード「スラヴィから話は聞いてる。本当なら噛み殺してやりたいところだ」 元飼い主「動物の分際で生意気を言うな!」 (蹴り飛ばそうと振り上げる足に、思い切り噛みつくマイダード) 元飼い主「いてててて!放せ、こいつ!」 (同胞の危機に、周囲で暴れていた動物たちが集まってくる) 「「ワンワン!ワンワンワンワン!!(兄弟、加勢するぞ!)」」 (彼らは騒動に乗じて山から降りてきた野犬や猪、狸、熊など、いわゆる害獣と呼ばれる者たち) (人に飼われた経験はないため、人語を曖昧にしか理解しない) (よって、情けや手心など一切加えなかった) 元飼い主「ぎゃああああ!」 (動物たちに一斉に飛びつかれた男は、地面に倒れ込む) イヌダード「逃げるぞ!」 ネコスラ「うん」 (あちこちで火の手が上がり、警察や軍隊が行き交う) (しかしその軍隊にも動物のスパイが送り込まれている) (沈みゆく夕日が、人間たちの断末魔を鮮やかに彩る) ネコスラ「マイダードってちゃんと吠えるし、噛み付くのね」 イヌダード「犬なんだから当たり前だろ……スラヴィこそ、飼い主の前では敬語だったんだな」 ネコスラ「悪い?」 イヌダード「冷たい感じがして、ちょっと興奮した」 ネコスラ「………」 イヌダード「でも、あいつが生きてたんなら、これでお前が人間に追われる理由はなくなった。おれを用心棒にする理由も……」 (マイダードの足が止まる) (まだ怪我が治りきっていないため、休み休み走らなければならない) イヌダード「………どうする?逆に足手まといになるかも知れないし、ここで別れるか?」 ネコスラ「………」 (無言でマイダードに体をこすりつけるスラヴィ) (スリスリ) (ペロペロ) (軽く舐めただけで、その場に力なくお座りしてしまうマイダード) イヌダード「……だから不意打ちはやめろって……」 ネコスラ「感じやすいところが好き」 イヌダード「……」 ネコスラ「あまり吠えない優しいところが好き。本当は強いのに牙を隠してるところも、自分の気持ちを押し殺しがちなところも、綺麗な茶色の毛並みも、大きくて丸い目も好き」 イヌダード「……ど、どうも」 ネコスラ「言ったでしょ、一緒にいたらきっと好きになるって。そうなったんだから、責任取ってよね」 イヌダード「はい」 〜新世界〜 (10年後) (人類はかつての人口の半分近くまで減少していた) (逆に動物たちの寿命は人間並みに伸び、自在に人型を取れるようになる) (黒い羽の影響を受けたマイスラオルも例外ではなかった) (とある北の森林にて) ネコスラ「ほら子どもたち、魚を捕って来たわよ」 子どもたち「わーい」 イヌダード「悪い、一匹もとれなかった」 ネコスラ「マイダードに狩りは期待してないから大丈夫。それより住処の掃除しといてくれた?」 イヌダード「ああ、古くなった葉っぱを捨てて、新しいのを敷き詰めたぞ。でも子どもらがこの始末で」 (ぼやくマイダードの背中から、子どもたちが何匹か顔を出す) 子どもたち「お父さんのベッドふかふかで好きー」 イヌダード「だから、おれの体はベッドじゃないって……ちゃんと寝床で寝ろっていつも言ってるだろ」 子どもたち「やー!お父さんと一緒じゃなきゃ寝ない!」 (子どもたちは犬と猫の愛らしさを兼ね備えた新種の生き物として、これからも生態系を広げていく) (あの男の望んだ世界の一つがここにあった) クマオル「おい、来たぞ。変わりないようだな」 イヌダード「あ……旦那、久しぶり……」 クマオル「どうした、育児疲れか?」 (温暖化の影響により、北極の氷の溶解スピードも速くなり) (北極熊である彼も、流氷に乗って定期的にマイスラに会いに来られるようになった) ネコスラ「子どもらが、わたしよりマイダードに懐いてるのよ。ほら、わたしは狩りで家を空けることが多いから」 クマオル「なるほど。狩猟本能を残してる熊や猫と違って、柴犬はただ可愛いだけの無能だからな」 イヌダード「そこまで言うか……?」 クマオル「そのぶん、家のことはしてるんだろうな」 ネコスラ「なにその舅目線……大丈夫だってば、マイダードは力仕事は出来るし、細かい仕事も得意だし、わたしが子ども欲しいって言ったらすぐ作ってくれたし」 クマオル「ほう……」 (横目でマイダードを見つめるオルグァン、目を逸らすマイダード) (スラヴィは軽く告げてはいるが、交尾に至るまで彼女の中で様々な葛藤があったことは想像に難くない) (ので、オルグァンは特に何も言わなかった) クマオル「お前らもずいぶん大きくなったな」 子どもたち「じいじ、いらっしゃい!!」 クマオル「誰がじいじだ。お兄さんと呼ばないと土産はやらんぞ」 (ドサドサドサ) (大量の魚やアザラシの肉が放り出される) 子どもたち「わーい、お肉だ」 ネコスラ「いつも悪いわね。ゆっくりしてって」 クマオル「暑くてかなわんから、そう長居は出来んぞ」 イヌダード「年々気温が高くなるな。そのうち北極と繋がっちまうんじゃないか」 クマオル「それもいいかも知れん。泳いで来るのも面倒だし」 ネコスラ「体は適応できるの?」 クマオル「体毛を刈れば何とか……」 イヌダード「そう言えば、北極熊の地肌は黒いんだよな。その毛も白ではなく透明だとか」 子どもたち「お父さん物知りー」 子どもたち「じいじ、見せて!見せて!」 クマオル「考えておく」 ネコスラ「じいじって呼ばれる事に関してはもう諦めたの?」 クマオル「ああ」 イヌダード「じいじ〜じいじ〜」 クマオル「スラヴィ、ちょっとこいつを借りていいか?」 ネコスラ「いいけど、何に使うの?」 クマオル「北極海に沈めてくる」 (生き物の可能性は無限大) (彼らは人にもなれ、動物にもなれ、神にもなれる) (人類の激減した世界で、逞しく生き抜いていた) 〜おわり〜 [*前] | [次#] ページ: |