〜高層マンションの一室〜 (ケージの中には、方々から浚ってきた脛に傷持つ動物たち) (そこでは実験と称した虐待が、毎日のように行われていた) (流血や排泄物による異臭をとらえ、特注の空気清浄機が唸りを上げる) (天井に吊るされた鳥かごから恨めしげに男を見つめるのは) (声帯を潰された、一匹の金糸雀) カナリーヴィ「………」 男「まだ心が折れていないか。見上げたもんだ」 (笑う男の腕に巻き付いているショールかストールのようなもの) (それはよく見れば、大きな蛇だった) (美しい白蛇。鱗の部分がほんのり紫味がかっている) ダイジャラ「兄ちゃん、こいつどうするの?」 (元はジャングルの奥地で生息していた凶暴な毒蛇だったが) (男によって牙を抜かれ、毒を抜かれ、完全に人に懐いている) (その藤色の瞳には、同胞に対する憐憫などかけらもなかった) 男「そうだな、さすがにそろそろ飽きてきたかな」 ダイジャラ「じゃあ……」 男「後ろの山に棄てようか……と言いたいところだが、欲しいなら譲ってやってもいいぞ」 ダイジャラ「やった!おれ、前から鳥とやってみたかったんだー」 (大蛇は嬉々として男の腕から離れ、蛇行して鳥かごの元へ向かった) (隙間からするりと侵入する) (恐怖におののく金糸雀に、舌なめずりする大蛇) ダイジャラ「心配しなくていいぜ。おれ、兄ちゃんほど鬼畜じゃないからさ」 カナリーヴィ(いや………いや!助けて、彩糸!) ダイジャラ「新しい家族が欲しいだけなんだ。色んな種で試したけど、なかなか出来なくて」 (無邪気に言いながら、金糸雀に体を巻き付ける大蛇) (声の出せない金糸雀は、ひたすら縮こまって怯えるのみ) ネコスラ「やめな、嫌がってるじゃないか!ラエスリールとやら、あんたも止めないのかい!?」 (閉じ込められたケージの中から、声を限りに叫ぶスラヴィ) (いつものごとく口調が安定しないスラヴィ) (同じケージの中に入れられた漆黒のカラスは、ぼんやりとその光景を見ている) (彼女の片目はくり抜かれ、赤の義眼が入れられていた) カラスリール「……攫われた雌は、私だけじゃなかったのか」 ネコスラ「そんな事言ってる場合!?自分よりずっと年下の雌が襲われてるってのに、あんたは……!」 カラスリール「私を好きだから攫ってきたと言ったのに、他の雌にも同じことを……」 ネコスラ(駄目だ、洗脳されてる。わたしが何とかしないと……!) ネコスラ「あなたが命じてるんでしょう。やめさせなさい!」 (フーッ、と毛を逆立て男を威嚇するスラヴィ) 男「あん?動物の交尾を邪魔する理由がどこにある?」 ネコスラ「あの蛇は勘違いしてる。異種で子どもなんて出来るわけない!」 男「どうかな。それを証明するために、おれがいるんだろうが」 (獣医師免許を剥奪され闇のブリーダーに転向した繁殖愛好家、それが男の正体) (動物たちは彼をこう呼ぶ) (ダークマスター、『闇主』と) ネコスラ「あなた……何が目的で……」 闇主「猫に言ってもわからんだろうが……おれはヒトが作った生態系を崩したいのさ」 ネコスラ「何だって!?」 闇主「交配に交配を重ねて、より強い動物を作りだし、より強い人間と交わらせ、最強の生物を誕生させる。いずれそいつがこの国を……この星を支配する」 ネコスラ「馬鹿らしい!人間がそんなこと許すと思うのかい!?」 闇主「おれが許した」 (けろっとして答える男に、眉をひそめるスラヴィ) ネコスラ「……そうだ、あんたも人間なのに、どうして」 闇主「自ら滅びたがってる人間もいるんだよ」 (暗い感情を瞳に宿し、そう答える男) ネコスラ「自ら、滅びたがってる……?」 (そう言えば、自らを憎み、自ら死を選ぶ生き物は、人間だけだと聞いたことがある) (マイダードの元飼い主のことを思い出し、表情を曇らせるスラヴィ) (けれど彼女は、決して他人を巻き添えにはしなかった) (マイダードはその事を誇りに思い、優しい人だったと言っていた) カラスリール「……そうだ、こんな世界などいらない」 (虚ろに呟く黒いカラスを、驚いて見返すスラヴィ) ネコスラ「!?」 カラスリール「私を愛してくれない世界など、いらない!」 (そんなカラスリールを見て、心底嬉しそうに笑う男) 闇主「そうだ、それでいい。おれの思想についてこられるのはお前だけだよ、ラス。だからその瞳も与えた」 ネコスラ(狂ってる……) ネコスラ(どいつもこいつも……何があったか知らないけど、自分が辛いからって、どうして世界ごと壊そうとするの!) (その間にも、大蛇と金糸雀は籠の中で暴れている) (金糸雀は徐々に抵抗する気力を失っていた) (見ていられず、鳥かごに向かって飛びかかるスラヴィだったが) (男にあっさりはたかれて、床に落とされる) 闇主「おいおい、無粋な真似をしてくれるなよ」 ネコスラ「く……」 闇主「何が不満だ?『不浄』からも脱走を企ててたらしいが、犯罪猫のお前に、行く当てなどあるまいに。自分から望んでおれの所に来る雌も多いんだぞ」 ネコスラ「触らないで!あなたみたいな心のねじ曲がった男は大嫌い!」 (男が強制的に抱っこしようとしたため、身をよじって嫌がるスラヴィ) (気分を害した様子もなく、面白そうに見下ろしてくる男) 闇主「そういや、同じケージに雄が二匹いたっけな。寂しいならあいつらも呼んでやってもいいが?」 ネコスラ「……何のこと?」 (二匹を巻き込みたくないとしらを切るが、オルグァンとの会話を聞かれていた以上、ごまかしはきかなかった) 闇主「安心しろ、おれは異種間の交尾に寛容だ。だが、多くの人間はそうではない。つまり人間の社会が続く限り、お前らは幸せにはなれない」 (そんなことは、わかっている) (犬と猫が一緒に居るだけなら、微笑ましいと思ってもらえるだろう) (だが交尾となると、なぜか一転して嫌悪感を抱く人間は多い) (あるいは二匹して捕らえられて、見世物にされる可能性もある) (禁忌だ、とか、生物学的にどうたら、と言うが、それは誰が決めているのか) 闇主「この世をヒトに支配されたままでいいのか?」 ネコスラ「……」 闇主「ヒトが滅べば、もうお前は人殺しとして追われることはなくなる。人間の道徳観や倫理観なんてものに惑わされず、誰にも後ろ指を指されずに、好きな種と交わることが出来るぞ」 『スラヴィ、好きだ』 『子どもは作らなくていい。おれを傍に置いてくれれば』 『おれは主人を守れなかった。だから、絶対に守ってやる。今度こそ』 『今度こそ』 ネコスラ(マイダード……) 〜夜の街〜 (ただでさえ治安の悪い街に夜が訪れる) (街灯が極端に少なく、マンホールチルドレンも多い通りには、店舗狙いの空き巣やスリの類が徘徊する) デモ集団「動物にも、人間と同等の権利を!」 デモ集団「動物を養子に迎え婚姻も可能になるよう、法律の改正を望む!」 デモ集団「ペットショップは動物虐待!今すぐ廃業せよ!」 (プラカードを持った黒ずくめの人間たちが、公園前を行進していく) (動物を人と同じように愛し子を成すことまで望む、いわゆる過激派と呼ばれる人種である) (その横を複雑な気持ちで通り過ぎるマイオル) イヌダード「……ああいう人たちが頑張ってくれれば、おれたちの立場も少しは向上するのかな」 クマオル「しかし彼らは人間の間では敬遠され、孤立する運命にある」 (情報化社会の影響で、動物たちは高い知能を持つようになった) (特に人に飼われていたペットは言語を操り、人と意思の疎通が出来るようになった) (端末を扱える生き物はさすがに少数派だが、ごく普通のペットならば人間のティーンエイジャー並の知識を有するほどだった) (その進化を快く思わない人間によって弾圧が始まり、これに反発する動物たちが蜂起したのが、『第一次アニマル大戦』である) (むろんこれはすぐに鎮圧され、首謀者たちは全員保健所送りにされた) (しかし、彼らを唆し人間との対立を煽った男の存在があったことは、あまり知られていない) ???「そこの二人、ちょっとよろしいですか?」 マイオル「!!」 (二匹が振り向くと、警察官の服装をした青年が、にこにこ笑って立っている) (職務質問であることは明白だった) イヌダード「なんでここに警官が……そうか、デモ……」 クマオル「ここは従うしかあるまい」 (二匹の心情を察するように、青年は微笑んで警帽を脱ぐ) セスラン「ご安心を、私は警察官ではありませんよ。この服はちょいと人間を化かして、拝借したもので」 イヌダード「え……?」 (見れば青年の頭の上には、ちょこんと狸耳が生えている) (それを認めて、二匹は安堵の息をついた) クマオル「同類、か……」 タヌスラン「ええ。哺乳綱食肉目イヌ科タヌキ属、セスランと申します。どうもぎこちない二足歩行の方々がいらっしゃると思えば、やはりお仲間でしたか」 (どうやら歩き方が不自然だったため、見かねて声をかけてくれたらしい) クマオル「仕方ないだろう。人間の姿で出歩くのは、これが初めてなんだ」 イヌダード「あんたは慣れてるみたいだが……?」 タヌスラン「お二人は、金の羽で人間に擬態されましたね?私は、黒の羽を使いました」 イヌダード「どう違うんだ」 タヌスラン「金の羽には、一時的な変身能力しかありません。しかし黒の羽を使えば、ずっと人のままでいられるんですよ。その特性ゆえターメリックロウは、人間たちに羽をむしられ、絶滅寸前まで追いやられたのです」 イヌダード「ターメリックロウ……」 クマオル「あの姉弟カラスが、その絶滅危惧種だったわけか……」 (姉弟という単語を聞き、顔色を変えるセスラン) タヌスラン「ラスに会ったのですか!?」 イヌダード「会ったというか……同じペットショップに居たんだが、悪い男に買われて連れてかれた」 クマオル「おれたちの友猫も捕まってるから、これから助けに行くところだ」 タヌスラン「それは一大事です。ラスは私にとって大事な知り合いでして……。私もご一緒してよろしいですか?」 イヌダード「……狸、かあ」 タヌスラン「何か問題でも?」 イヌダード「人を化かす動物は、いまいち信用できないな。その制服だって盗んだんだろう」 クマオル「そう言うな、マイダード。味方は多い方がいい」 イヌダード「まあ、旦那が言うなら……」 (疑り深い性格のマイダードを窘める、実直なオルグァンの図) (しかし犬の鋭い嗅覚は、時として匂い以外のものをも嗅ぎ分けるのだった) 〜高層マンションの一室再び〜 (高級チェアに優雅に腰掛けながら、夜景を眺める闇主) (片手にはワイングラス、もう片手にはスマホ) タヌスラン『……というわけでして、柴犬と北極熊が、今からそちらへ向かいます』 闇主「ご苦労。すぐに出迎えの用意をしてやろう」 カラスリール「何の話をしているのだろう……」 ネコスラ「さあ、知ったこっちゃないわ」 (ひたすら闇主だけを見ているカラスリールをよそに、静かになった鳥かごを気にしているスラヴィ) (蛇に巻き付かれた金糸雀は、先ほどからぐったりして動かない) (その様子を目の当たりにすると、嫌でも過去を思い出してしまう) 飼い主『猫にも穴はあるんだよな……』 (尻を掴む、生暖かく湿った手) (荒い息づかい) 飼い主『おい、暴れるな!大人しくしろ!』 ネコスラ『いや、離して!』 ((ガリッ)) (皮膚を裂くおぞましい音) (苦痛に呻いて、床に転がる飼い主) 『人殺し』 『飼ってやった恩を仇で返して』 『自分だけ幸せになれるとでも思ってるのか?』 カラスリール「スラヴィエーラ、どうした?顔色が悪いようだが……」 ネコスラ「うるさい!」 (二匹の動物が重なり合う鳥かごを示し、怒鳴りつけるスラヴィ) ネコスラ「どうして、止めてあげなかったの!?あの男を受け入れて、これからも共に生きるというのなら、責任はあなたにもあるのよ!?」 カラスリール「え……?」 (何を言われているのかわからない、と言った顔に、脱力するスラヴィ) (男のせいで傷ついている動物たちのことは、全く目に入っていないらしい) (自分はあの男に愛されているから、自分だけは大丈夫だ、と思っている) (どうしてそのように思えるのか、彼女には理解できない) ネコスラ「もう、いい……」 (心のない相手に心を説くこと自体、無意味なことだった) (ケージの隅に行き、いつものように丸くなるスラヴィ) (行き詰まったらとりあえず寝る、それが猫の処世術であった) 〜ペットショップ『不浄』〜 (パチンコで大負けして、不機嫌そうに帰ってきたマンスラム) (柴犬と北極熊を入れていたケージが破壊されているのを見て仰天する) 店長マンスラム「これは一体、どういうこと?」 (周囲にいた動物たちに問いかけるが、答えはない) (知らんぷりを決め込むランカラス) (その時、離れたところにいた九官鳥が、けたたましい鳴き声を上げる) キュウカガ「店長、私見ちゃいました。この金色のカラスが、あの二匹に羽をあげたら、人間に変身して外に行っちゃいました」 ランカラス「くっ……このお喋り九官鳥が!」 (青ざめて自室に行くマンスラム) (クローゼットまで荒らされていた) (男物の服が何点か無くなっているのを見て、膝から崩れ落ちる) 店長マンスラム「なんて、こと……!」 キュウカガ「大変なことになりましたわねえ。警察呼びます?」 店長マンスラム「私が過去に男と同棲していたのがばれてしまった……!」 キュウカガ「そっちですか?」 〜警察〜 ???「はい、もしもし。警察です」 (砂色の髪を束ねた若い女性が、鳴り響く電話の受話器を取る) (その身を包むのは、婦人警官の制服) (しかし彼女もまた、本物の警察官ではない) キツネティン「まあ、ペットが二匹脱走?わかりました、見つけ次第捕獲します」 (本物は、後ろ手に縛られて床に転がされている哀れな男) (その頭には葉っぱが何枚か乗っている) 警官鎖縛「貴様ら……人間に刃向かったら、どうなるかわかってるんだろうな……」 キツネティン「さあ。先のアニマル大戦の時、私まだ生まれてないし?」 警官鎖縛「元動物の貴様らに、人間がどれだけの権利を与えてやったと思う?この恩知らずが!」 (呻き声を上げる警官の背中を、ハイヒールでつつくサティン) キツネティン「何が権利よ。公務員になることも、外国に行くことも、自由に結婚することも出来ないのに」 警官鎖縛「当たり前だ!動物なんぞに、人間の血を汚されてたまるか!」 キツネティン「やぁね、人間だって元は猿じゃない。どうして自分たちだけ特別だなんて思えるのかしら?」 (くすくすと笑うサティンに、なおも噛み付く警官) 警官鎖縛「女狐が!狸と手を組んで、何を始めるつもりだ。この縄を解け!」 キツネティン「だーめ。しばらくそこで大人しくしてなさい」 (役者は揃った) (次回、動物たちの反撃と復讐が始まる) (お楽しみに) [*前] | [次#] ページ: |