鬱金の間 非公表からの旅立ちマイスラ



カガーシャ「あっ、いたいた。マイダード」

マイダード「何か用か?」

(不機嫌そうな顔で振り返るマイダード)
(知らぬげに嬉々として歩み寄る黒髪の美女)

カガーシャ「スラヴィを見なかった?避けられてるみたいなのよ」

マイダード「……話は聞いてる」
カガーシャ「あら、スラヴィから聞いてたの。やっぱりあの時匿ってたのね」


(追われているスラヴィをベッドに匿ったのは先日のこと)
(スラヴィが目覚めるのを待って理由を聞き出した)
(その結果の不機嫌であった)

マイダード「なんでも、知り合いの男に、スラヴィを紹介してくれって頼まれたとか?」
カガーシャ「ええ。以前お世話になった方の息子さんで、元は浮城の住人だったのよ。それで、恋人のいないスラヴィにどうかと思って」


(恋人のいない、を強調するカガーシャ)

マイダード「要は見合いの話ってことだろ。残念ながら、あいつはその気はないってさ」
カガーシャ「ちょうどいいわ、マイダードからも説得してよ。会うだけでもいいからって」
マイダード「あのなあ。(小声)おれがスラヴィ好きなの知ってて、よくもそんな……」
カガーシャ「でも、まだ付き合ってるわけじゃないんでしょう?」
カガーシャ「マイダードと一緒になるからって言えば、私だって引き下がるのに、そんな話は一言も出なかったわよ?」
マイダード「痛いところを……」
カガーシャ「せっかく美人なのに、いつまでも独りじゃ勿体ないじゃない」
マイダード「余計なお世話って知ってるか?スラヴィとは親友ってわけでもないんだろ」

(マイダードに指摘されて、ふっと暗い表情になるカガーシャ)
(言い過ぎたかと思っていると、彼女は静かに言葉を続けた)

カガーシャ「……本当に、勿体ないと思ってるのよ。今が一番綺麗な時なんだし」
カガーシャ「私みたいに、傷物になってからじゃ遅いでしょう?」

(彼女は数年前、仕事先で足に傷を負っている)
(日常生活にはさほど支障はないが、もう第一線では活躍できない)

マイダード「………」
マイダード「そんなの気にしなくても、お前さんなら、いくらでも縁談の口が……」

(慰めかけると、ころっとした表情で顔を上げるカガーシャ)

カガーシャ「っていうのは建前で、実は先方に紹介料もらっちゃってるから、今更断れないの♪」
マイダード(この女………)
カガーシャ「だ・か・ら。マイダードの口からもお願いしてみてよ。スラヴィの気持ちもわかるし、一石二鳥じゃない?」
マイダード「………」
カガーシャ「じゃ、よろしく〜」

(軽やかに背中を向けて去って行くカガーシャ)

マイダード「………」

(考え事をしながら、食堂に足を踏み入れるマイダード)

(前方に目をやると、おかずの分け合いっこをしているオルスラが目に入る)
(無言でつかつかと歩み寄るマイダード)

スラヴィ「これいらないから、食べてくれない?はい、あーんして」
オルグァン「仕様がないな……」
マイダード「しょうがないのは旦那だ!」

(珍しく突っ込みに回るマイダード)
(スラヴィの手を握って、オルグァンの口に箸が届く寸前で阻止)

マイダード「おれが言うのもあれだが、旦那はスラヴィを甘やかしすぎ」
オルグァン「そうか?」
マイダード「嫌いなものでもちゃんと食わせないと、本人のためにならないんだぞ」
オルグァン「しかし、蕁麻疹が出ると、本人が……」
マイダード「だったら最初から入ってないやつを頼むはずだろう?単なる好き嫌いなんだから、騙されるな」
スラヴィ「……」
マイダード「ほらスラヴィ、旦那が困ってるだろ。箸下げて」
スラヴィ「……マイダード」
マイダード「ん?」
スラヴィ「食事が終わったら話があるから、ちょっと面貸してくれない?」
マイダード「わかった」
オルグァン(面……)

(中庭に移動)
(上空からの微風が植林を揺らしている)
(幹の一つに背を預け、腕組みするマイダード)

マイダード「話って何だ?」

(あからさまに苛立った様子のスラヴィ)
(きっとマイダードを睨み付ける)

スラヴィ「わたしたちのこと、いつまで黙ってるつもりなの?」
マイダード「……」
スラヴィ「からかわれたり、冷やかされるのが嫌なら、守ってあげるわよ。どうして言ったら駄目なの?」
マイダード「納得がいった」
スラヴィ「は?」
マイダード「見合いの話をはっきり断らずに逃げ回るなんて、スラヴィらしくないと思ってたんだ。さっきだって、おれが食堂に入ってくるのが見えたから、あんなこと……」
スラヴィ「違う!話を逸らさないで!」
マイダード「おれの本心がわからなくて、不安にさせたんだな。ごめん」
スラヴィ「……」

(ちょいちょい、と手招きするマイダード)
(不服そうにしながらも、歩み寄るスラヴィ)
(マイダードの腕の中に大人しく収まる)

マイダード「……」
スラヴィ「……」

(五分経過)

(ゴッ)
(マイダードの顎に頭突きをするスラヴィ)

マイダード「痛ってえ……」
スラヴィ「さっさと理由を話しなさい!」
マイダード「そう怒るなって……おれだって、色々考えてるんだから」
スラヴィ「何をよ」
マイダード「お互いの将来のこととか、もう少し恋人気分でいたいな、とか」
スラヴィ「……意味がわからない。公表すると、恋人じゃなくなるの?」

(混乱しているスラヴィに、深くため息をつくマイダード)

マイダード「おれたち、十代の頃、よく二人で遠出したりしてただろ?」
スラヴィ「ええ」
マイダード「あの頃からおれは、上の連中に警告を受けてたんだ。仲がいいのもほどほどにしろって」
スラヴィ「何よそれ。わたし、そんなの聞いてないんだけど」
マイダード「言ってないからな」
スラヴィ「どうしてマイダードにだけ?怒られるなら、わたしだって」
マイダード「おれが男だからだろ」
スラヴィ「?」
マイダード「だから……」

(まだわかっていないのか、といった顔でスラヴィを見つめるマイダード)
(困った表情で、こりこりと頬をかく)

マイダード「破妖剣士として育成中のスラヴィに、間違って子どもができたりしたら困る、って言われたんだ」
スラヴィ「!!」
マイダード「万が一スラヴィから迫ってきても、おれさえしっかりしてれば済む問題だし……」
スラヴィ「ふざけてる……!あの頃は、一刻も早く優秀な破妖剣士になりたくて、必死な時期だったのに。そんな風に見られてたなんて……!だいたい、わたしがマイダードに迫ったりするわけないでしょう!?」
マイダード「今はそれに入らないのか?」
スラヴィ「……」

(さっ、とマイダードから身を離すスラヴィ)
(苦笑するマイダード)

マイダード「スラヴィを責めるつもりはないんだが、抱きしめたくなるのを我慢するのとか、結構しんどかったんだぞ。大人になって、初めて受け入れてもらえた時は、天にも昇るような気持ちだった」
スラヴィ「……」
マイダード「そういうのが態度に出てたんだろうな。先日また呼び出しを食らって」
スラヴィ「だから、どうしてマイダードだけ!」
マイダード「叱責されるのかと思ったら、今度は逆で、平和な世界が戻りつつあるから、今のうちに子どもを作っておけって話だった」
スラヴィ「な……!」
マイダード「先の事件で、浮城の人口は激減しただろう?元凶は姿をくらましちまったし、上の連中にしてみりゃ、昔みたいに住人同士の婚姻を推し進めたくなる気持ちもわからんでもない」
スラヴィ「もしかして、カガーシャも上の指示を受けて、わたしにあんな話を……?」
マイダード「その可能性はある。能力者を産ませたいなら、相手は別におれじゃなくてもいいわけだ」
スラヴィ「道理で強引だと思ったわ。でも、だったらなおさら、わたしたちが付き合ってるってことを隠す意味がないじゃない。さっさと公表した方が……」

マイダード「スラヴィは、それでいいのか?」
スラヴィ「え?」
マイダード「公表したら、それなら早く産めって、しつこく言われることになるかも知れないぞ。おれは子どもの世話とか好きだし、いつでもいいけど、スラヴィは……」
スラヴィ「……」
マイダード「破妖剣士の仕事、楽しそうにしてるもんな。無理にとは言わない。ずっと傍に居られるなら、どんな形でも構わない」
スラヴィ「……」
マイダード「おれからは以上。後は、スラヴィがどうしたいか聞かせてくれ」
スラヴィ「……」

(しばらく目を閉じて考えていたが、やがてかっと見開くスラヴィ)

スラヴィ「荷物をまとめなさい、マイダード」
マイダード「!?」
スラヴィ「駆け落ちするわよ!!」


(城長の部屋)

マンスラム「まあ、急な話だこと……」
スラヴィ「わたしが迂闊でした。人員の不足した浮城が、こうした強硬手段に出ることは、十分考えられる事態だったのに」
マイダード「今のところ誰も犠牲にならずに済んでいるのは、城長であるマンスラム様ご自身が、お一人であることも幸いしたのかと」
マンスラム「耳に痛いことを言ってくれるわね。確かに、婚姻は第三者によって強制されるものではないわ」

(腫瘍をいつの間にか克服し、城長に返り咲いたマンスラムだったが)
(先の不祥事のせいもあって、以前ほどの発言力はなかった)
(そのため、上層部の暴走を表立っては止めることができない)

マンスラム「決意は固いの?宣言しての駆け落ちなんて、とてもあなた達らしいけれど」
スラヴィ「我々は、正式な許可も取らず出奔した、とある人物に苦しめられましたので」
マイダード「せめて自分たちの時だけは、何があろうと届けは出すべきだと思いまして」

マンスラム「本当に……耳が痛いわね……」
マイスラ「「 お納めください」」

(マンスラムに、脱退届を出すマイスラ)
(退職ではなく、浮城とは別の場所に居を構えて活動する)
(いわば独立である)


マイダード「スラヴィ」
スラヴィ「なに?」
マイダード「オルグァンと離れて寂しくないのか?」
スラヴィ「そりゃ寂しいけど、手紙書くし、マイダードがいてくれるでしょ」
マイダード「……そこまでおれを思ってくれてるなんて、意外だった。二人で暮らそうって言わないのは、オルグァンの存在が気がかりだったのかと」
スラヴィ「ま、ね。マイダードにもオルグァンにも、直して欲しいところはあるんだけど」
マイダード「……」
スラヴィ「でも、一つ嫌いなおかずがあるからって、全部を残すのは勿体ないわ」
マイダード「なんだそれ……」
スラヴィ「わからなくていいの」


(マイダードの手を握って歩き出すスラヴィ)


(かくて、破妖剣士と捕縛師は旅立つ)
(わずかばかりの荷物を持って、誰にも干渉されない新たな土地へ)



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