鬱金の間 マイオルの氷火滅消作戦(中)


【注意】
邪羅と闇ラス出ます(少し)
氷火暗躍(少し)
オルグァンと未羽も出ます(少し)
マイスラが引き続きらぶらぶ(当社比)




【邪羅の変心】

邪羅(まったく腹が立つ……なんだって人間なんかの言うこと聞いてやらなきゃならないんだよ)
邪羅(あの場で断ると面倒だから従うふりはしたけど、別にこの名にかけて誓ったわけでもないもんな)
邪羅(うん、ブッチしよう。そしてさっそく姉ちゃんにちくろうっと)


邪羅「姉ちゃーん!姉ちゃーん!」
闇主「おやおや、誰かと思えば……すっかり忘れた顔だな」
邪羅「げっ」
闇主「げっ、とは何だ?ラスは忙しいから、このおれが直々に迎えに出てやったのに」
邪羅「迎えにって、要するに侵入者の始末だろ……。って、姉ちゃんいま何やってんの?」
闇主「表向き平和になったはいいが、女皇に牙を剥こうとする慮外者は後を絶たないんでな」
邪羅「おれも手伝うよ!兄ちゃんは激しくどうでもいいけど、姉ちゃん放っておけないし」
闇主「また性懲りもなく点数稼ぎか?ガキの乳臭い手を借りるくらいなら、猫の方がましだ」
邪羅「へへーんだ、もう昔のおれじゃないんだぜ。母ちゃんのところでの修行の成果見せてやるよ」
闇主「そうやってすぐに母親を持ち出すところが、乳離れできてないって言うんだ」
邪羅「なんだとー!言わせておけばっ!」
闇主「やるか?」

ラス(闇主、すぐに来てくれ)

闇主&邪羅「はーい!!」
闇主「お前は呼んでない」
邪羅「ちっ」

ラス「邪羅……!久しぶりだな」
邪羅「姉ちゃん会いたかった!……あ」
氷火「頼むよ、僕の命を返してくれ!」
闇主「こいつ、また懲りもせずラスに勝負を挑もうってわけか。今度は復活できないようにしてやろうか?」
ラス「待ってくれ、闇主。今の氷火に害意はない」
邪羅(こいつがあいつらの言ってた……)

ラス「その名にかけて、誓えるか?二度とスラヴィに危害を加えず、スラヴィに謝った後は、二度と二人に近づかないと」
氷火「誓うよ!だから……」
邪羅「………」

マイダード『土壇場で裏切りそうな気がする』
マイダード『ラエスリールの心は、昔も今も魔性そのものだ』
マイダード『可哀想な氷火に心から同情して、命を戻してやったりする方が想像つく』

ラス「どうした、邪羅?」
邪羅「あ、いや……姉ちゃん、ほんとにそいつ許すつもりなの?」
ラス「懇願する姿が、あまりに気の毒だと思ってな」
邪羅「そいつに殺された街の連中は、可哀想じゃないの?」
ラス「気の毒だが、失った命は二度と戻らない」
邪羅(なんだろう、姉ちゃんの言ってることがおかしく聞こえる)
邪羅(こんなの初めてだ)
闇主「小僧、何を言ってるんだ?そもそもお前自身が、母親によって消された街の出身だろう。街の人間に申し訳ないなんて思ったことが、一度でもあるのか?」
邪羅「……そうだよな。おれ、何を口走って……」

ラス「氷火も十分反省しているようだし、戻してやろう」
氷火「ありがとう!」

邪羅「…………」



【お風呂上がりマイオル】

オルグァン「あれから三日……か。何の音沙汰もないな」
マイダード「なくて当然。あいつが素直におれたちの言うこと聞くはずないだろ?」
オルグァン「何だと……」
マイダード「きっと今頃、ラエスリールか柘榴の妖主に泣きついてるよ。人間に苛められてるとか何とか言って」
オルグァン「お前は何がしたかったんだ」
マイダード「ちょっとした時間稼ぎ。というわけで、今夜は旦那のところに泊めて?」
オルグァン「何が『というわけ』だ。ちゃんと説明しろ」
マイダード「スラヴィに部屋で待ち伏せされてるから、戻れないんだよ。最近は痺れを切らしておれのベッドで寝てたりするし、困った困った」
オルグァン「困ってるようには見えんが……」
マイダード「本当に困ってるんだって!いつも廊下で寝て、夜が明けたらスラヴィが起きないように部屋に入って着替えて、急いで食堂に行ってパンくわえて書庫に逃げるってのが、最近のおれの日課。昼過ぎてから部屋に戻れば、スラヴィはいなくなってるけどベッドにはほんのり残り香があって、それでもう何度も自(ピーーーッ)」
オルグァン「少女小説なんだから自重しろ」


【オルグァンの部屋】

オルグァン「散らかってるが……」
マイダード「どこが!?殺風景すぎるくらいだ、家具が何も置いてないぞ」
オルグァン「いつ死ぬかわからん身だ、物など置いておくだけ空しいだろう」
マイダード「そこを何とか置いて欲しいんだが」
オルグァン「なに?」

(目の前に、黒くて固い鉱物のようなものが置かれる)

オルグァン「これは……?」
マイダード「頼んでたのが、さっき届いたんだ。この石を、旦那の氷結漸でなるべく細かく砕いてくれないか?危ないから、手袋は必ずつけて」
オルグァン「よくわからんが、そういう細かい作業なら、お前の方が向いてるんじゃないのか」
マイダード「破妖刀じゃなきゃだめなんだよ。おれのナイフだと……」

(ナイフの刃を鉱物に叩きつけるマイダード)
(刃がボロボロに欠けてしまう)

オルグァン「!」
マイダード「な、怖いだろ?」
オルグァン「そういうことか……わかった」
マイダード「頼むよ。良かった、引き受けてくれて」
オルグァン「本来なら、破妖刀をこんなことに使うべきではないんだがな」
マイダード「スラヴィが絡んでれば話は別、って?」
オルグァン「お前のことは信用してるが、すぐに他人を疑ってかかるところや、秘密主義なところは気に入らん。あいつを少しは見習え」
マイダード「おれは交渉苦手だからなー。良かれと思ってしたことで、いつも相手を怒らせちまう」
オルグァン「………」
マイダード「その辺、スラヴィはやっぱり上手かったんだな。どんなにきついこと言われても、不思議と腹は立たない」
オルグァン「単におれたちがスラヴィに甘いだけでは……?」
マイダード「それもあるけど、他の連中もスラヴィに怒ったことはあんまりないだろ。あれだけ反抗的だったターラちゃんも、スラヴィの言うことには素直に従ってたし、ミランス王太后との謁見の時も、相手はずっと楽しそうに笑ってた。スラヴィは苛々してたが、最終的には情報も引き出せたわけだし」
オルグァン「確かに……」
マイダード「怒ってたのは雛とかいう元女皇くらいか。あれも、スラヴィとまともな会話をしてたらまた違っただろうな。おれたちをさんざん無視し続けたラエスリールでさえ、スラヴィに心配されてるって分かった途端、態度をころっと変えて礼を言ってたし。あれはなんだ、人徳ってやつ?」
オルグァン「スラヴィは女に好かれやすい性質なんだろう」
マイダード「じゃあおれたちって女だったんだ」
オルグァン「そうかも知れんな」

未羽「どんな会話よ」

(空中に浮きながら呆れたようにため息をつく未羽)

マイダード「立ち聞きなんて趣味が悪いぞ、未羽ちゃん」
未羽「『浮き聞き』と言ってちょうだい。スラヴィに様子を探って来いって言われたの。我が主はあれで寂しがり屋なんだから、あんまり仲間外れにしないでくれる?」
マイダード「戻ってあいつに報告するのか?」
未羽「のろけばかりじゃ、何の収穫にもならないわ。もう少し話を聞いてからね……まずはその物騒な石をしまってくれると助かるんだけど」
オルグァン「ああ……(ゴソゴソ)」
未羽「三人で迎え撃とうって言ってくれた方が、スラヴィは喜ぶでしょうに。なんで男同士こそこそするのか、理由を聞こうじゃない」
マイダード「万が一、あいつが絆されるってこともあるからな……」
未羽「え?」
マイダード「未羽ちゃんは、スラヴィをどう思う?」
未羽「どうって……好きよ。強くて、潔くて、真っ直ぐで」
マイダード「聞き方が悪かったな。魔性の目から見て、スラヴィって美人なのか?」
未羽「普通に綺麗なんじゃない?」
マイダード「……そうか」
未羽「もう!何なのよ、はっきりして!そういう遠回しなところが、スラヴィに嫌わ」
マイダード「じゃあ言おう。氷火がスラヴィに本気で惚れてる可能性は?」
未羽「………!?」
オルグァン「……それは、いくらなんでも贔屓目が過ぎるだろう」
マイダード「ほらな、そう言われるから嫌だったんだよ」
未羽「スラヴィは美人だけど、上級魔性が一目惚れするほど絶世の美女ってわけでもないし……どうしてそう思ったの?」
マイダード「ラエスリールが言うには、氷火はスラヴィにかけていた術と自分の心臓を連動させていたらしいんだ。命をひとつ奪われたら、スラヴィの術も解けるようになってたんだと。それが、どうにも引っかかる」
未羽「そう言えば……」
オルグァン「確かに不自然だな」
マイダード「だろ?わざわざそんなことをする理由がわからない。それにあいつ、口では『一つでも命は惜しい』と言ってたんだぞ。明らかに矛盾してる」
未羽「それも嘘なんじゃないの?本当は連動なんてしてなかったとか」
マイダード「聞いたのも確かめたのも、ラエスリールだぞ。ごまかせると思うか?」
未羽「うーん……」
マイダード「魔性の男が人間の女に惚れて、女に自分の命を分け与えたり、女が死ぬと自分も死ぬ術をかけたりする例は、稀にだがあるらしい」
未羽「私も、聞いたことはあるわ」
マイダード「氷火があんなことをした理由がわからない以上、その線もないとは言えないだろ?」
オルグァン「いや……ないな。術をかけたのは、スラヴィと出会ってすぐの話だろう。共に過ごすうちに徐々に好きになったと言われればわからんでもないが、戦っていたあのわずかな間に惚れたと考えるのは、さすがに無理がある」
未羽「そうね、スラヴィの良さは見た目じゃなくてあの性格だもの。それは、あなたたちが一番よくわかってるでしょう?」
マイダード「うーん……やっぱりそうだよなあ(こりこりと頭をかく)」
オルグァン「だいたい、スラヴィが好きなら、他の男に交われだのなんだのとは焚き付けないだろう」
マイダード「唆したのも邪魔したのも氷火だぞ。本人もまだ、自分の気持ちに気づいてないのかも知れない。おれの考えすぎならいいんだが、じゃあなんで、って考えると、納得のいく理由が思いつかないんだよなあ……」
未羽「待ってよ。仮にそうだったとして、マイダードはどうするの?」
マイダード「………」
未羽「まさか、スラヴィを諦めるつもりじゃないでしょうね。もしかして、今更氷火と戦うのが怖くなったから、そういう結論に逃げようとしてるとか?」
オルグァン「おれもぜひ聞きたいな。どうするつもりなんだ?」
マイダード「未羽ちゃんならわかってると思うが、おれが望んでいるのはスラヴィの幸せであって、おれの幸せじゃない」
オルグァン「……」
マイダード「もし、氷火がスラヴィに危害を加える意思が全くなく、心から愛するというのなら、おれは……」
未羽「……」
マイダード「全力で奴を叩き潰す」


未羽&オルグァン「よし!!」




【スラヴィの部屋】

スラヴィ「……で、未羽も戻ってこないで一日経過、と」
スラヴィ「どうせマイダードに丸めこまれたんだろうけど。全く、口だけは達者なんだからあいつ」

(枕に顔を埋める)

スラヴィ「もう1か月は話してない……あいつがいない時のわたしって何してたっけ?思い出せない……」
スラヴィ「もしかして、ずっとこのまま口きかないつもりじゃ……」
マイダード「ないない」
スラヴィ「!?」
マイダード「独り言でかいな。部屋の外まで聞こえてるぞ」
スラヴィ「マイ……」
マイダード「悪いが、ここ開けてくれ。手が塞がってるんだ」

(ガチャ)

スラヴィ「なにそれ、縫いぐるみ?」
マイダード「!!」
スラヴィ「あ、寝間着の上に何も羽織ってなかったわ。ごめん」
マイダード「……後ろ向いてるから、早く上着着て」
スラヴィ「うん(ゴソゴソ)。お待たせ!」
マイダード「だから声でかいって、消灯時間過ぎてるんだから……。あと、お前な、いつも言ってるけど無防備にもほどがあるぞ。相手がおれだからいいようなものの」
スラヴィ「で、なにそれ。わたしにくれるの?」
マイダード「……」
スラヴィ「どうしたのよ」
マイダード「いや……大人げなく拗ねて、今まで放っておいたこととか、旦那と二人でこそこそしてた理由を聞いたりだとか、そういうのはないのか?」
スラヴィ「もういいわ。全然気にしてない」
マイダード「………おれ、生まれ変わったらお前みたいな男になりたい」
スラヴィ「こんな夜中に、わざわざ喧嘩売りに来たの?」
マイダード「本心から言ってるんだよ。おれは、子供の頃からずっとお前に憧れてた。強くておおらかで優しい、いつかあんな男になるんだって」
スラヴィ「やっぱり喧嘩売ってるんじゃない。なんなら受けて立つわよ(バキベキと指を鳴らす)」
マイダード「……でも、もういい。おれにはおれの戦い方があるし、スラヴィはこの世に二人もいらないからな」
スラヴィ「それが、その縫いぐるみと何の関係があるわけ?」

(成人男性が両腕で抱える程度の大きさの縫いぐるみ)
(何の動物かは不明)

マイダード「これ、しばらく部屋に置いといて。おれだと思って」
スラヴィ「マイダードはいてくれないの?」
マイダード「………」
スラヴィ「もし、自分一人が我慢してると思ってるんなら、それは間違いよ。あの時わたしは死ぬのが怖かった、生き残る方法があるなら何でも試したかった、それも本心。でも本当は……」
マイダード「……」
スラヴィ「口実が欲しかっただけなのかも知れない」
マイダード「スラヴィ」
スラヴィ「だって、はっきりした理由がなければ、マイダードはわたしなんか……」

(抱きしめられ、目を瞬かせるスラヴィ)
(縫いぐるみは床に落ちる)

マイダード「……そんな風に思ってたのか?ずっと」
スラヴィ「ええ」
マイダード「知らなかった」
スラヴィ「……『わたしを何だと思ってるの、あなたは』」
マイダード「『竹を割ったような気持ちのいい性格……』」

マイスラ「(笑)」


マイダード「(笑いながら)部屋に入ってもいいか?こいつと一緒に」
スラヴィ「うん」
マイダード「朝まで……」
スラヴィ「うん!寒いでしょう、早く早く」
マイダード「痛い痛い。引っ張るなって」

(パタン)



【氷の火】

(女皇の許しを得て、再び浮城を目指す氷火)


氷火「愚かだね」
氷火「人間って、本当に……」
氷火「でも、もっと愚かなのは……」


(心臓の位置に手を当てる)




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