【書庫】 氷火「……で、本当は何の用かな、お姉さん?」 蜜里「あら、意外と馬鹿じゃないのね。ある人に頼まれたの、そろそろスラヴィを解放してあげて?」 氷火「そうしたいのは、やまやまなんだけどね……」 蜜里「これ以上彼女をつついても、何も出ないわよ。私が他の護り手たちに言って、あの方に関する情報を集めてあげる。実はターラにも……」 氷火「いや、そうじゃないんだ。『ラス』について知りたいのも勿論なんだけどね。スラヴィの傍にいるのには、もう一つ理由があって」 蜜里「え?」 氷火「ところで君はスラヴィのなんなの?護り手じゃないみたいだけど」 蜜里「……知り合い、かしらね。スラヴィを大事に思ってる人の代理だから」 氷火「そっか、じゃあ君にこの場で殺される心配はないな。悪いけどスラヴィのことは諦めてくれないかって、その人に伝えてくれる?」 蜜里「待ってよ、どういうこと?」 氷火「気の毒だけど、もう遅いんだよ。スラヴィには、既に死の呪いがかけられてる」 蜜里「なんですって?」 氷火「あの時、勝ち目のない戦いと知って歯向かってくる彼らが面白かったから、苦しまずに楽に殺してあげようとしたんだ」 蜜里「楽に、ね……」 氷火「それで、わざわざスラヴィの頭に触れて直接力を流し込んだ。死体も綺麗なまま残るように」 蜜里「解除できないの?」 氷火「だって、殺そうとした直前になって、いきなり待ったがかかったんだよ?急いで術を止めたところで、間に合うはずないじゃないか」 蜜里「なんてこと……それじゃ、スラヴィは」 氷火「んー、もってあと数年かな。悪いとは思ってるんだよ、彼女のことが気に入ったのは本当だし」 蜜里「……」 氷火「だから、こうして張り付いてるんじゃないか。術者が傍にいれば、進行をある程度は遅らせられるから……」 【食堂】 蜜里「ただいま……」 マイダード「お、戻ってきたぞ」 オルグァン「何か様子が変じゃないか?」 ターラ「どうだった、蜜里?あいつ、スラヴィから手を引いてくれるって?」 蜜里「……」 マイダード「どうしたんだ、おれの顔をじっと見て?ははあ、惚れたな?」 オルグァン「少しは冗談を言う状況を選べ」 マイダード「へいへい」 蜜里「そうかも知れないわ……」 マイダード「!?」 蜜里「私、思ったよりあなたたちのことが好きなのかも知れない」 オルグァン「なんだ、藪から棒に」 マイダード「頭でも打ったのか?まさかあの妖貴に何かされ……」 蜜里「ターラ以外の人間のことで、こんなに胸が痛むことがあるなんて、思いも寄らなかった……」 マイダード「おーい。話がまるで見えないんだが」 オルグァン「同上」 マイダード「旦那、もうそれ止めたら?いくら台詞考えるのが面倒だからって」 蜜里「マイダード、オルグァン。大事な話があるの。ターラは席を外してくれる?」 ターラ「え、なんで二人にだけ……」 蜜里「いいから」 マイオル「?」 【マイダードの部屋】 マイダード「…………」 スラヴィ「マイダード、いる?」 マイダード「いない」 スラヴィ「なんだいるんじゃない。鍵がかかってるけど開けさせてもらうわよ(ガチャバキッ)」 マイダード「バキッて言ったぞ今!」 スラヴィ「後でつけかえてあげる。借りてた本、ここに置いとくから。こんなに閉め切ってどうしたのよ、ガス抜き?」 マイダード「ガス抜き言うな。……昼寝だよ」 スラヴィ「そう。わたしも今夜は久々に、ゆっくり眠れそうなの。蜜里が間に入ってくれたから」 マイダード「……」 スラヴィ「色々と気を回してもらって、悪かったわね。マイダードも、たまには自分のことだけ考えた方が……」 マイダード「なあ」 スラヴィ「なに?」 マイダード「おれの抱えてる命のいくつか、お前にやれないか?」 スラヴィ「…………は?」 マイダード「妖鬼数匹分は、まだこの刺青の中に入ってる。これを取り出して、お前に分け与えられないかと思って」 スラヴィ「いきなり何を言い出すのよ?そりゃあ、美しさが衰えるのを恐れて、魔性の命を欲しがる人間の女もいることは知ってるけど……。わたしは今のままで十分満足してるし、そんなの別にいらない」 マイダード「……そうだな。でも、他に方法がないんだ」 スラヴィ「あー、氷火にかけられた術の話?」 マイダード「知ってたのか……?」 スラヴィ「なんとなく、ね。あいつに触られた時、元女皇の声が流れ込んできたの。その後、帰ってから急に熱が出て……すぐ収まったけど、最近はよく頭痛がするし、おかしいとは思ってたわ」 マイダード「スラヴィ……」 スラヴィ「わたしは破妖剣士よ。いつでも死ぬ覚悟はできてる」 マイダード「おれにはできてないんだよ。あの時は、三人一緒に死ねるならいいと思ってたんだ。けど、スラヴィ一人が逝くのは……」 氷火「ふうん」 マイスラ「!!」 氷火「自分の命を分け与える、か。すごいな、僕なんてたくさん持ってるけど、一つもあげたくなんかないのに。それが『好き』って感情なの?人間って本当に興味深い生き物だね」 スラヴィ「氷火……」 マイダード「お前、よくも抜け抜けと……」 氷火「おっと、僕を傷つけても意味はないよ?スラヴィの寿命が縮むだけだからね。それより、書庫で面白い本を見つけたんだ」 スラヴィ「?」 氷火「その昔、浮城の住人同士の婚姻が奨励されてた時代の話なんだけどね。独身の住人と所帯を持っている住人では、魔性の術に対する耐性がまるで違ったらしいんだ」 スラヴィ「何が言いたいの?」 氷火「うん。つまり、君たちも交わればいいんじゃないかと思うんだ」 マイスラ「」 氷火「少ない可能性だけど、賭けてみる価値はあるんじゃないかな。このまま何もできないよりましだろ?」 マイダード「……」 スラヴィ「……」 氷火「じゃ、僕はこれから『ラス』を探しに行ってくるから。今のは、蜜里から情報をもらったほんのお礼だよ。頑張って」 マイダード「………」 スラヴィ「………」 【女皇との闘い】 ラス「なんだって!?スラヴィにそんなことを……」 氷火「仕方なかったんだよ!あなたの宣言は間に合わなかった。僕だけじゃない、既に人間に手をかけてしまった魔性は数多いたはずだ!」 ラス「それでも……スラヴィは同僚だ。マイダードたちが、彼女をどれほど大切に思っていたか、私は間近で見てきている」 氷火「ま、待って」 ラス「お前を、許すわけにはいかない」 氷火「僕の命!僕の命が!何をするんだ……なんで僕の命が勝手に……!」 ラス「人が人を思いやる心もわからない、未熟者が」 氷火「待ってよ……ああ……それ、返してくれないと……術が解け……」 ラス「術だと?」 氷火「あ、しまった」 ラス「お前、また嘘をついているな!?」 【スラヴィの部屋】 スラヴィ「ZZZZ」 マイダード「ZZZZ」 未羽「あーあ、幸せそうに眠ってくれちゃって……」 蜜里「一時はどうなるかと思ったけどね」 左谷芭「主も肩の荷が下りたようだ」 未羽&蜜里(いたんだ……) 未羽「例の妖貴はどうなったの?」 蜜里「あの方に命を奪われたまま返してもらえないって、拗ねてどこかに行ってしまったわ」 未羽「いい気味よ。スラヴィたちを苦しめた罰だもの、心臓ひとつと言わずもっと奪ってあげれば良かったのに」 蜜里「それで、この二人って結局くっついたの?」 未羽「残念ながら、直前で妖貴が戻ってきてね、邪魔が入ったみたい。あの時のマイダードの顔ったら……申し訳ないけど笑っちゃった」 蜜里「そう……」 未羽「ま、今はゆっくりと寝かせてあげましょう(パタン)」 スラヴィ「ZZZZ」 マイダード「ZZZZ」 オルグァン「ZZZZ] マイスラ(いたんだ……) (おわり) [*前] | [次#] ページ: |