鬱金の間 マイオルの氷火引き剥がし作戦(後)


【書庫】

氷火「……で、本当は何の用かな、お姉さん?」
蜜里「あら、意外と馬鹿じゃないのね。ある人に頼まれたの、そろそろスラヴィを解放してあげて?」
氷火「そうしたいのは、やまやまなんだけどね……」
蜜里「これ以上彼女をつついても、何も出ないわよ。私が他の護り手たちに言って、あの方に関する情報を集めてあげる。実はターラにも……」
氷火「いや、そうじゃないんだ。『ラス』について知りたいのも勿論なんだけどね。スラヴィの傍にいるのには、もう一つ理由があって」
蜜里「え?」
氷火「ところで君はスラヴィのなんなの?護り手じゃないみたいだけど」
蜜里「……知り合い、かしらね。スラヴィを大事に思ってる人の代理だから」
氷火「そっか、じゃあ君にこの場で殺される心配はないな。悪いけどスラヴィのことは諦めてくれないかって、その人に伝えてくれる?」
蜜里「待ってよ、どういうこと?」
氷火「気の毒だけど、もう遅いんだよ。スラヴィには、既に死の呪いがかけられてる」
蜜里「なんですって?」
氷火「あの時、勝ち目のない戦いと知って歯向かってくる彼らが面白かったから、苦しまずに楽に殺してあげようとしたんだ」
蜜里「楽に、ね……」
氷火「それで、わざわざスラヴィの頭に触れて直接力を流し込んだ。死体も綺麗なまま残るように」
蜜里「解除できないの?」
氷火「だって、殺そうとした直前になって、いきなり待ったがかかったんだよ?急いで術を止めたところで、間に合うはずないじゃないか」
蜜里「なんてこと……それじゃ、スラヴィは」
氷火「んー、もってあと数年かな。悪いとは思ってるんだよ、彼女のことが気に入ったのは本当だし」
蜜里「……」
氷火「だから、こうして張り付いてるんじゃないか。術者が傍にいれば、進行をある程度は遅らせられるから……」


【食堂】

蜜里「ただいま……」
マイダード「お、戻ってきたぞ」
オルグァン「何か様子が変じゃないか?」
ターラ「どうだった、蜜里?あいつ、スラヴィから手を引いてくれるって?」
蜜里「……」
マイダード「どうしたんだ、おれの顔をじっと見て?ははあ、惚れたな?」
オルグァン「少しは冗談を言う状況を選べ」
マイダード「へいへい」
蜜里「そうかも知れないわ……」
マイダード「!?」
蜜里「私、思ったよりあなたたちのことが好きなのかも知れない」
オルグァン「なんだ、藪から棒に」
マイダード「頭でも打ったのか?まさかあの妖貴に何かされ……」
蜜里「ターラ以外の人間のことで、こんなに胸が痛むことがあるなんて、思いも寄らなかった……」
マイダード「おーい。話がまるで見えないんだが」
オルグァン「同上」
マイダード「旦那、もうそれ止めたら?いくら台詞考えるのが面倒だからって」
蜜里「マイダード、オルグァン。大事な話があるの。ターラは席を外してくれる?」
ターラ「え、なんで二人にだけ……」
蜜里「いいから」
マイオル「?」


【マイダードの部屋】

マイダード「…………」
スラヴィ「マイダード、いる?」
マイダード「いない」
スラヴィ「なんだいるんじゃない。鍵がかかってるけど開けさせてもらうわよ(ガチャバキッ)」
マイダード「バキッて言ったぞ今!」
スラヴィ「後でつけかえてあげる。借りてた本、ここに置いとくから。こんなに閉め切ってどうしたのよ、ガス抜き?」
マイダード「ガス抜き言うな。……昼寝だよ」
スラヴィ「そう。わたしも今夜は久々に、ゆっくり眠れそうなの。蜜里が間に入ってくれたから」
マイダード「……」
スラヴィ「色々と気を回してもらって、悪かったわね。マイダードも、たまには自分のことだけ考えた方が……」
マイダード「なあ」
スラヴィ「なに?」
マイダード「おれの抱えてる命のいくつか、お前にやれないか?」
スラヴィ「…………は?」
マイダード「妖鬼数匹分は、まだこの刺青の中に入ってる。これを取り出して、お前に分け与えられないかと思って」
スラヴィ「いきなり何を言い出すのよ?そりゃあ、美しさが衰えるのを恐れて、魔性の命を欲しがる人間の女もいることは知ってるけど……。わたしは今のままで十分満足してるし、そんなの別にいらない」
マイダード「……そうだな。でも、他に方法がないんだ」
スラヴィ「あー、氷火にかけられた術の話?」
マイダード「知ってたのか……?」
スラヴィ「なんとなく、ね。あいつに触られた時、元女皇の声が流れ込んできたの。その後、帰ってから急に熱が出て……すぐ収まったけど、最近はよく頭痛がするし、おかしいとは思ってたわ」
マイダード「スラヴィ……」
スラヴィ「わたしは破妖剣士よ。いつでも死ぬ覚悟はできてる」
マイダード「おれにはできてないんだよ。あの時は、三人一緒に死ねるならいいと思ってたんだ。けど、スラヴィ一人が逝くのは……」
氷火「ふうん」
マイスラ「!!」
氷火「自分の命を分け与える、か。すごいな、僕なんてたくさん持ってるけど、一つもあげたくなんかないのに。それが『好き』って感情なの?人間って本当に興味深い生き物だね」
スラヴィ「氷火……」
マイダード「お前、よくも抜け抜けと……」
氷火「おっと、僕を傷つけても意味はないよ?スラヴィの寿命が縮むだけだからね。それより、書庫で面白い本を見つけたんだ」
スラヴィ「?」
氷火「その昔、浮城の住人同士の婚姻が奨励されてた時代の話なんだけどね。独身の住人と所帯を持っている住人では、魔性の術に対する耐性がまるで違ったらしいんだ」
スラヴィ「何が言いたいの?」
氷火「うん。つまり、君たちも交わればいいんじゃないかと思うんだ」
マイスラ「」
氷火「少ない可能性だけど、賭けてみる価値はあるんじゃないかな。このまま何もできないよりましだろ?」
マイダード「……」
スラヴィ「……」
氷火「じゃ、僕はこれから『ラス』を探しに行ってくるから。今のは、蜜里から情報をもらったほんのお礼だよ。頑張って」
マイダード「………」
スラヴィ「………」


【女皇との闘い】

ラス「なんだって!?スラヴィにそんなことを……」
氷火「仕方なかったんだよ!あなたの宣言は間に合わなかった。僕だけじゃない、既に人間に手をかけてしまった魔性は数多いたはずだ!」
ラス「それでも……スラヴィは同僚だ。マイダードたちが、彼女をどれほど大切に思っていたか、私は間近で見てきている」
氷火「ま、待って」
ラス「お前を、許すわけにはいかない」
氷火「僕の命!僕の命が!何をするんだ……なんで僕の命が勝手に……!」
ラス「人が人を思いやる心もわからない、未熟者が」
氷火「待ってよ……ああ……それ、返してくれないと……術が解け……」
ラス「術だと?」
氷火「あ、しまった」
ラス「お前、また嘘をついているな!?」


【スラヴィの部屋】

スラヴィ「ZZZZ」
マイダード「ZZZZ」

未羽「あーあ、幸せそうに眠ってくれちゃって……」
蜜里「一時はどうなるかと思ったけどね」
左谷芭「主も肩の荷が下りたようだ」
未羽&蜜里(いたんだ……)
未羽「例の妖貴はどうなったの?」
蜜里「あの方に命を奪われたまま返してもらえないって、拗ねてどこかに行ってしまったわ」
未羽「いい気味よ。スラヴィたちを苦しめた罰だもの、心臓ひとつと言わずもっと奪ってあげれば良かったのに」
蜜里「それで、この二人って結局くっついたの?」
未羽「残念ながら、直前で妖貴が戻ってきてね、邪魔が入ったみたい。あの時のマイダードの顔ったら……申し訳ないけど笑っちゃった」
蜜里「そう……」
未羽「ま、今はゆっくりと寝かせてあげましょう(パタン)」


スラヴィ「ZZZZ」
マイダード「ZZZZ」
オルグァン「ZZZZ]

マイスラ(いたんだ……)






(おわり)




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