・if紅蓮姫奪還チーム結成秘話(原作に忠実ではありません) ・の皮を被ったマイ→スラ←オル。後半ダークです ・『黒と銅』と少し話がつながってます。最初の方、アーヴィヌス×カガーシャ描写あり ・捕縛師'sちゅっちゅ 城長より再三の要請を受けて、オルグァンはようやく重い腰を上げた。 他に引き受ける者がいないのなら、仕方ないだろう。恐らくは上に利用されようとしている、あの子供のことも気にかかる。 オルグァンをここに導いた破妖剣士は、彼が恩返しをする間もなく先に逝ってしまった。だからと言うわけでもないが、道を誤ろうとしている子供を正しく導いてやるのは大人の役目だ、と彼は強く思っていた。 「よく受ける気になったわね」 同僚の破妖剣士が、からかうように告げてくる。 「あなたは、どちらかと言えばマンスラム様派だと思っていたけれど」 他人ではなく、己の中の正義のみを信じている女性に、オルグァンはそうだな、と短く答える。 前任のマンスラムは人望厚い城長だった。正直に言って今の城長含め、上層部のやり方は気に入らない。 ラエスリールとはあまり話をしたことはないが、前城長の養女であり、前々城長の息女である女性が、悪人であるとは思いたくはない。 紅蓮姫を奪って逃走したというのも、推測に過ぎない。きっと何か、事情があるはずなのだ。だから今回の依頼を受けたのは──紅蓮姫を取り戻すためというよりは、真実に近づきたいという気持ちが強い。 あの娘が、逃げずに、自分たちと向き合って話をしてくれさえすれば、そうして素直に謝罪と贖罪を果たしさえしてくれれば、今度こそ彼女に対する悪しき誤解も解ける。魔を滅ぼす唯一の組織であり、無力な民草の拠り所である浮城に、これ以上の醜聞などあってはならない。 ……しかし恐らくマンスラムは、ラエスリールが捕まることは望んでいない。それどころか、護り手とつるんで、義理の娘の逃亡に手を貸している疑いすらあった。 彼女は道を見失っている。アーヴィヌスはそう言っていた。養女を愛するあまり、浮城の民をないがしろにしている、と。 だが、悲しいことにそれを知っていても、オルグァンの幼い頃に刷り込まれた信仰心は消えないし、減らないのだった。浮城に入って初めて出会ったのがマンスラムで、彼女の母親のような温かい笑顔に迎えられたことで、彼の心は確かに救われたのだ。 だから、今回の話も断るつもりだった。どれほどに、これは浮城のためなのだと言い聞かされても、尊敬する前城長の意志に背くような真似をするのは、オルグァンには最後まで抵抗があった。 「どうしてまた、急に気が変わったわけ?」 理由の一つである女性が、何も知らずにそう問いかけてくる。 彼女は、オルグァンほどマンスラムに思い入れはない。ラエスリールに対しても、嫌いだと明言してはいたが、他の女のように陰湿な嫌がらせや無視をすることはなく、そういうさっぱりした性格が彼は気に入っていた。 「今の城長は、アーヴィヌス様だ。それが理由だ」 本心を口にする必要はない。この時の彼はそう思っていた。 彼にとってマンスラムは過去であり、ラエスリールは現在であり、スラヴィエーラは未来であった。 ──迷いは、まだある。過去の崇拝か、未来の希望か。 こんな時に、彼なら何と言うだろうか? 自分を助けてくれた、あの人は……。 ※ 候補として挙がった人物の名前に、また一本の線を引く。 がりがりと髪を掻き毟りながら、アーヴィヌスはふう、と肩を落とした。 「彼にも断られた、か……」 半年先まで予定が埋まっている者を除外すると、こう言ってはあれだが、単体では戦力にならない人物が多い。 有能な者は率先して仕事に駆り出されるのだから、当然と言えば当然なのだが──思いのほか人数が集まらず、彼は一人頭を抱える羽目になった。 上層部も上層部だ。城長とは名ばかりで、厄介な仕事だけをこちらに回してくる。元捕縛師であるアーヴィヌスは、破妖刀にはさほど詳しくはない。紅蓮姫奪還の面子を揃えるなら、まず破妖剣士長のサルディアンが、率先して部下たちに声をかけるべきではないのか? もちろん小心者の彼は、それを口にしはしない。代わりに胃痛だけが増えていく。 「まだ決まらないんですかー?」 アーヴィヌスの寝台を独占している女性が、寝ぼけまじりに尋ねてくる。返事をする余裕が、今の彼には無い。しばらくして、ため息とともに寝台が軋む音がして、彼の肩口に長い黒髪がしなだれかかった。 「邪魔をしないでくれ、今は忙し……」 「あのですねー」 やや緊張感に欠ける声が、耳元でする。 「あたしが思うに、アーヴィヌス様は他人の厚意に頼り過ぎです。浮城の人間全部が、使命感に駆られた高潔な人物、ってわけじゃないんですから」 「それは、充分に承知の上だ。だからこそ成功した暁には、充分な報酬を支払って……」 彼の反論に、黒髪の女性は、ち、ち、ち、と人差し指を動かした。 「わかってなーい。報酬がいいのは当たり前でしょう、危険すぎる任務なんだから。そうじゃなくて、引き受ける側にしてみれば、もっと別の見返りが欲しいって事です」 アーヴィヌスの目が曇った。確かに、金銭をちらつかせるだけでは人は動かない。けれど浮城の民一人一人が何を望んでいるかなど、城長になりたての彼には、把握することは難しかった。 「そこであたしの出番ってわけですよ。これでも情報通で通ってますから」 自信に溢れた口調で言うと、黒髪の女性──カガーシャは彼の肩越しに、名簿をめくり始めた。今は浮城にとって好ましくない出来事の連続だというのに、彼女の瞳は力強さを失わない。その若さと活力がアーヴィヌスには妬ましかった。 「私がもう十年若ければ、率先して紅蓮姫奪還を……」 見苦しいとも取れる彼の言葉を、カガーシャが悪気なくばっさりと斬る。 「寝言は寝台の中だけにしてくださいね、アーヴィヌス様。ええと、この彼なんかどうです?」 彼女の白い指が、ある人物の所で止まる。 アーヴィヌスが見落としていた相手を、たまたまカガーシャが指し示したことが気に入らず、彼は眉を顰める。 「彼か……いや、しかし……」 「駄目なんですか?」 「駄目ではないが、彼は今、別の依頼が入っていてな」 「じゃあ、そっちを断ればいいじゃないですか」 カガーシャの無邪気な問いかけに、彼は口を噤む。 この名前を見落としていたのは、果たして偶然か。有名人であり腕利きの捕縛師である彼は、その名前が筆頭に挙がっていてもおかしくはなかった。それなのにカガーシャが指摘するまで、アーヴィヌスは彼の存在を忘れていた。 これは、偶然か?神が故意に、この男は避けよと命じているのではないか? 馬鹿げた考えだと思う。単に、疲れが溜まっていて見過ごしただけだろう。……ただ、上手く言えないが、とても嫌な予感がするのだ。 長年の経験による勘が、アーヴィヌスの表情を曇らせていた。 ※ 透明な液体が入った小瓶を、マイダードは天井に向かって翳した。 見たところ、何の変哲もない水のように見える。いや、少しだけ粘性があるから、糊を溶いた水、か? どちらにせよ、彼が抱いていた『それ』の印象は、実物とはだいぶ違った。 「こんなものが本当に効くのか?シャーティン」 うろんな目を向けるマイダードに、同僚の青年は声を潜めて告げた。 「疑うなら、返してくれていいぞ。こいつはもともとおれのために送られてきたものなんだからな……それを安価で譲ってやるって言うんだ、いい話だろ?」 マイダードの部屋の中だから、第三者に聞かれる心配はない。話の内容が内容だけに、互いの声は自然と小さくなる。 「金を出して買うんだから、譲るとは言わないな。それに量が思ったより少ない。出来れば現物より処方箋が欲しいんだが……一度失敗したら、やり直しは効かないってことか」 薄茶色の瞳を細めながら、彼は呟く。その暗い表情の意味をこの友人は知らないし、教える必要もない。 「文句の多い男だな!これを使って連戦連勝のおれが言うんだから、間違いない。だいたい、お前に嘘をついたって得なことなんてないだろう?」 数年前の事件で大怪我をした後、奇跡的に復活を遂げたシャーティンの熱弁が、部屋に響く。 彼はマイダード同様、そこそこの腕を持つ捕縛師で、得意先もそれなりに抱えていた。例の事件の際、彼の危篤を聞きつけた得意先が、「ぜひこれをシャーティンさまに」の一筆を添えて、何やら大量の怪しい薬を、箱ごと送りつけて来たことは記憶に新しい。 「……うん」 上の空で聞いていたマイダードが、視線を正面に戻す。既に暗い影は消え、いつもの笑顔に戻っていた。 「わかった、買う。いくらだ?」 コンコン、と扉を叩く音がする。 やましいところのある青年二人は、慌てて机の上の硬貨や薬品類を片付け始めた。 「今回は銀貨三枚で勘弁してやる」 「じゃあ、取引成立って事で。これが金だ」 「おう。またいいのが入ったら横流ししてやるよ。どうせ検閲なんてされないしな」 「もしもしー?マイダード、いる?」 「いるよ。入っていい」 いくつかのやり取りの後、部屋の扉が開き、同僚の女性がすらりとした立ち姿で現れた。その脇を横切るようにして、布の袋を抱えたシャーティンが去っていく。 「あら、お取り込み中だった?ごめんなさいね」 物も言わず去っていくシャーティンの後ろ姿を見送ると、カガーシャは部屋の中のマイダードに向き直った。その瞳が室内をくまなく見回しているような気がして、彼は目を逸らす。 悪い女性ではないのだが、カガーシャは口が軽い。今の状況を詮索されないためにも、話を逸らす必要があった。 「何の用だ?」 「……あ。ええと」 カガーシャが軽く瞬きをした。これは──失敗したかも知れない。 無駄話の大好きな彼が、女性に対してこのようなそっけない言い方をすること自体が、彼女にとっては疑いの材料になる。証拠に、カガーシャの目が再び、去って行ったシャーティンの方角を向く。 女というものは、噂話が大好きな生き物だ。この女性は特に、他人に対する関心が著しく強い。たまにその無遠慮さに辟易することもあるが、余程立ち回りがうまいのか、誰かから恨みを買っている様子はなかった。 マイダードは軽く息をついて、既に目を輝かせている彼女のために、嘘の準備に入る。 「あー、ちょっと体調が悪いんで、シャーティンの薬を分けてもらってたんだ。ほら、おれって特異体質だし」 しかし、彼女の目の輝きは止まらない。 「うんうん。それで、付き合い始めたのはいつからなの?」 何か、激しく誤解をしている。 シャーティンとの会話の詳細をしつこく聞きたがる彼女の会話を遮って、「城長が呼んでいる」と言う本来の用件を聞き出すのに、実に数十分ほどを要した。 ※ 「お断りします」 アーヴィヌスの要請を、刺青のマイダードはあっさりと蹴った。 予想はしていただけに落胆はしなかった。城長の命令は絶対、しかし今のアーヴィヌスの地位が非常に不安定なのも確かだ。 上層部の傀儡と、陰口を叩かれているのも知っている。だからこそ、部下にもこのように舐められる。 「おれは破妖刀のことはよくわからないし……あ、アーヴィヌス様もそうでしたか。既に二人の破妖剣士が選出されたと聞きました。これ以上人数増やす必要もないでしょう?」 軽い口調ながら、ちくりと胸に突き刺さるようなことを言ってくれる。 彼の言う通り、捕縛師である彼には紅蓮姫に関する知識もなく、破妖刀に触れる機会すらあまりない。彼自身も、破妖刀には興味を引かれないようだ。しかし、だからこそ冷静な判断が下せるのではないか、とは、愛人であるカガーシャの弁である。 破妖剣士は自らの破妖刀に対して特別な思い入れがある。ゆえに、最強の破妖刀である紅蓮姫の使い手であるラエスリールには、多かれ少なかれ、嫉妬に似た感情を抱いている。 だが、マイダードにはそれがない。紅蓮姫に関心の低い彼ならば、あの個性の強い二人の緩衝材になるのではと──それに。 「正確には、違うな。三人だ」 これは初耳だったらしく、マイダードが片眉を上げた。 そう、未だ公表していないが、アーヴィヌスがこれまで選出したのは三人の人物である。一人は氷結漸の使い手であるオルグァン、一人は夢晶結の使い手スラヴィエーラ。 そして上層部が最も邪な期待を抱いているのは、『螺旋杖』を操る捕縛師、リメラトーンであった。魔性を憎み破妖刀を渇望する彼の野心を、紅蓮姫奪還に利用できないか、というのが彼らの総意だ。 「あのお嬢……いや、坊やと、旦那と、スラヴィが……?」 マイダードにとってその面子は、よほど意外だったらしい。いつも余裕を崩さない表情が、驚きのままに固まっていた。 青年の驚愕に、アーヴィヌスは少しだけ溜飲を下げた。カガーシャは、捕縛師の交友関係もだいたい把握していた。スラヴィエーラの名前を出せば考えが変わるかも、と冗談めかして囁いたのだ。 「そうだ。見知った者だけで固めたから、君もやりやすいだろう。他の二人とともに、裏切り者の手から紅蓮姫を取り戻して欲しい」 重ねて懇願すると、マイダードは既に決意を固めた顔をしていた。 「わかりました。この仕事、受けます」 「そ、そうか……」 あっさりと前言を翻す彼に、アーヴィヌスは拍子抜けした。 やはり、自分の思い過ごしだったか。彼は見た目通り単純な性格で、裏などないのかも知れない。 人体に直接魔性を封じる彼の体質もあって、どこか不気味な存在、と、彼のことを色眼鏡で見ていたのかも知れない……。 「では、近いうちに四人の顔合わせを行う。いいな?」 ※ 中庭では白銀の髪の少年が、素振りを行っていた。 まだぎこちない所作だが、全身に覇気が漲っている。捕縛師であるのに、常に木刀での稽古を怠らない。魔性に対する憎しみと、姉を魔性に奪われた恐怖が、少年をそうさせているのだ。 オルグァンにも覚えがある。村を魔性に襲われ、為すすべなく野垂れ死にそうなところを、浮城の破妖剣士に助けられた恩は一生忘れない。 少年から少し離れた位置で、どう声をかけようか迷っているオルグァンの肩を、ぽん、と叩く者があった。 「久しぶりだな、旦那」 「……マイダード」 刺青の青年は、物思いに沈む彼の本心に、果たして気づいていたのだろうか。 「相談があるんだが、ちょっといいか?」 ※ 「スラヴィ、本当にいいの?あの方たちを敵に回すなんて……」 いつまで経っても護り手が渋るので、スラヴィエーラは苛々していた。 夢晶結の手入れもそこそこに、空中に浮かぶ護り手を睨みつける。 「なーにが、あの方たち、よ。今のあの娘とその護り手は、浮城にとって裏切り者なのよ!?わたしは浮城の正義のために、決められた任務を果たすだけよ」 護り手の未羽が、自分を心配してくれているのはわかっているが、強い者にのみ敬意を払う魔性の習性は、正直に言って理解に苦しむ。人間にとって本当に必要なのは優しさや思いやりの心であって、人を傷つけ殺める強さではない。 「でもねえ……スラヴィは可愛いし強いけど、はっきり言って絶望的っていうか、うん、生きて帰れる可能性はほぼないかも」 ひらひらと空中を舞いながら、護り手は客観的な判断を下す。スラヴィエーラには、その助言に頷けないだけの理由があった。 「そんなの、やってみなければわからないでしょう!?自分から行動も起こさないで文句だけ垂れてる連中には、もううんざりなの!」 城内で飛び交う噂。ラエスリールの陰口と、仕事量に対する不満。浮城内の空気は明らかに悪くなっていた。かけられた容疑をそのままに、ラエスリールが逃亡したせいだ。 前城長を含め、ラエスリールの味方を気取る連中は、揃いも揃って口を噤む。情報を隠しておきながら、ラエスリールに対する理解だけを、無言の重圧として押し付けてくる。 スラヴィエーラにはそれが気に入らなかった。何も言わず、教えてくれず、面倒事を全て押し付けておいて、それで判って欲しいなどと、虫がいいにもほどがある。 こうしている間にも魔性の被害は増え続けているというのに──紅蓮姫はここにはない。人々が苦しんでいるのに、夢晶結だけでは、救える人数には限りがあるというのに。 彼女は破妖刀を持ったまま消えた。多くの人々を救える力を持ちながら、浮城の人間としての義務を放棄し、護り手と逃亡したのだ。 「嫌なら、未羽は残ってもいいのよ?治療はオルグァンの護り手にでも頼めばいいし……」 主に似て、無口で実直な護り手、左谷芭の存在をちらつかせると、未羽が慌てたように腕にしがみついてくる。 「ああっ、嘘、嘘!スラヴィ大好き!!」 スラヴィエーラは苦笑しながら、少女の姿をした護り手の羽を撫でる。 ラエスリールを傷つけたいわけではない。ただ、どうしても聞きたかった。何故、人を裏切って平気でいられるのか、何故他者に対して、あそこまで頑なに心を閉ざし冷酷でいられるのか、と。 彼女の出奔により浮城は信用を失い、多くの人間が傷ついた。魔性の血を引く彼女の出す答えに、人間である自分が納得できるとは思えないけれど。 膨大な仕事の量に喘いでいる、数多の同僚のためにも、紅蓮姫は必ず取り戻す。そう、胸に誓っていた。 ──おわり── 戻る [*前] | [次#] ページ: |