書庫 妖主の動く城・前編(闇主×白煉、ギャグ)


・一応原作時空ですがギャグです
・キャラ崩壊、幼女化した白煉がいます
・闇主が白煉に気があるような素振りです(好きな人に嫌がらせする的な)
・『千紫万紅』と少しつながってます(過去に戦って以来気が合っている〜のくだり)


↓大丈夫そうな人はどうぞ





そもそもの始まりは、息子のこの一言だった。

「母ちゃんの城ってさあ、名前なんての?」

翡翠の妖主が消滅した直後、居城に転がり込んできた息子のために、日々特訓を繰り返していた頃のことである。
人間などという下賤な種族と馴れ合っているせいか、妖主の血を引く者としての威厳に欠ける息子の問いかけに、白焔の妖主は首を傾げたのであった。

「名前……とな?」

聞き返したのは、息子の問いが理解できなかったからではない。記憶を探るだけの時間を稼ぐためだった。
「うん、そう」
こくりと頷き、息子は無邪気に続ける。
「父ちゃんの城が璃岩城でー、兄ちゃんの城が虚空城、翡翠の妖主の城が翠譚宮。んでもって確か、姉ちゃんの弟が拵えた城は……金砂宮、だっけ?」
息子にしてみれば、長年の疑問をさしたる考えも無く口にしたのに過ぎない。
それがきっかけで、愛する──本人は否定するだろうが──母親が窮地に立たされるとは、想像もしていなかっただろう。
「でも母ちゃんの城の名前は、聞いたことがないなと思ってさ。良かったら教えてくんない?」
その時、自分はさぞかし険しい表情をしていたのだろう……と、思う。
平静を装ったつもりでも、知らず、眉間に深い皺を寄せ、口元は歪んだ笑みを形作っていた。
普段は憎らしいほど大人ぶった息子が、顔を引きつらせ、後ずさりしていたほどだ。
「か、母ちゃん?」
相手の機嫌を損ねてしまったのが判ったのだろう。息子は、椅子から腰を浮かす。
「情けのない……」
辛うじて紡ぎだした一言は、かなり苦しいものだった。
「は?」
すい、と指を伸ばし、白焔の妖主は錦糸の如き髪を梳き上げる。その刹那、周囲の闇に、蛍火のような光が散った。
優雅な所作に見とれている息子に、彼女は容赦ない一言を浴びせる。
「妖主の息子ともあろう者が、母親の居城の名も知らぬと?」
「だ、だからそれは、母ちゃんが教えてくれないからだろう?なんだよ、わざわざ隠すって事は、そんな変てこな名前なわけ!?」
「隠してなどおらぬ。単に、そなたが忘れているだけではないかえ?」
それは嘘だった。が、素直すぎる息子は、「そ、そうだっけ?」と真剣に考え込んでいる。
「そうじゃ。妾は確かに教えたはずじゃ。思い出せぬということはそなたの知能に欠陥があるのに相違ない」
「欠陥!?」
あからさまに衝撃を受けたような顔をして、息子がのけぞる。多少気の毒に思わないでもなかったが、これも修行の一環と思うことにした。相手の言葉に逐一惑わされているようでは、上級魔性との心理戦には勝てない。
「で、でも本当に知らねえしっ!兄ちゃんも父ちゃんも、『あいつの城』とか『あの方の城』とか言ってるから、てっきり名前が無いものかと思うじゃんか!」
息子の主張はもっともであった。知らぬという事は決して恥ではない──知ろうとしない事こそが恥である。
それが判るからこそ、彼女は大仰に溜め息をついてみせる。
「全く、思い込みが激しいのは父親そっくりじゃ。言ってもおらぬことを言ったと言い張ったり、教えたことを知らぬと言い張ったり、と……」
自らの失態を隠すためならば、魔性はいくらでも嘘をつく。それは、妖主のみならず下級魔性にも共通して言えることであった。
「教えたそばから忘れてしまうのでは、折角の修行も無意味というものではないかのう?」
とどめの一言に、息子は顔色を変えた。
大切な存在を護るために、力が欲しい──その決意が彼をこの場に留めていたのだ。母親から技術を習得し、またあの娘の元に帰ることが、今の彼の目標だった。
それを打ち砕かれてはたまったものではない、と顔に書いて、息子は立ち上がった。
「わ、判ったよ……」
まだ納得がいかない風ではあったが、取りあえず聞き出すことは諦めたらしい。
「今度来るまでに、絶対思い出すから……当たってたら、誉めてくれよな。じゃあなっ!」


賑やかな息子が風のように去った途端、白焔の妖主はふう、と息をつき、背もたれに背中を預けた。陽炎で拵えた椅子は、彼女のなだらかな肢体に合わせて自在にその形を変化させる。

「我が君……」
背後から、遠慮がちな声がかけられる。
うるさげにそちらへ目を向ければ、彼女の片腕たる妖貴の女が近づいてくるところだった。
「覗き見かえ、焔矢」
趣味が悪くなったものよのう、と付け添える。
女はしきりに恐縮したが、それでも、己の言いたい事は明確に口にした。
「申し訳ございません……ですが、若君があのように我が君自身に御関心を持たれるのは、滅多に無いことゆえ、つい…」
「そうじゃの」
白煉はつまらなさそうに相槌を打つ。
明るく屈託の無い性格に見える息子であったが、まれに驚くほど冷酷な面を見せることがある。肉親に対してもそれは同じであった。
好意の反対は、悪意ではなく無関心である──と言ったのは、誰であったのか。仮にも血を分けた父親や母親のことをあまり知ろうとせず、滅多に連絡も寄越さない。たまに用事があるかと思えば、大抵はあのラエスリールという娘がらみであったり、あるいはもう一人の金髪の小娘に絡むことであったり。
気まぐれに現れては、助力や小遣いをねだる不良息子。邪羅に関してはそんな印象がある。
もっとも、白煉の方も息子を駒か小動物のようにしか考えていないのだから、お互いさまと言えるのかも知れない。
「良い傾向ではございませぬか。若君は我々にとっても大切な御方……最初は物珍しさで人間との遊戯に興じたりもなさったようですが、さすがにそろそろ飽きたのでしょう」
そう告げる焔矢の顔には、どこか安堵したような感情が見受けられる。魔性の貴種が母親にも父親にも師事せず、浮城などという汚らわしい場所に行き来している様は、他の妖貴達のからかいの的になっているのだ。
「そなたは、あの者がいずれ妾の元へ戻って来ると考えておるのか?」
気乗りしない様子の主人に対し、焔矢は強い口調で告げる。
「勿論です。若さゆえ、手近な娯楽に惑わされる事もおありでしょうが……いい加減、白の若君としての自覚を持って頂かなくては困ります」
「自覚……とな」
苦笑する。
己に妖主としての自覚があるのかと問われれば、自信が無かった。
いや、自覚に欠けている者は他にもいる。追い縋る配下を振り払い、血飛沫と憎悪と、悲嘆の声を背中に受けながら、それでも高らかに笑っている、あの紅の男───。

ぱちん、と指を鳴らす。
陽炎の椅子は消滅し、代わって絹の上掛けが肩を覆った。
「我が君?」
跪いていた焔矢が慌てて立ち上がる。主人が出かけるつもりなのを悟ったのだろう。
「しばし、留守にするが……頼むぞ」
焔矢は艶やかな黒髪を床に垂れ、静かに頷いた。




場所は、虚空城跡───見渡す限りの巨大な岩石の数々、浮遊する瓦礫のとある一点に、その男はいた。
命数を減らしても、色褪せるどころか深みを増したようにさえ思える、その真紅の髪と瞳。長身の体躯は飾り気のない黒衣に包まれ、一糸の隙も見せない。
男は白焔の妖主の姿を見つけると、整った顔立ちをわずかに綻ばせた。
「よう、白煉か」
彼女の表情から、今は事を構える気がないのを悟ったのだろう。千年以上もつきあっていると、お互いの思考が読めてくるものだ。
岩石から降りた男は、まるで進路を塞ぐかのように、傲然と彼女の前に立つ。
「だいぶ育児疲れしているようだな。出来の悪い息子を持つと、さぞかし苦労するだろうよ」
深紅の瞳に、意地の悪そうな光が浮かぶ。
「何ならおれが躾け直してやってもいいぞ?」
相変わらず、相手を不愉快にさせることにおいては右に出る者はいない男だ。怒りに眉間を引きつらせつつ、白焔の妖主は反撃の言葉を紡いだ。
「そちらこそ、小娘のお守りは順調かえ?様子はたまに覗かせてもらっておるが、柘榴の妖主ともあろう者が、未だにあんな小娘の操ひとつ奪えぬとは、まこと哀れで滑稽なことじゃ。このままでは、そなたの言うところの『出来の悪い息子』に先を越される日も近いかも知れぬのう」
ほほほ、と笑う。
今度は相手のこめかみに「ぴき」という音が走った……突いてはならない一点を突いてしまったらしい。
してやったりと微笑む白煉に、柘榴の妖主は渋い顔で告げた。
「それで、おれに何の用だ?」
どうやら、有効な反論が思いつかなかったらしい。ますます気を良くした彼女は、「うむ」と笑んで言葉を続けた。
「そなたに、少々聞きたいことがあっての」
「聞きたいことだって?」
深紅の男が片眉を上げる。不愉快と疑問が半々に混じり合った、奇妙な表情だった。
このような事を相談できる者は、他にはいない。
恥を晒すことになるから、配下の妖貴にはとても言えないし、紫紺の妖主は論外だ。翡翠の妖主はとうに鬼籍に入ってしまったし、金の妖主の姿はここ数年見たことも無い。
となれば、例えどんなに極悪非道、厚顔無恥、人を人とも思わぬどころか同胞さえも気まぐれに手をかける男であっても、拠り所としないわけにはいかないのだ。
ただし、この男に安易に弱みを握らせるほど、白煉は愚かではなかった。
本来の目的を悟らせぬよう、遠まわしに、用件を口にする。
「妾の城についてなのじゃが。近いうちに、名を改めようかと考えておる」
「ほう?」
男の眉が、興味深そうに上がった。しめしめ───釣り針に魚がかかった心境で、彼女は内心舌なめずりをした。
「どんな名が良いか、そなたの意見もぜひ参考にしたいと思うてのう。『虚空城』の名はそなたがつけたのじゃろう?」
「ああ、そうだが」
「時を操るそなたに相応しい、まこと良き名じゃ。それに比べて妾の城の名はどうも、威厳に欠けると言うのか、いまいちに思えてのう……」
敢えて殊勝を装い、肩を落としてみせる。
男は、白煉の様子に何か感じるものがあったらしい。珍しく、優しい声をかけてくれた。
「そうでもないぞ。おれはいいと思うがな」
よしよし──ほくそ笑みながら、彼女は針にかかった魚を徐々に引き上げる。
「そうかえ?では、どの辺りが良いと思うのじゃ?」
「お前の厳格さがよく出ているじゃないか。語感も、字面も悪くない」

語感……字面……
その言葉を手がかりにしても、頭の中に思い浮かぶものは、何もない。
そう、白煉の目的は、城の命名などではない。これは一種の作戦だった。
「そのような要領を得ぬ事を言わずに、具体的に示してくれぬか?そうじゃ、ここに」
掌に白焔を生じさせる。やがてそれは薄い板と白墨を形作った。
「城の名前を書き、解説を」


「覚えていないのか」

ぐさりと突き刺すような一言が返ってきたのは、その刹那──。
男に筆記具を渡そうとしていた彼女は、雷にでも打たれたように動きを止めたのだった。
「お前、自分の居城の名前を、覚えていないのか?」
一字一句、釘を打つかの如く、柘榴の妖主は告げた。
その口元に、非常にいやらしい笑みが浮かぶのに、さほど時間はかからなかった……。
「な、何のことじゃ?」
しまった、焦りすぎたか……そんな態度が露骨に出てしまった己を責めながら、白煉は板と白墨を消去した。
柘榴の妖主はにやにやと笑いながら、形勢逆転とばかりに語調を強める。
「とぼけんなよ。このおれが、そんな簡単な誘導尋問に引っかかるとでも思ってんのか?」
指を伸ばし、彼女の乳白色の髪のひと房を掴む。
「ったく、素直に教えてくれって言やあいいものを……そんなにおれに借りを作るのが嫌か?」
屈辱に、唇を噛む。指先で髪が弄ばれるのを、どうする事も出来ず、彼女は俯いた。
悟られた以上、観念するしかなかった。柘榴の妖主は一度捕らえた魚を逃がす事は決して無い。
「そなたの言う通りじゃ……」
恥ずかしい話だが、息子に居城の名を聞かれるまで、その事実に全く気づかなかった。
恐らく、紫紺の妖主──あの忌ま忌ましい若造の術中に嵌まった際、白煉としての記憶の一部が欠如してしまったのだ。
人間の女、ガーラとして生活していた頃……偽りの上に築かれた日々。
思い出すのも憎らしいというのに、これ以上の失態は口にしたくは無かったのだ。
息子には嘘をつく形になってしまったが、その事で心を痛めるほど善良でもない。
そして、善良でないのは目の前のこの男も同じであった。
「妾は居城の名を失念しておる……その事実認めたくないが故、こうしてそなたの元に参った」
素直に尋ねることの出来る性質ではないため、うまく答えを引き出そうと思ったのだが、失敗に終わった。
「妾の負けじゃ。好きに笑うがいい」
開き直ってそっぽを向く妖主を、男は楽しげに笑い飛ばした。
「おいおい、なんて顔をしてやがる。言っておくがな、おれだって鬼じゃない。知己が困ってりゃ、手を貸すことぐらいはしてやるよ」
鬼ではない、とは……鬼畜の具現化のような男が言っても、まるで説得力はない。
そう思って顔を向けた白煉は、男が掌を自分の頭に向かって、そっと翳すのが見えた。

「何を、しておる……」
「ん、ちょっとな。術をかけてやった」
がくん、と目線が下がったのは、その直後のことだった。
目の前に居た筈の男が姿を消し……いや、膝の部分だけが見える。
「な、に」
何が起こったのか判らず舌を動かすと、まるで別人のような幼い声が唇から飛び出した。
「なにを するの じゃ」
思わず喉を押さえる。視界に入った指は短く、動かす頭は妙に重く感じられた。
「どうだ?何か思い出せたか」
よく知った声が、遥か上から降ってくることに、彼女は驚愕した。
膝から視線を上げると、頭の重さに足が耐え切れず、ぺたんと尻餅をついてしまった。
「おぬし いつから そんな に せが」
紡ぎだされるのは、舌足らずな言葉でしかない。
この男が、隙を見せた白煉に何らかの術をかけたことだけは判った。
「よ く も !」
炎を放とうとしたが、両の手から出るのは細い煙だけで、それもすぐにプスプスと音を立てて消えてしまった。
愕然として掌を見つめる白煉に、男は追い討ちをかける。
「無駄だ。お前は今、産まれたての『子供』なんだよ。満足に術が使えるはずもない」
その言葉に彼女は顔色を変えた。
「な んじゃ と!!」
そう言えば、この男は好んで幼女の姿を取っていた時期もあった。元は翡翠の妖主に嵌められたことがきっかけだったらしいが、それを屈辱に思うどころか擬態として利用してしまうところが、いかにもこの男らしい。
元より時間を操る柘榴の妖主、その術を応用させれば、相手に用いることも可能──。
現実を悟った彼女は男の足に噛り付き、喚きたてる。
「もど せ! わらわ を もど せ!」
男とは長い付き合いだ。互いに憎まれ口を叩くことはあったが、それは相手に心を許しているからこそ。弱みに付け込まれ、このような目に遭わされる覚えはない。
「確かに、お前のことはかけがえのない友人だとは思っているが」
白々しい台詞を口にしながら、男は白煉の小さな身体を、ためらうことなく蹴り転がした。
態勢を崩す──が、転びはしない。この男もそれは承知の上だろう。何故ならここは崩壊した虚空城跡、目を見開いた白煉の体は宙に浮いただけだ。

「おれのラスに火傷を負わせたこと、忘れたわけじゃあるまいな?」

そうだ、思い出した。この男は、己の過ちはさっさと忘れるくせに、他人のした事は、例え何年昔のことであっても、いつまでもいつまでも根に持つ性格だったのだ……!
「お、のれ…… ざくろ  のっ…… !!」
幼児退行のため、力も満足に振るえない白煉は、辛うじて自由になる口で怨嗟を吐き出すのが精一杯だった。
「だが、やはりお前は凄いよ。咄嗟におれの術の一部を弾いたってわけか」
さすがは白焔の妖主、と、感心したような素振りを見せながら、男は『子供』の襟首を捕まえる。
「は はな せ!!」
じたばたと暴れる子供を摘みあげ、男は意味ありげに笑う。


「心配するなって。じき、動き始めるぞ?お前の城が」





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