※多分、これが初めて書いた破妖小説です iモード時代、魔法のiらんどの小説機能を使っていました 「母さま、母さま!この実はなあに?」 光の中、木々の緑と戯れる我が子がいる。 その琥珀の瞳は利発そうに輝き、未知のものを映し出すたびに大きく見開かれるのだった。 魔王の許に嫁ぐと決めたあの時には、決して子供は産むまい、とチェリクは思っていた。 かの男が彼女へ向けるのと同等の愛情を、子供達にも注いでくれるとは到底考えられなかったし、何より浮城の長として広く世界を見渡してきたチェリクは、世に半人半妖と呼ばれる人種が世間でどれほど凄まじい迫害を受けているかを熟知していた。 辛い思いをさせることが解っていて、どうしてそれができよう? 「母さま、母さまっ」 無邪気にはしゃぎまわる娘を見ていると、目頭が熱くなってくる。 あの晩、子供が出来たことに気付き取り乱すチェリクを、夫は静かに抱き寄せて言った。 「困る、と……?」 目を真っ赤に腫らし、そんな夫に食ってかかる自分がいた。 当たり前でしょう、と。 私たちの犯した罪に、この小さな命まで巻き込むつもりなの、と。 泣き喚く彼女の背中を夫はずっと撫でてくれていた。 嗚咽が止むと、あの美しい金の瞳にそっとチェリクの姿を映した。 「困ると?このような不甲斐ない男の子供など、産みたくはないと……?」 声に宿る哀しげな響きに、気付かぬ振りをする。この男のいつもの手段だった。 だが胸が苦しくなるほど魅惑的な瞳で囁かれても、彼女の決意は変わらぬ……そのつもりでいた。 夫が懐から、朱金の鈴を出すまでは。 「何よ?そんな玩具でごまかされるほど、わたしは幼くは」 なおも言い募ろうとした時、その鈴がしゃらんと音を立てた。 それは足飾りと呼ばれる装身具で、産まれたばかりの赤子の足首に巻き付けて誕生を祝うものだった。 女ならば鈴、男ならば珠を結ぶのが一般的とされている。 「産まれるのは娘だ。楽しみにしていてはいけないか?」 顔を寄せ、伺いを立ててくる夫に、チェリクはまたしても泣きそうになった。 「人間の作った風習など、下らないのではなかったの?」 「我が子のためだ」 夫は短く答えた。 その広い胸に顔を埋めながら、彼女は自分の負けを悟った。 今から考えると、あの時ラエスリールを産むことを断念していたら、自分は今頃死を選んでいたかも知れない。 夫との生活は楽しいことばかりではなかった。だが今はこの子がいる。 血を分けた愛しい、大切な……。 「ラス」 その名を呼ぶ。 「なあに?母さま」 あなたの幸せが、わたしの幸せなのよ。 木漏れ日に目を細め、チェリクはそう呟くのだった。 ──おわり── 戻る [*前] | [次#] ページ: TOPへ |