書庫 人殺しの末路1(鬱金完結後if)


※鬱金完結後を想定したお話
※『千紫万紅』とつながってます
※主人公はオリキャラ
※雛を倒した後も魔性は滅びず、以前と何も変わらない世界
※名前のある破妖剣士は全員亡くなってます
※闇ラスが浮城に戻らず、旅をしながら所帯を持ってる設定
※死にネタ注意
※主人公『も』ハッピーエンドではありません


大丈夫そうな方はどうぞ↓






「ラエスリール」
とその少女は名乗った。
何の因果か、マンスラムがかつて養女に迎えた娘と同じ名前だった。
無論、容姿そのものは似ても似つかない。ラエスリールの漆黒の髪に対し、この少女のそれは雪のような純白、瞳は空色である。
背も低く、全体的に小柄な体つきであった。その華奢な腕に抱えるのは、一振りの刀──破妖刀。
紅蓮姫ほどの光輝はないが、淡く不可思議な輝きを放ち、少女から片時も離れまいとしているのがわかる。

「まあ、まあ……」
十年前に送り出した養女が戻って来た、そんな錯覚を覚えながら、マンスラムは破顔した。
かつての親友チェリクは浮城を去り、娘のラエスリールが養女となった。そのラエスリールも柘榴の妖主とともに行方不明になって、今度は彼女と同名の破妖剣士が現れたのだ。
数奇な運命──神の悪戯。少なくとも、この時のマンスラムはそのような呑気なことを考えていた。
「遠路はるばる、よく来てくれたわね。我々はもちろん貴女を歓迎するわ、ラエスリール。破妖刀に選ばれたあなたは、それだけで浮城の住人となる資格があるのですから」
背後でアーヴィヌスが盛大に顔を顰めた。また、城長の悪い癖が出た……そう思われているのを知りながら、彼女は敢えて素知らぬふりを決め込んだ。
ここ数年、マンスラムは悩んでいた。多くの破妖剣士、捕縛師を死地に送りながら、高齢の自分だけが病を克服し、おめおめと生き伸びてしまったことに。しかし、それもこの少女と出会うためだったのだと、今なら確信できる。
破妖剣士は今や稀有な存在である。破妖刀のみならずそれを操る剣士たちも、先の大戦でその多くが鬼籍に入ってしまった。突然現れたこの少女を浮城に迎え入れるのには、十分な理由があった。

「……私を、ここに置いて下さるのですか?」
思いもよらぬ歓迎を受けたことに、少女──ラエスリールは戸惑っているようだった。
マンスラムが口を開くまで、この部屋の他の住人──上層部の面々は、一様に険しい顔をして少女を見つめていたのだ。てっきり冷たく追い払われるものと思っていたらしい。
「ええ、そのつもりよ。ただ……」
「ただ?」
訝しげに問いかける少女に、マンスラムは深くため息をついた。
「あなたの名前のことで、あらぬ誹りを受けて気を悪くすることがあるかも知れないのだけれど、それは覚悟しておいてちょうだいね」
浮城におけるラエスリールの評判は、最後まで決してよろしいものとは言えなかった。その上、柘榴の妖主と出奔、その後の消息は不明と来ている。
あの娘のこと、便りはなくとも、どこかで幸せに暮らしていると信じたいが──そう願っている者ばかりではない、という話だ。
名前が同じなだけの赤の他人とは言え、破妖剣士となるからにはその手の中傷は避けられまい。私が守ってやらねば、とマンスラムは決意を新たにした。
「……そう言えば、噂には聞いたことがあります。浮城には以前、最強の破妖剣士がいたとか。私と同名の、美しく強い方だったとか。確かに、そんな方と新入りの私が同名では、まるで襲名のようで気を悪くされる方もいらっしゃるかも知れませんね」
少女の推測は半分当たっているが、半分は外れている。ちらりとアーヴィヌスに視線をやると、彼は乱暴に咳払いした。
「では、改名を考えてはくれんか。我々としても、何の罪もない君が先人の所為で誹りを受けることには憤りを感じる。別人となって一からやり直すのも良いとは思わないかね?」
先人の所為、という言い方に少女は不審な顔をした。浮城に功績を残したラエスリールを非難するような口ぶりに、違和感を覚えたのだろう。
マンスラムとしては、彼女の名前に運命を感じているから、本当は改名などさせたくはない。だがアーヴィヌスの言うことにも一理ある。ラエスリールが孤立したのは、マンスラムが養女という破格の待遇で迎えてしまったせいでもある。そのことに彼女は今さらながら責任を感じていた。二の轍は踏みたくはない、彼女自身に判断させるべきだろう。
「改名……ですか。そうですね、どのみち、私の過去を知る者は誰もいませんし。生まれ変わったつもりで、新しい名を頂くのもいいのかも……」

少女の住んでいた村は、上級魔性に滅ぼされたのだと聞いた。村に伝わるこの破妖刀を抱えて、命からがら逃げのび、十八になるまで各地を放浪していたのだと。
浮城の住人としては、特に珍しい身の上話ではなかった。だから、マンスラムたちはこの時は考えなかったのだ。
まさか、この後の少女の発言に、その場にいた全ての人間が、凍りつくことになるとは。
夢にも思わなかった──。





「柘榴の妖主を倒しました」

破妖刀『闇月輪』を抱えた少女が、静かにそう告げた時。
ざわついていた室内は、水を打ったように静まり返った。

そんな馬鹿な──。
誰もが耳を疑ったが、少女の静かな口ぶりは、嘘偽りを述べている風でもない。故郷を失くしこれから浮城に迎え入れられようというのに、冗談を言うほど礼儀知らずでもないだろう。
それでも、マンスラムは少女の言葉を、真実と受けることはできなかった。何故なら柘榴の妖主の傍らには、誰よりも愛しく思うあの親友の忘れ形見が居たはずで。かの男が滅ぼされたと言うのなら、彼女も既にこの世の人ではないと思う他なかったからだ。
認めるには痛みを伴う。けれど、耳はどうしようもなく少女の次の言葉を追ってしまう。癒えたはずの腫瘍の痕が、また疼いてくるような気さえしていた。

「あの男は」
闇月輪を固く握りしめながら、少女は呟いた。
「私の村を、国を滅ぼし、多くの人々を殺しておきながら、奥さんや子供と幸せに暮らしていました。私にはそれが許せなかったんです」

ざわめきが室内に広がった。上層部の、特にアーヴィヌスの視線が、マンスラムに注がれる。我ながら蒼白な顔をしていると思う。
彼らをいい気分にさせてやる気にはなれず、マンスラムは努めて気丈に告げた。目の前の、同じ名前を持つ破妖剣士に向かって。
「それは、確かなのね?」
問いかけに、少女はこくりと頷く。瞳には強い意志の光があった。
信じがたいし、信じられるはずもない。破妖刀に選ばれたとはいえ、何の訓練も積んでいない素人に、それもこんな小娘に、あの強大な力を持つ男が後れを取るとは思えない。
何かの間違いではないのか、あるいは同じ顔をした分身ではないのか。鎖縛の例があるから充分に考えられる。
否定材料はいくらでもある。それでも、長年城長を務めて来たマンスラムの勘が、どうしようもなく告げてくるのだ。
抗いがたい──まるでチェリクを失ったあの時のような、絶望的な真実を。


「よろしい。では……詳しく聞かせてちょうだい」
蒼ざめた顔のまま、マンスラムは額に手を当てた。
先程までは、紛れもなく神に感謝していた。今は、どうしてあの時死なせてくれなかったのかと、改めて神を呪っていた……。


戻る

- 10 -


[*前] | [次#]
ページ:




TOPへ