「彼女のフリをしてもらえないっスか?」

その一言から黒子の偽彼女生活が始まった。


「黒子っち迎えに来たっスよ。部活行こう。」
放課後の喧騒の中、黄瀬はいつもそうやって黒子のところへくる。
黒子が彼女のフリをすることを承諾した翌日から、周りに怪しまれないためにと黄瀬が始めたことの一つだ。
他にも昼休みは一緒に過ごすことや下校のときは家まで送ることも怪しまれないためだと言って毎日欠かすことはない。
「いま行きます。」
黒子はこの部活のお迎えを一番憂鬱に感じている。
昼休みはあらかじめ決めてある場所へ行けばいいし、部活が終了して下校するころにはほとんどの生徒が下校している。
けれどこの部活のお迎えはクラスどころか校内に沢山いる黄瀬のファンに見られるのだ。
なぜあの子なのだと沢山の目が言っているのを感じないほど黒子も鈍くはない。
フリでなければ黄瀬に選ばれることなどないと黒子自身、分かっている。

「今日1軍はミーティングだそうです。2軍の練習試合に同行するメンバーを決めると聞いてます。」
「マネージャーは黒子っちと桃っちのどっちが行くんスか?」
「おそらく私だと思います。桃井さんは1軍の練習試合先の偵察があるはずなので。」
「ならオレ行きたいっス!」
「私でなく赤司くんに言ってください。許可が出るかは分かりませんが。」
黒子がいるなら行きたいといってみせる黄瀬に彼女らしく喜んだ言葉すら返せないようでは、いくら一緒に行動をしても態度でばれるだろう。
それでも黄瀬は黒子に彼女のフリをさせることをやめない。
黒子が彼女として隣にいても黄瀬への告白は大して減っていないのに、だ。
黒子としては早く黄瀬がこんなこと無意味なのだと気づいてこの関係を終わらせることばかり考えている。


「…同行マネージャーはテツナ。準備はいつも通りにしてくれ。以上。」
2軍の練習試合への同行は予想通り黒子であったことに不満はない。
あるとすれば
「黒子っちー!部活デートっスね!」
「デートでなく練習試合ですよ。」
黄瀬も同行メンバーに入っていることだ。
何故他の1軍選手でなく黄瀬なのだと異議を唱えたところで赤司が決めたことが覆ることはない。
それなら仕事に徹して黄瀬との接触を極力しないようにすればいいのだと思い直す。
わざわざ男ばかりの練習試合で恋人同士だと思わせるような小細工をする必要はないのだから。
「黒子っちと一緒の同行楽しみっスねー。」
「私は今から不安で仕方ないです。」
「なっ、なんでっスかー!?」
「おい黄瀬。お前テツといちゃついてねーで練習しろよ。」
「何言ってるんですか、青峰くん。どこをどう見たらこれがいちゃついてるんですか。」
「黒子っち無視しないで欲しいっス!」
「いいからさっさと練習始めろよ、お前。」
「そんなだからいつまでも青峰くんに勝てないんですよ。」
「二人してヒドイっス!」
からかわれることにも、からかわれて嬉しそうにする黄瀬にもイライラする。
(早くこんなことやめたいのに。)
「テツー。」
「なんですか?」
「素直になるのも大事だぜ?」
「なんのことですか?」
「まぁ俺としては構わねーけどな。」
「だから何がですか。」
「さーって俺も練習すっかな。」
「ちょっと青峰くん。…一体なんなんですか。」
青峰が一体何を素直になれというのかさっぱりわからない黒子は納得がいかない。
本人としては充分素直なつもりである。
こんな茶番早くやめたいと思っているし、そうなるように態度に表している。
それなのに一向にやめる気配のない黄瀬をどうしろというのだ。
これはもう、黄瀬にやめたいと言うべきなのかもしれない。

その日の帰り、辞めるなら早いほうがいいだろうと黒子は早速黄瀬に話すことにした。
「黄瀬くん、恋人のふりをするの辞めませんか?私が彼女では女の子からの告白はたいして減っていないでしょう?バスケに集中する為には役不足だと思うんです。それどころかかえって集中できないんじゃないかと。カムフラージュの彼女が必要なら桃井さんのほうがずっと効果があると思いますし。」
「黒子っちは俺と付き合うの嫌っスか?」
「嫌というか意味がないと思います。」
「そんなことないっス!嫌じゃないなら引退まで!引退まで彼女でいて欲しいっス!」
「でも…」
「お願いするっス!このとーりっ!」
「わかりました。黄瀬くんがそこまで言うなら引退まで協力します。」
結局継続して協力することを約束させられただけではあるが、終わりの時期を引退までと約束でき収穫はあったようだ。

それから引退までの期間、それまでと変わらず意味があるのかないのかわからない彼女のフリを続けた。
その間、黄瀬はそれはそれは嬉しそうだったが、黒子が何を思っていたのかには気づいていなかった。

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