企画・記念 | ナノ

君の耳に届くだろうか



控えめに落とされた照明が小洒落た雰囲気の空間。
がやがやと賑わうその空気の中に一歩足を踏み入れると、俺に気が付いた懐かしい顔が彼方此方から声を掛けてやって来るのが見えた。


今夜この小さなワインバーを貸し切って開かれたのは高校のクラス会。
今までも何度か開催されていたが、参加するのは今回が初めてだった。
毎回、偶々予定が合わなかったからといのもあるが、わざわざ予定を合わせてまで行こうとは中々思えなかった。


会うのが怖かったのかもしれない。

今更どうしたらいいのか分からなかったし、近況を知るのが少し怖かった。


「名前も来てるぞ」


考えていることが顔に出ていたのか、はたまた視線が無意識に探していたのか、倉持から聞いたその名前に少なからず瞳が揺れる。

ゆっくりと店の中を見渡せば、数人の女子と楽しそうに会話する名前を見つけた。

卒業以来、始めて目にする姿。
すっかり大人びたその姿に息を呑むのと同時にフラッシュバックするのは、高校時代の思い出。


当時マネージャーだった名前との関係は友達以上恋人未満。
少なくとも当時の俺はそう思っていた。
いつも隣には名前がいて、そのお陰で高校三年間彼女は出来なかった。
それは名前の方も同じだったが。


だけど一度だけ、あの日の夜は名前を普段以上に近くに感じた。

キャプテン業が上手くいかず、何もかもが負の連鎖で悪い方へと転がり続けて。
なんでもないように振る舞いながらも、精神的にはかなり参っていた。
そんなとき、名前は何も言わずに隣にやって来て、ぎゅっと俺の手を繋いだ。
練習後の誰もいないグラウンドの片隅で、ただただしっかりと手を繋いで、ずっと隣にいてくれた。

俺はあの頃名前のことが好きだったんだと思う。
いや、好きだった。
自分でも驚くくらいどきどきして、手のひらから感じる名前の存在に何よりほっとしたのを覚えている。
だけど、あの頃の自分には野球が何よりだったし、名前との今の居心地の良い関係を崩したくない思いが無意識に先行していたんだと思う。
薄々感じていた自分の気持ちに知らず知らずのうちに蓋をしていた。
それに気付いたのはもっと後の事で、結局それ以上の進展は何も無いまま俺たちは違う道に進んだ。


卒業してから、言い寄られる形で彼女という存在を何人か作ってはみたけれど、どれも長くは続かなかった。
それから数年が経ったつい先日、風の噂で名前の結婚を知った。
今更会ってどうこうするつもりは無いし、意味の無いことだって分かっているけれど、会わなくてはいけない気がした。

しかしいざ来てみたものの、中々名前に声を掛けられずにいた。
お互い周りに人が集まり過ぎている。


一息着こうと一人店の外に出て煙草をふかす。
ぽつりと灯る煙草の火をぼんやりと見つめた。
卒業振りに見た名前のやけに大人びた横顔が頭から離れない。

深く煙を吸って、溜息と共に吐き出した。


「たばこ、吸うんだ?」


突然聞こえた声に振り向くと、店のドアからひょっこり顔を覗かせた名前がいた。


「いつから?」
「あー…3年前くらい…?」


そう曖昧に答えると、店から出てきた名前は俺と向かい合うようにして立った。


「ふーん…久しぶりだね」
「久しぶりだな」
「卒業以来?御幸、野球部の集まりにも全然顔出してくれないんだもんなー」
「悪りぃ、中々予定合わなくて」


取り留めのない会話。
伏し目がちな俺とは反対に真っ直ぐ前を見て会話をする名前。


「今日会えたからいいよ。でも…不思議。高校のときはあんなに毎日一緒にいたのにね」
「…そうだな」
「……」


ふと途切れた会話に顔を上げれば大きな瞳と視線が絡む。
少しの沈黙の後に小さな唇がゆっくりと動いた。


「ねぇ、あの頃御幸は、私のこと好きだったりした?」
「…は、なに今更…」
「私は好きだったよ、御幸のこと」




「今更だから言えるんだよ」



あぁ、そうか
今更、か。
それもそうだ。

そう考えたら自然と小さな笑いがこみ上げた。


「ははっ、ずりー。言い逃げじゃん」


くすくす笑う名前。
昔より少しだけ大人びた笑い方。

もう過去のことなんだ。
お互いの気持ちを伝えるには時間が経ちすぎた。

今目の前にいる彼女をこんなにも美しくしたのは俺ではなくて、時間でもない。
彼女の隣に立つ知らない男なんだ。


「結婚すんだろ?」
「うん、来月に入籍する」
「相手…いくつ?」
「4つ上」
「へー、大人じゃん」
「うん、大人だよ」
「そっか」
「うん」
「おしあわせに」
「うん、ありがとう」


やっと真っ直ぐ彼女の顔を見ることが出来た。
嬉しそうに笑う彼女の笑顔は幾分大人びたけれど、昔の面影を残したままだった。


卒業から6年。
俺は彼女以上に居心地の良い存在を未だ見つけられずにいる。
あの時ああしていたら、こうしていれば。
それを言い出したら切りがなくて、結局は今を変えることなんて出来やしない。

けれど彼女に会うことで俺はひとつ、漸くひとつ。
だけど確実に前へと進めたんだと思う。

もう大丈夫。
今夜、きみに会えてよかった。


ありがとう、思い出のひと




さよなら、思い出のひと



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