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君の耳に届くだろうか



「ねぇ、その髪切らないの?」


オフ日の夕方、部室で数学の課題を解いていた私に鳴が疑問を投げ掛ける。

少し前までここにいた白河はさっさと課題を済ませて部室を出ていってしまったし、カルロスは飽きたと言ってどこかへ消えてしまった。
二人になったこの部屋で目の前のこの男が真面目に課題に取り組む筈もなく、さっきから携帯をいじっていた。
しかし、それもとうとう飽きたらしく、今は私の顔を覗き込んでいる。


「切らないよ」
「中学まではショートだったくせに。なに色気付いてんだよ」


色気付いて・・・でもまぁ、強ち外れでもないのかもしれない。
私の長く伸びた髪を一束指で掬うと、鳴はそれをくん、と弱く引っ張る。


「男に媚びてるみたいでやだなー、俺は」
「なにそれ」
「この前も言われてたじゃん、三年の奴に。名前ちゃん、髪キレーだねって」


指が解かれて、ぱらりと私の肩口に戻る毛束。
だって、鳴が言ったんだ。
鳴が長い髪が好きだって言ったから伸ばしたのに。

そんなことはすっかり忘れてしまったようで、鳴は最近、年下の彼女を作った。
今までも三年の先輩に言い寄られてる、とかそんな話は幾つも聞いてきたけど、彼女という存在を作ったことは無かった。


「鳴、なんか感じ悪い」
「べっつにー」
「・・・暇なら彼女のところ行きなよ」
「彼女は今日練習なのー」


本当はこんなこと言いたくないし、聞きたくない。

本当は、言いたかった。

一年生の子に告白されたって鳴から聞いたとき、付き合わないでって、鳴のことを一番好きなのは私なんだって。
今になってこんなにも後悔しているなんて。
私は大馬鹿だ。



「・・・名前?」


じわりと込み上げてきたものに堪えきれず俯いて、長い髪で顔を隠した。
けれどそれも意味を持たず、ぼたぼたとスカートに落ちる涙。



「え、名前・・?」
「・・・・・・」
「どうした?なんで泣いてんだよっ」


頭の上から慌てた鳴の声が聞こえる。
私が泣くとそうやって慌てる癖は、昔から変わらないね。
こんなことになる前に伝えればよかったんだ。


「・・・・私、鳴がすき」


鼻を啜りながら顔を上げてそう言った私は、さぞかし醜かっただろう。
ほら、鳴がびっくりした顔してる。


「髪だって前に鳴が長い髪が好きって言ったから伸ばしたんだよ」
「は、う・・そ」
「覚えてないよね。急にこんなこと言ってごめん。でももう鳴のこと諦める・・・」
「ちょ、ちょっと待って!」


大きな声を出した鳴が私の肩をぎゅっと掴んだ。
突然のことに驚いて鳴を見上げる。


「一年の子に、告白断ってくるから」
「え・・・だってもう・・」
「あれ嘘!まだ返事してないから!名前が他の奴と仲良くしてる当て付けに、とか一瞬考えたけどさ」
「・・・なに、それ」


慌てて捲し立てる鳴の言葉を聞いて思わずそう溢した。
だって当て付けってなんなの。
しかも完全な言い掛かりだ。


「付き合うことにしたって嘘ついたのは、名前の反応を見たかったから」
「じゃあよく昼休みとかに仲良くしてた先輩は?」
「あれも同じ。名前の気を引きたかっだけ。学食でお昼奢ってくれるってゆーからさ」
「・・・最低」
「まぁそこそこ可愛いし胸もでかかったけど、あぁいう女好きじゃないんだよね」
「ほんと最低だね」


何でもないって言っておきながら、そういう所はちゃんと見てるんだ。
悪びれる素振りもなくけろりと言いのけた鳴に怒りすら覚える。


「だってずっと好きなのは名前だけだし」


今更すぎてずっと言えなかったけど、と目を合わせずに言う鳴。
その仕草は昔から決まって照れているという証拠。

こんな最低男の事をどうしてこんなにも好きなんだろうって疑問に思うのに、たった一言がこんなにも嬉しいなんて、やっぱり私は大馬鹿者だ。
ぐい、と顔を寄せられて、縮まった距離にどきりとする。



「ね、ちゅーしていい?」
「ダメ。ちゃんと一年の子に返事してきて」
「じゃ、ぎゅー!は?」
「ダメ!」
「・・・わかった。じゃあ俺は名前が好きだから無理だよって言ってくる!」
「やめて、恨まれそうだからやめて!」


何て言えばいいんだ、とぶうぶう言いながら口を尖らせる鳴に思わず笑みが漏れる。

暫くして言葉選びが終わったらしく、部室を後にしようとした鳴が立ち止まって私に振り向いた。


「俺が戻ってきたら名前は正式に俺の彼女だからね!」


満面の笑みを浮かべてそう言った鳴は勢い良く部室を飛び出していった。



だらしなくて鈍感で、いつまで経ってもまるで子供みたい。

でも何だかんだ言ってもやっぱりこの男が好きだと言うことは、変わらない事実みたいだ。




一片の言葉



title:セツカ様
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