企画・記念 | ナノ

世界の片隅で泳ぐ人魚



休日の練習も終わりに差し掛かった頃、OBや記者が集まるギャラリーの中に小柄な女性を見つけた。
淡い色のふわりとしたブラウスと短い丈のパンツにブーツを合わせた名前さん。
この場であまり見かけることのないその服装と彼女の美しい顔立ちは周囲の視線をこれでもかという程集めていた。
俺の視線に気が付くと微笑んで小さく手を振る。

名前さんがここに来るなんて珍しい。
いつも会うときは決まって名前さんの部屋だから。
どうしたんだろうかと気になり練習後の片付けをさっさと済ませ、グラウンドからは少し離れた人気の無い所で待つ名前さんの元に駆け付けた。



「名前さん」
「お疲れさま、鳴ちゃん」


名前さんは出会った頃からずっと俺のことを鳴ちゃんと呼ぶ。
子ども扱いされているようなそれはあまり好きじゃない。


「来てたんだ、どうしたの?」
「鳴ちゃんに会いたくて」
「え、ほんとに?」
「うん、お話したかったの」


にこりとする名前さんに喜ばされたのも束の間、次の言葉で一気に俺の心の中には黒いものが渦巻いた。


「昨日ね、会社の先輩からデートに誘われちゃった」
「は……」
「どうしたらいいかな?」
「どうしたらって…」
「鳴ちゃんが行かないでって言うなら行かない」


なんだそれ。
駄目に決まってるだろ。
つうか、いいって言ったら行くのかよ。

いや…違う。
最初から行く気なんて更々ない癖に。
わざと嫉妬させて、不機嫌な表情を浮かべる俺を見て楽しんでいるんだ。
ほら、真剣に悩んでる振りをしながらもその愛らしい大きな瞳は、歪んだ俺の表情を映して笑っている。


「名前さんってほんといい性格してるよね」


目の前の彼女の腕を掴んで壁に追い込んでみても、彼女は変わらず俺を見上げて悪戯な笑みを浮かべている。


「でも好きでしょ?」


自信に満ち溢れた彼女のその美しい表情に苛立ちすら覚える。
周囲からどうしてこの人と付き合っているのかと聞かれることもしばしば。
けれど、どれだけ考えてみたって『愛しているから』以外の答えは見つからなくって。
とうやら俺は嫌いなところも何もかも全て引っ括めて彼女を愛してしまったらしい。


「他の男とデートなんて絶対に許さない」


くすりと笑った名前さんは俺のユニフォームの襟元をぐい、と引っ張ると噛みつくような口づけを寄越した。
柔らかい唇が離れる際にぺろりと舐めとられた下唇がやけに熱くて。
彼女の細い腰を抱き寄せると、妖艶にほくそ笑むその唇を夢中で貪った。


「名前さん、好き…大好き」



ねぇ、名前さんは俺のことどれくらい好き?


会う度に愛を囁き唇を重ね肌を重ねても…俺はその一言をずっと彼女に聞けずにいる。




僕でよかったと言わせたい



title:セツカ様
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