企画・記念 | ナノ

世界の片隅で泳ぐ人魚



授業が終わってから早足で向かった先は寮ではなく校外。
最近オフの度にこうしてそそくさと出かけていく俺を倉持は怪しみ始めた。
けれど自主トレは帰ってから今までと同じ分をこなしているし、こうしているせいで何かを怠っているということは一切無い。
倉持もそれを分かっているからプライベートにまでは口を挟んでこないのだろう。

そう、別に悪いことをしているわけじゃない。


青道の生徒が通る通学路からは少し外れた路地。
角を曲がった先に停まった黒塗りの車を視界に捉えると自然と早足になっていた。
一度周りを確認してからその車の助手席のドアを開け素早く中へ乗り込む。


「お待たせ♪」
「お帰り」


運転席のシートに背を凭れて綺麗に微笑む名前さん。
俺は名前さんのこのお帰り、が好きだ。


「早かったね」
「そう?」


一本吸わせて、とタバコを指に挟んだ名前さんに、急いで来たからとは絶対に言わない。

唇にくわえたタバコに火をつけた名前さん。
ベビースモーカーな割に彼女からタバコの臭いを感じたことは一度も無くて、いつも甘ったるすぎない良い匂いがする。
煙を吐き出して灰皿に伸ばした長い指は細く綺麗だ。


「名前さんって何の仕事してるんですか」
「前も言ったでしょう、ただの会社員だってば」


ほんとかよ。
俺が今体を預けている座り心地の良い高級そうな座席シート。
俺はまだ免許なんて持ってないから車のことなんてよく分からないけど、そんな俺にだって分かるくらいの高級車。
後部座席に乗せられたバッグはいつだってブランドの物だ。
服だって同じものを着ているところを殆ど見たことがない。

名前さんは謎が多い。
だからこそ惹かれるのだけれど。


「名前さんみたいな立派な大人に早くなりてぇなー」


そう溢せば名前さんはくすりと笑った。


「立派でも何でもないでしょ、君みたいな高校生にちょっかい出してる時点で」


タバコをにじり消した綺麗な指が俺の頬に触れて眼鏡を取り上げた。
一瞬ぼやけた視界に名前さんの楽しそうに歪む口元が映る。
細い手首を掴んで引き寄せた彼女のその唇に噛み付いてみても、怯む素振りすら見せない。
悔しいけれど、そのまま呑まれるように彼女の甘い熱に溺れていく。
名前さんの手から滑り落ちた眼鏡が小さな音を立てて足元へ転がった。


あなたが好きかもしれないと言えば、きっともう会えなくなるのだろう。
深くなる口付けの合間に薄らと開けた瞼の隙間からそっと彼女の表情を窺った。



「うち行こっか」
「ん…」


こうして確かな繋がりのないまま流されるままに彼女と関係を持つのはもうこれで何度目のことか。
行為の中で見せる彼女の弱々しく俺に縋るような恍惚の表情が、如何しようも無く俺の欲望を駆り立てる。

こんな関係が正しいだなんて思っちゃいない。
自己満足に過ぎないことだって分かっている。
ただ、彼女を失うことだけは何があったって許されないんだ。


灰皿の中からは消し切れずにいたタバコの煙がゆらゆらと立ち上がる。
決して掴むことが出来ないそれは、まるで彼女の心のようだと、一人自嘲ぎみに口許を吊り上げた。




愚かでいるほうがいい



title:セツカ様
back








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -