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Valentine 2012



夕暮れが次第に夜空へと顔を変える頃、早めに終わった練習の片付けを終えてのろのろと更衣室へ向かう。

今日ももう終わりかぁ。
バレンタインという一日がもうすぐ終りを迎えようとしている。
義理チョコは全部配ったし、私のバッグの中はすっからかん。
…のはずだった。

着替えを済ませて開いたバッグの中を覗いて溜め息を吐く。
空っぽになるはずのバッグの中に残された一つの四角い箱。
掛けられたリボンがこれでもかという程にその存在を主張していた。

御幸に渡せなかったチョコレート。

付き合い始めて間もない私たちの間に訪れた初めてのイベント。
学年の違う私たちはあまり二人の時間を作ることが出来ず、初めてのこのバレンタインは私にとって重要なイベントだった。
渡すときのシュミレーションだって頭の中で何度も何度もしてみたし、御幸はなんて言ってくれるんだろうって何度も何度も考えた。


だけど渡せなかった。
渡すチャンスが無かったんじゃない。
渡さなかった。

昼休みにいざ御幸のクラスへ行ってみたものの、覗いた教室の彼の机上に置かれた数々のチョコに驚愕した。
迂闊だった。すっかり忘れていた。
彼は恐ろしいほどモテる男だったんだ。
他の子からのチョコを受け取るなとは思わない。
でも…どれも私のより可愛いラッピングのチョコばっかりだったんだもん。
自分の持ってきた箱と見比べて結局怖じ気づいてしまった私は、御幸にチョコを渡せないまま今に至る。
もう一度深い溜め息を吐いて、バッグを肩から掛けると更衣室を後にした。


「名前さん!」


とぼとぼ歩く私の背中から聞こえた声にぎくりとする。
後ろから追い掛けてきたのは、今日一日ずっと私の頭の中を占領していた御幸だった。
思わずチョコの入ったバッグをぎゅっと押さえた。


「お疲れさまっ」
「お疲れさまです」
「ど、どうしたの?」
「名前さん今日の昼休み俺のクラス来てくれたってほんとですか?」
「え!?あ、うん…」


うそ、誰にも見つかってないと思ったのに。
もしかして倉持あたりに見つかったかな…
意外と目敏いからなぁ…


「俺に何か用事あったんじゃないですか?」
「え、いや、近く通ったから寄っただけなの!気にしないで!じゃあお疲れ…」


そう言ってそそくさと逃げようとした私の腕を御幸がしっかり捕まえた。
手首に伝わる御幸の熱にどきりとする。


「もしかしてチョコくれたりしてって思っちゃったんですけど、俺の勘違い?」


お見事、大正解です。
なんて言えるはずもなく、一気に熱が集まった顔が熱い。
御幸の顔を見ることが出来なくて、うつ向いて自分のつま先をじっと見つめていた。
私の手首を掴んでいた御幸の手がするりと滑り私の手を握った。


「ください」
「でも…他の子から貰ったやつの方が見た目も味もいいと思う…」
「名前さんのが欲しい」


見上げた先に見えた御幸の優しい顔に降参してそっとバッグを開ける。
離れてしまった指先が名残惜しい。

中から取り出したチョコを御幸の前に差し出すと、ゆっくり延びてきた大きな手がそっとその箱を受け取った。
どきどきしながら恐る恐る御幸の表情を窺うと、いつもの余裕たっぷりな笑顔の御幸じゃなくって、照れたように笑う御幸がいた。
その子供みたいな表情に胸がきゅんと締め付けられる。


「すげぇ嬉しい」


一歩私に近付いた御幸の腕にきつく抱き締められて、あぁ、やっぱり渡すことが出来てよかったと心からそう思った。


「遅くなってごめんね」
「いいですよ、あ、でもじゃあ…」
「?」


彼が耳元で囁くように言った言葉に驚いて顔を見上げればさっきまでの笑顔はもう何処かへ行ってしまって、代わりにそこにあったのは年下のくせにいつも私を惑わす、不敵な笑みだった。




口移しで頂戴、甘い愛を




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