企画・記念 | ナノ

Valentine 2012



昼休み、大きめの紙袋を提げて廊下を歩く名前の後ろ姿を見つけた。
俺のクラスの前で立ち止まるときょろきょろと教室内を見回している。


「名前?」
「あ、倉持いた!」


後ろから声を掛けると、振り向いた名前はぱっと笑顔を見せた。
どうやら俺に用事だったらしい。


「はい、これ」


がさがさと名前が紙袋から取り出したのは、手のひらに乗るくらいの大きさの袋に包まれたクッキー。


「バレンタインなのでどーぞ」
「あ、おう」


手渡された袋をまじまじと眺める。
丁寧にラッピングされたそれは俺を喜ばせるには十分過ぎるけど、これが義理だってのは十分承知している。
現にほら、名前は既に教室内を見渡して他の野球部員を探している。


「このクラスはあと御幸だけなんだけど…」
「御幸ならどっか隠れてんだろ。朝から女子に追いかけられっぱなしだから」
「やっぱり?」
「渡しておくか?」
「ううん、平気!一年のとこまで回ったらまた戻ってくる」
「え…それ、全員分あんのか?」
「そうだよ。昨日作った!」


昨日って…
昨日は練習終わりが結構遅かったというのに、あれから帰ってこれだけの量を作ってきたのか?
二年の分だけかと思っていたが、名前の提げる紙袋の中を覗いてみたら、俺に渡したものと同じものがまだ大量に入っていて驚いた。
たまにこいつはいつ寝てるんだって思う時があるんだよな。
大会前とかこういうイベントのとき。
きっと昨日も寝てないんじゃないだろうか。


「つうか昼飯は?」
「まだだよ。配り終わったら購買行こうと思ってるんだけど…」


一年まで回るんじゃきっと名前が行く頃には購買は空っぽだろう。
むしろ食べる時間すらないんじゃないかと思ってしまう。


「じゃあちょっと他行ってくる!」
「あ、名前、これ持ってけ」


片手に持っていたビニール袋の中からさっき購買で買った惣菜パンをひとつ取り出して、名前の持つ紙袋の一番上に乗せてやる。


「これ食えよ。昼休み時間無かったら5限終わってからでもいいからちゃんと食え」
「いいの?でも倉持は…」
「多目に買ってあるから気にすんな」


そう言って笑ってみせれば、名前も同じようににっと笑った。


「ありがとう!じゃあ行ってくるね」


一年の教室に向かって歩き出した名前の背中を見送りながら、手のひらに乗るクッキーのお礼をちゃんと伝えていなかったことに気付いて慌てて名前を呼び止めた。


「名前、ありがとうな!」


振り返って笑顔を見せた彼女に、来年は彼女の"特別"が貰えたらいいのに、なんて思った。




甘いシエスタ




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