▼ 霜華様へ 相互記念 暑い暑い日差しが照り付けるグラウンド。 一人、体育の授業の輪から離れ、俺はグラウンドの隅へと走る。 汗をかいた体に纏わり付く砂埃がうざってぇ。 「だぁあ!!あの野郎っ絶対わざとだろっ!」 亮介がかっ飛ばしすぎたソフトボールの球は、グラウンド端にあるプールの傍まで転がっていった。 少し小高い場所にあるフェンスの向こう側からは、女子のはしゃぐ声が聞こえる。 女子はこの時間、プールの授業らしい。 選りに選って球はプール近くの草むらに転がっていて、小さく舌打ちをすると仕方なくその傍まで近づく。 断じて覗きじゃねぇからな!! 誰に責められたわけでもないが、そう言い聞かせて球に手を伸ばした。 「じゅーん!」 硬球より少しでかいそれを掴むのと同じくらいに、カシャン、とフェンスを揺らす音がして名前を呼ばれた。 上を向けば少し高いところからこっちを見下ろしている、名前の笑顔が目に飛び込む。 「亮介くんにやられたねー」 「見てたのかよ」 「うん。だって純の声、でかすぎ」 そう言って笑った名前の姿は制服に素足、とプールサイドには似合わない格好。 もう見慣れた光景だ。 「お前んなとこに立ってんじゃねぇよ!日陰に入れ!日陰に!!」 「あはは、心配し過ぎだよ。太陽は関係無いんだから」 「そうかもしんねぇけどよ・・・」 「あ、ほら!亮介くんが呼んでるよ」 怖い顔してる、と言われて振り向けば遥か向こうに魔王様が見えた。 やべ、忘れてた・・・ 「戻るわ・・手伝いしっかりやれよ!」 「もちろん!純も頑張ってね」 「おぉ」 球を握り直しその場を離れ、急いで授業の輪に戻った俺が亮介のチョップをくらったかどうかは、言うまでもない。 「名前ちゃん、最近調子良いみたいだね」 「おぉ」 「あぁして笑ってると他の子たちと違う所なんて、何も無いのにね」 亮介と共にプールサイドの名前に目をやれば、テントの下でタイムを計っているらしく、泳ぎ終わった女子と笑顔で会話をしていた。 そう、名前は他の奴らと何も違わない。 普通の女の子だ。 ただ、体育の授業を全てああして見学しているだけだ。 ただ・・・他の奴らより少し、生れつき心臓が悪いだけだ。 「今年の夏は球場に来れそうかな」 亮介の言葉に頷きながら、俺は頭の中で名前が居る試合風景を浮かべた。 ・・球場は夏の甲子園。 俺は特大アーチを描くんだ。 馬鹿みたいだと笑われるかもしれない。 けどそれはいつだって、何度も何度も思い描いた、俺の望む風景だった。 今年こそ・・・ 名前が倒れたと聞かされたのは、その矢先の事だった。 「名前!!」 「あ・・・純!」 病院に駆け付け荒々しく病室のドアを開けるとベッドの背を起こし、そこに横たわる名前の姿があった。 想像していたよりは元気な事が見受けられるその姿に、少しだけ胸を撫で下ろす。 「大丈夫なのかよ!?」 「平気だよー。みんな心配しすぎだってば」 少しふらっとしただけ、とへらりと笑う名前のその顔はやはり少し青白い。 「なんで・・・走ったりした?」 「・・・・・・」 名前が倒れたその場に居合わせた生徒の話によれば、廊下を前から走って来た名前とすれ違ったその直後、苦しそうに蹲る名前に気付いたと言う。 体育の授業すら受けられない体で走るなんてことは自殺行為に等しい。 勿論それを本人が知らない訳がない。 名前は小さな手で布団をぎゅっと握りしめ、ぽつぽつと話し出す。 「最近、体の具合も、良かったし・・・・走れる、気がしたの」 「走って純の隣に行ける・・・早く行かなきゃって思ったの。・・・でも、ダメだったみたいっ」 口をへの字に結び必死に涙が零れるのを堪えているその姿に、俺の目頭が少しだけ熱くなる。 「ばかやろ、お前はいつだって俺の隣にいるじゃねぇか」 「私は・・っ、純の足手まといじゃないかなぁ・・・?」 涙声でそう呟いた言葉に、堪らず名前を抱きしめた。 名前が苦しくないように、出来る限り優しく。 「俺はよ、名前無しじゃ野球も出来ねぇし、生きてくことも出来ねぇ」 「じゅん・・・」 「お前は違うのかよ」 そう問えば、俺の胸に顔を押し付けたまま左右に何度も首を振る。 こんな事考えたくねぇけど。 もし、もしも万が一、仮に、名前が居なくなってしまったら。 そう考えただけで暗闇に飲み込まれる感覚に陥る。 こんなにも野球に必死になれるのも、絶対に甲子園に行きたいと思うのも、全ては名前に繋がっていて。 そしてそれが、今の俺の生きる糧となってるんだ。 「俺は何時だってお前の為に生きるから、だからお前も俺の為に、生きてくれよ」 なんて傲慢な言い分だと思われるかもしれない。 だけど、名前の為ならば 名前がこんな悲しい顔をしなくていい日が来るならば 何だってしてやろうじゃないか。 「純・・心配掛けてごめんなさい・・っ」 「おう・・・」 「大好き、だからね」 「俺は愛してるっつーの」 にやりと笑ってみせれば、名前は真っ赤な目をぱちくりとさせ笑顔を浮かべた。 お前の笑顔の為ならば、俺は何だってしてやるから だから俺の為に、その笑顔を絶やさないでくれよ。 人はそれをエゴと呼ぶだろうか (なんとでも言うといい) [back] |