▼ もも様へ 五万打記念リク 昨日の夜、珍しく母から電話があった。 何事かと思えば、ここ暫く実家に帰っていなかったから今度の年末年始休みには帰って来さい、という電話だった。 実家はそう離れていないし、別にそこまで久し振りって訳じゃ無いんだけど。 洋一は今年の年末年始どうするんだろう。 去年は一泊で実家に帰ってたっけ。 予定を確認するように開いた手帳の今日の日付は一際ぐるぐると何重もの丸で囲まれている。 これは洋一がこの部屋に泊まりに来る日のしるし。 「わ、もうこんな時間だ!」 視界に入った時計が午後2時30分を指しているのに気付くと急いで上着を掴み、車のキーを握って部屋を出た。 マンションの駐車場に停めた車に乗る前にフロントガラスに乗っかった落ち葉を手で払い落す。 もう冬なんだなぁ。 見上げた空は夏の頃より遠くに感じる。 洋一と付き合い始めてから今日まで何度かの季節を共に過ごした。 あの頃から変わったことと言えば洋一はもう学生じゃないし、私は去年の春に青道高校近くのあのマンションから今のマンションへ越して車を買った。 あの頃から変わらないのは洋一はやっぱり野球ばかで、今も私の隣にいてくれるということ。 あ、それから寮暮らしも変わってないや。 洋一は大学卒業後、大手企業の野球部に入団した。 独身者はみんな寮暮らしで、結婚を機に寮を出るのがチームのしきたりのようになっているらしく、洋一もそれに倣って高校、大学に続いて今でも寮生活を送っている。 ただ、学生の時とは違って外泊の制限なんかは無く、休みの前の日は今日のように私の部屋へ泊まりに来ることが多くなっていた。 ついこの前シーズンオフを迎えて幾らかゆっくりする時間は出来たけど、オフと言っても変わらず仕事も練習もあるし、休日には地域の子供たち相手に開かれる野球教室があったりと意外と忙しない毎日だ。 今日も夕方まで少年野球チームの野球教室があり、終わる頃に私が会場のグラウンドまで車で迎えに行く約束をしていた。 道も混んでないし、時間通りに着きそう。 信号待ちの間にナビで道路状況を確認して、洋一の好きな曲をかけた。 夕飯は何を作ろうかなぁ。 さっき遅めの昼食を取ったばかりなのにもう夕食のことを考えているなんて洋一が知ったら笑うだろうな、絶対。 一週間振りに会う洋一の事を考えて、流れる曲を口ずさみながらアクセルを踏み込んだ。 車を走らせて小一時間。 少し早く着いちゃったかな。 グラウンド横の駐車場に車を止めて中へ入ってみると丁度終わったところだったようで、グラウンドから引き上げる子供たちと父母でがやがやとしている。 何チームか合同だって言ってたけど、こんなに沢山の子達が参加してたんだ。 「あれ、名前ちゃん?」 「あ、こんにちは!お疲れさまです」 きょろきょろしていた私に後ろから声を掛けて来たのは洋一のチームの先輩だった。 先輩と言っても私とあまり年齢は変わらないのだけど。 昨年の終盤からレギュラーに定着した洋一は、よく練習や試合に呼んでくれるようになった。 そのお陰で今じゃこうしてチームメイトともすっかり顔馴染みだ。 「倉持ならあっちで捕まってるよ」 そう言われて奥を見てみると、小さな子供たちに囲まれた洋一を見つけた。 「倉持選手それちょうだい!」 「あ?ダメだっつってんだろ」 「えーじゃあこれはー?」 「だめ。お母さんに買ってもらえ!これは俺の大事な道具なの」 「けち」 「はいはい、じゃあもう帰るからな」 低学年の子たちだろうか。 小さな子たちに囲まれて一緒になって無邪気な顔してる洋一に、こっちまで笑みを浮かべてしまう。 「お前ら次来るときまでにもっと上手くなっとけよ!」 「うん、倉持選手もね!」 「ヒャハ!当たり前だっつーの」 子供たちと別れて顔を上げた洋一は私に気づくとにかりと笑った。 うん、いつ見てもやっぱりユニフォームがよく似合う。 まだ片付けや挨拶がありそうだったから、車で待ってると合図をして先に駐車場に戻った。 それから間もなくして駐車場に現れた洋一はなんだか先輩たちにからかわれているみたいで、小突かれたりして楽しそうにしてる。 先輩たちに頭を下げて小走りでこっちに来ると、助手席のドアを開けた。 「悪い!待たせた」 「お疲れさま」 「帰り、俺が運転してこうか?」 「ううん、大丈夫。その代わり明日のデートはよろしく!」 「ヒャハ、了解!」 荷物を後ろのシートに積んで、助手席に座った洋一がシートベルトに手をかけたのを確認して車を走らせた。 土曜日の夕方はやっぱり少しだけ道が混む。 少しずつ進む車内で、洋一が車に乗る前に買って来てくれた缶コーヒーを片手に取る。 「人気者だったじゃん、倉持選手」 「まあな!」 嬉しそうに笑った洋一は今日の野球教室での出来事を話し始めた。 筋の良い子が多かった、とか。 沢村みたいな生意気な奴がいた、とか。 そんな話をしていたかと思えば、いつの間にか隣からは静かな寝息が聞こえていて。 ちらりと横を向けば首を傾けて眠っている洋一の姿。 ユニフォームを着てこうしてると、ほんとあの頃と変わらないんだもんなぁ。 そんな姿に一人笑いを溢して、少しだけ音楽のボリュームを下げると家までの道のりを走った。 「あー、さっぱりした!」 家に着いてから直ぐに沸かしておいたお風呂に入ってもらって、その間に夕食の下ごしらえを進めていた。 ジーンズにキーネックのTシャツ姿でバスルームから出てきた洋一は、濡れた髪を拭きながらゆったりとソファに腰掛ける。 夕飯にはまだ早い時間だし私も一休憩しようと下ごしらえの手を止めて、冷えた飲み物を持って隣に腰掛けた。 「はい、どーぞ」 「ん、さんきゅ」 グラスを受け渡す際に、ふわりと私が何時も使うシャンプーの香りがした。 洋一にはほんの少し似合わないその甘い香りに毎回反応してしまう。 「何ニヤけてんだよ」 「え!うそ、ニヤけてた!?」 「すげぇニヤけてた。何考えてたんだよ」 「洋一から私のシャンプーの匂いがするの好きだなぁって」 私の言葉がそんなに予想外だったのか、洋一はきょとんとした後に笑って私をがばりと抱き締めた。 「じゃあもっと嗅がしてやろっか」 「わ、くるしいっ」 「ヒャハハ!」 「ちょ、変なとこ触らないでよ!」 洋一の魔の手から逃れようとジタバタしてみると、ふいに洋一が抱き締める腕の力を強めた。 無言で私の肩に顔を乗せた洋一に、ジタバタするのを止めてじっと洋一からの言葉を待つ。 だって洋一がこうする時は、大体何かある時だって知ってるから。 「・・・俺さ、もうそろそろ寮出ようと思うんだよな」 「え、でも独身者は出れないんじゃないの?」 先輩たちもそうしているから出れないって前に言ってた筈だ。 それともしきたりが変わったのかな? 洋一の言葉に思わず胸を押して顔を見上げた。 「いや、だから・・・・俺と一緒に住まねぇ?」 「え?」 「・・・あーやっぱダメだ!」 「ええ?」 ころころと表情を変えた後にがしがしと頭を掻いて下を向いた洋一。 洋一のその珍しい姿にどうしたのかと顔を覗き込もうとすると、その顔が勢いよく上げられた。 「回りくどいのとか、洒落た言葉なんてやっぱ思いつかねぇ。・・・・・結婚、するぞ」 「・・・・え?けっ・・!?ほんと?」 「嘘なんか吐くかよ」 思いもよらない洋一からの言葉に最初は驚いて何度も瞬きをしたけど、その後で込み上げた笑いを抑えきれず、つい声を出して笑ってしまった。 だって。 結婚するぞ、て。 それってまるで・・・ 「なに笑ってんだよ!」 「だって、変わんないなぁって」 「あ?」 「初めて洋一に会ったときに俺の彼女になれって言われた時の事思い出しちゃって」 笑いの収まらない私を少し恥ずかしそうにした洋一がもう一度ぎゅっと抱き締めた。 「今そんなこと思い出すなよ」 「そんな事じゃないよ、大切な思い出だもん」 「まあ、そうだな」 その声も、笑顔もあの頃からほんと何も変わらない。 だけど、 私を包み込むこの腕はあの頃よりずっと逞しくて 初めて会った時より遥かに大きくなったその背中は、いつだって私を守ってくれた。 この人がこれから先もずっとこうして隣に居てくれるんだって実感したら、少しだけ涙が零れた。 その涙にそっと口づけをして、真剣な表情で彼が紡いだ言葉は私に一生の幸せの魔法をかけてくれた。 「俺と、結婚してください」 あいしています (きみはわらう。ずっと一緒だってやくそくしただろって) ---------------------- 五万打記念、もも様リクの倉持夢でした。 ももさま、大変お待たせいたしました。 倉持連載の番外未来編のリクありがとうございました! 倉持と結婚!倉持と結婚!? と考えたら妄想と願望が止まらず、長々としたものになってしまってなんだか申し訳ございません。 倉持は大学時代、東都の一部で活躍した後に企業チームで活躍してくれたりしてらいいな、とか 倉持はきっとこんな、カッコつけないプロポーズが似合うだろう など、沢山の私的な妄想が詰まりまくってしまいました。 年始は緊張しまくりの倉持と一緒にヒロインの実家へ挨拶に行くんでしょう(^^) このような代物で大変恐縮ですが、もも様限定でお持ち帰り可とさせていただいておりますのでよろしければお持ち帰りくださいませ(^O^) この度は五万打企画にご参加いただき、ありがとうございました! また、日頃よりTRAIN-TRAIN!!にお越しいただき本当にありがとうございます! これからももも様に楽しんでいただけるような話を書けるよう頑張りますので、小鳥遊ともども、どうかよろしくお願いいたします! 2011/12/13 小鳥遊 隼斗 [back] |