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あず様へ 五万打記念リク




ただ一言おはようとか、また明日とか。
それだけでいい。

その一言がこんなに遠いなんて思ってもみなかった。



また今日も挨拶をする事すら出来ずに放課後を迎えてしまったではないか。
先日の席替えで幸運なことに、隣同士という絶好のポジションを手に入れたというのに。
俺の席は窓際から二列目の後ろから二番目。
その隣の一番窓際が苗字の席だ。
これだけ近くいたって結局その横顔を見ていることしか出来ないでいる。
今もバッグを肩に掛けて、仲の良い女子と並んで教室を出ていく苗字の背中を見送るだけ。

明日こそ、朝会ったら一番におはようと声を掛けよう。
そう思ってからもうどれくらいが経っているのか。
その決意は未だ実行されずにいる。



翌朝も結局苗字に声を掛けることが出来ず、いつも通り授業が始まる。

授業中に彼女の横顔を盗み見ると、黒板とノートを交互に見ている真剣な顔。
机の隅に置かれているのはカフェオレのパックジュース。
昨日もそのまた昨日も同じものを飲んでいた。

長い髪がノートに垂れ下がり、邪魔なそれを指ですっと掬って耳に掛ける。
その仕草があまりにも綺麗で横顔に見入ってしまった。

ふと彼女がこちらを向きそうになって、慌てて窓の外を見ている振りをする。
いつまでこんな風にこそこそと彼女を眺めているつもりなのかと、自分でもうんざりしてしまう。
こんな姿を純に見られでもしたら、馬鹿にされること間違い無しだろう。




6限目の授業終了後、入り口から教室の中を見渡す見知った顔を見つけた。
御幸だ。
きょろきょろとした末に俺を見つけると軽く頭を下げる。
どうやら俺に用があるらしい。


「ここに来るなんて珍しいな、どうした」
「委員会で倉持と俺、練習遅れるのでその連絡に」
「わざわざここまで来なくても誰かに伝えてくれても良いんだぞ」
「移動だったんでついでです」


そう言った御幸の手には科学の教科書が持たれていた。
どうやら科学の授業の帰りにここへ寄ったらしい。
科学室は三年生の教室と同じ階にある。


「委員会、サボらずにしっかりやるんだぞ」
「それ、倉持に言ってやってくださいよ。あいつサボり常習犯なんすよ」
「む、それは後できつく言っておこう」
「はは、お願いします」
「あぁ。じゃあ、またグラウンドでな」


ぺこりと頭を下げて教室を去っていく御幸を見送ってから自席に戻る。
こうして話をする時は至って平然としていられる。
昼休みに同じく部の連絡で来た藤原とだって普通に会話が出来た。
世間話だってしたくらいだ。
それが苗字相手だとどうだ。
驚くほど頭の中が空っぽになって、何も喋れなくなってしまう。

ふう、と溜め息を吐きながら席につくと、帰りのホームルームを待った。




「ねぇねぇ」





「ねぇ、哲くん」



・・・ん?
名前を呼ばれて顔を上げる。
隣から聞こえたのは苗字の声。
まさか自分が呼ばれているとは思わず慌てて横を向けば、大きな瞳が俺を捉えていた。


「いま来てたのって二年の御幸くんだよね」
「あ、あぁ」
「御幸くんてどんなひと?」


どうして突然そんな事を聞くのか。
もしかして苗字は御幸に興味があるのだろうか。
無意識に膝の上で握る手に力がこもった。
未だこっちを見たまま俺の言葉を待つ苗字と目を合わせる。


「・・・御幸が、気になるのか?」


やっと話が出来たというのに、発した言葉は後輩への妬みを含んだものだなんて呆れてしまう。


「うん」


出来ることなら否定して欲しかった。
あまりにもあっさりと肯定されてしまい頭の中が真っ白になる。
会話すら殆どしていない内に失恋だなんて、こんな事があっていいのだろうか。
そんなことは露知らず、苗字は笑みを浮かべて話続ける。



「私の妹が二年生にいるんだけど、実は御幸くんに片思い中みたいなの」


口元に手を寄せてさっきより声を潜める彼女の体は少しだけこちらに傾いていて、いつもより近付いた距離にどきりとする。

ん?
というか、そういうことは・・・
苗字が御幸に興味があるというのは、妹の好きな男がどんな男か気になるという意味と捉えていいのだろうか。



「てかさ、私たち隣の席になって初めて話したね」
「そう、だな」
「うん」
「・・・・・・・」


話を膨らませることが出来ず、折角の会話はあっという間に終了してしまった。
いつも女子にからかわれて悪態を吐いたり、少女マンガの話で女子と盛り上がっている純に初めて感心した。
どうしたらああも話題が沢山出てくるのだろうか。
それに比べて自分のボキャブラリーの無さを呪った。

そうこうしている間に担任が教卓に着き、帰りのホームルームが始まってしまった。
今日ももう終わりか。
だけど不甲斐無い結果ではあったが、苗字と話が出来た。
・・・結果はどうであろうと。

次に苗字と会話が出来るのはいつだろうか。
また暫く先かもしれない。

そんな事を考えながら荷物を纏めていると、隣で苗字が先に席を立った。


「哲くん、また明日ね!」
「あ、あぁ、また明日」


小さく手を降りにこりと笑った彼女はぱたぱたと友人に駆け寄り、並んで教室を出ていった。


また、明日・・・

彼女のその言葉を噛み締めて、バッグを掴むと席を立った。


明日・・・苗字の机にカフェオレがおかれていたら、好きなのかと聞いてみようか。
いや、例え置かれていなかったとしても

好きな食べ物はなに、とか
好きな色は、とか


どんな小さなことだっていいから、聞いてみよう。




些細なこと
(たったそれだけの事だとしても、僕は)


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五万打記念、あず様リクの結城夢でした。

いかがだったでしょうか(^^)
ヘタレ的な哲さんのリクをいただいたのですが、おいヘタレにし過ぎだろ、と思われましたら遠慮無くご連絡ください(笑)

このような代物で大変恐縮ですが、お気に召していただければ何よりです。
あず様限定でお持ち帰り可とさせていただいておりますのでよろしければお持ち帰りくださいませ(^O^)

この度は五万打企画にご参加いただき、ありがとうございました!
また、日頃よりTRAIN-TRAIN!!にお越しいただき本当にありがとうございます!
今後ともTRAIN-TRAIN!!と小鳥遊をよろしくお願いいたします!


2011/11/12 小鳥遊 隼斗




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