短編 | ナノ

ボーダーライン



放課後の静かな準備室に近付いてくるバタバタとした足音と女の子たちのはしゃぐ声。
暫くして曇りガラスの向こうに、長身の横顔がうっすら透けて見えた。


「はい、お前らはここまでな。帰んなさい」
「え〜っ」


最初は不満そうな声を上げていた女の子たちだったが、どうやら諦めて帰ったようだ。
さっきまでの騒がしさは次第に遠退いていった。
うまく言いくるめられたな。


ガラっ


この男に。

「お、苗字まだいたか」
「いますよ。あなたが仕事を押し付けて何処かへ消えたんでしょう」
「はっはっは、んで、終わった?」
「ちょうど終わるところです」


担任の御幸先生に頼まれた資料作成の最後の一部をパチンとホチキスで綴じたところだった。


「やっぱ苗字に頼んでよかったわ。お前すげぇ几帳面だな」
「他の子に頼むと色々と面倒だから私に頼んだんじゃないんですか」
「心外だねぇ。俺がんなこと考える大人に見える?」
「見えます。御幸先生みたいな大人の言うことは信じません」
「自分が子供みたいな言い方だな」
「そうです」
「あれ、認めんだ?珍しいやつ」


先生は少しだけ驚いた顔を見せると、たった今私が綴じた資料を一部手に取って、ぱらぱらと中身を確認した。
腕が伸びたときにふわりと鼻を掠めた爽やかな香りは、御幸先生の香りだ。
黒縁の眼鏡を頭の上にずらして目を通すその姿に老眼かよ、と思ったけど口にすれば怒られるのは目に見えてるので、その言葉はそのまま飲み込んだ。


「お前らくらいの年齢だと大抵は子供じゃないって突っぱねて駄々こねるじゃん」
「子供ですよ」


あなたから見たってそうでしょ?


「でも…子供の癖に大人だって強がるほど子供ではないです」
「ややこしいやつ」


御幸先生が喉でくっと笑ったのが分かった。

届かないものに無理をするほど私は馬鹿な子供じゃない。


「お前は自分が思ってるより大人だよ。そこらへんのガキよりうんと」


眼鏡を机の上に置いた先生は乱れた前髪をくしゃくしゃとかき混ぜて解した。
こんな仕草一つになんでこんなにも胸は高鳴ってしまうんだろう。


「もう少し子供らしくはしゃぎなさい、苗字は」


ぱさりとさっき作ったばかりの資料が私の頭を叩く。
その隙間から見えた柔らかい微笑みに涙が出そうになって、ぎゅっと下唇を噛み締める。

先生は何も分かってない。
先生が思ってるほど私は大人なんかじゃない。

違うって思ってきたのに。
先生に近付きたくて。
届かないのに必死になって手を伸ばす、馬鹿な子供だ、私も。



おとなになるのはいつですか?




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