▼ 拍手08 悲しくはないのだけれど ↓ 「なーにしてんの」 「…あ、御幸」 友達と買い物に出掛けた帰り、駅前を歩いていたら前から歩いてきた男に声を掛けられた。 この辺はナンパみたいなものが多いからその類いかと思い怪訝そうにして顔を上げたら、そこにいたのはクラスメイトの御幸だった。 「いまナンパだと思っただろ」 「変な人だと思った。あ、変な人か」 「はっはっは、お前失礼だな。こんなとこで何してんだよ」 「友達と遊んでた。御幸は?」 「俺は買い物の帰り」 そう言ってラフな格好をした御幸が持ち上げた右手には、スポーツショップの袋。 野球用品を買いに来ていたらしい。 「まぁ、とりあえずそこ座ろうか」 「…なんで?」 御幸が指差したのは広めの歩道脇に設けられているベンチ。 御幸とはそこそこに仲の良い友達だけど、ばったり会ったからってそんな所に座って話し込むような仲ではない。 「足、痛いんだろ?」 「……!」 驚いた。 御幸が指摘したのは私の踵。 慣れない靴のせいで大分前から靴擦れが出来ていた。 今では歩く度にぴりぴりと痛みが走る。 「庇いながら歩いてるみたいだったからすぐに分かった」 「でも大丈夫。もう帰るだけだし」 「いいから座れ」 少し強引な御幸に促されて渋々ベンチに腰かける。 御幸がこんな風に言うのは珍しいから、つい従ってしまった。 「ほら、これ」 「え、あ…ありがとう」 私の隣でバッグをごそごそとさせていた御幸が差し出したのは、絆創膏だった。 「俺って準備いー」 「さすがモテる男は違うな」 「まぁな」 否定しないあたりが御幸らしい。 貼ってやろうか、なんて冗談を言ってる御幸から絆創膏を引ったくってぺりっと封を切る。 「なんで今日はそんな格好してんの?」 踵にそーっと絆創膏を張り付けていると、頭上から御幸の声が聞こえた。 そんな格好って言い方は失礼じゃないか? 私は精一杯のお洒落をしてきたのに。 みんなだって可愛いねって誉めてくれたのに。 まぁ、そう言われても仕方ないか。 お洒落してヒールの高い靴を履いてみたらこのざまだ。 ダサいことこの上ない。 きっと御幸だって心の中で笑っているに違いない。 「なんか今日…化粧もしてる?」 じっとこっちをのぞきこむ視線に堪らず両手で顔を隠した。 だってきっと、今の私は御幸の目に滑稽に映ってるんでしょ? 「…あの人はヒールの靴をいつも綺麗に履きこなしてるよね」 「あの人って…」 御幸は多分、私の倉持への気持ちに気づいていたから、あの人が誰を指しているのか分かっているはずだ。 「お化粧だって上手で、すっごく、きれい」 倉持のことがまだ好きなわけじゃない。 倉持のあんな良い顔を毎日のようた見てたら諦めだってつく。 ただ、あの人のようになれたらって思った。 あの人みたいに綺麗だったら… 「私なんかが真似したって到底敵わないね」 「お前は普段のままがいいよ」 「それに今日のお前だって変じゃねぇよ。いつもと雰囲気が違うから驚いたけど、普通に可愛いんじゃねぇの?」 まさか御幸がそんな風に言ってくれるとは思わなかったから、その言葉に驚いて顔をあげたけど、御幸は真っ直ぐ前を前を向いたままで、眼鏡のフレームが見えるばかり。 御幸って、こうやって慰めたりするの上手なんだな。 あまりこういうことには首を突っ込みたくないタイプたと思っていたけど。 現に私は少なからず御幸の言葉に救われた。 こりゃモテるわけだ、やっぱり。 「お前だってあの人と同じ歳になれば、同じように綺麗な大人の女になれるだろ」 不意討ち。 さっきまで真っ直ぐ前を向いていたと思ったのに。 こっちを向いて歯を見せて笑った。 あれ、いますっごいどきんってした。 続いて胸のあたりが締め付けられるような感覚。 こんなの、御幸は友人として慰め、励ましてくれてるって分かってるのに。 やばい、うそ、なんで なんでよりによって御幸なの。 倉持の次は御幸って、私はどこぞのミーハー女か。 自分でがっかりするわ。 また望み薄じゃん。 ばかだなー、私。 「御幸、ありがと」 御幸に御礼を言って、この日確かに芽生えてしまった想いを胸に、家路についた。 さっきまで泣きたいくらい痛かった踵は、いつの間にかあまり気にならなくなっていた。 踵に絆創膏 [back] |