連載 | ナノ

君を手に入れたいと思った日 07




「名前大丈夫?今日結構飲んでない?」
「まだ大丈夫」


がやがやとした少し照明の落ちた空間。
声を掛けたのは同期の友人だ。
今日は会社の付き合いで飲み会に参加している。
部長にご馳走してやろう、なんて言われたらみんな断れるわけがない。

しかし、そこで待っていたのは彼と別れた私への質問攻めだった。
なんで別れたの?
あんなイケメンもったいない!
云々。
所詮人事だ。みんなして面白そうな顔しやがって。
唯一、大体の流れを把握している友人は苦笑いを浮かべていた。

何杯目かのビールの入ったジョッキをぐいと飲み干すと、隣にいた先輩から勧められた日本酒に口をつける。
普段なら滅多に日本酒なんか飲まないんだけど。
お酒で一瞬でも、ぐちゃぐちゃした頭ん中が空っぽになったらいい、なんて思った。


「ちょ、名前飲み過ぎ!」
「だぁいじょうぶー」
「そこまで強くないんだから程ほどにしなって」


心配する友人をよそに、グラスを口に運ぶ。
友人の言う通り私は特別お酒が強いわけじゃない。
なんか、かなりふわふわしてきた気がする。
やばいな。一人で帰れる程度にしておかないと。












「・・・んぁ・・?」


あれ、いつの間にか寝ていたらしい。
しかもいつの間にかしっかりいつもの電車に乗ってるし。
・・・やばい、お店からここまでの記憶がないぞ。


ふわふわとした足どりで電車を降りる。
時計を見ると12時になる少し前だ。
明日は休みだし、まぁいっか。
足もとも頭の中もふわふわしてる。
まだ酔いは醒めてないらしい。

ゆっくりゆっくり駅から自宅へ歩いていると、突然後ろから腕を捕まれた。


「え・・・?」
「名前!?」
「あ、倉持くんだー」


振り向くとそこには倉持くんがいて、その顔は途端に眉間に皺が寄った怖い顔に。


「酔っ払ってるだろ」
「いーや」
「嘘つけ。ふらふらじゃねぇか。こんな時間に酔っ払って女一人で歩くなんて危ねぇだろ!」
「大丈夫だよ」
「変な奴多いんだから気をつけろよ」


倉持くんは溜息まじりにそう言うと、私の手首を引いて歩きだす。


「送ってく・・・」
「あはは、倉持くんて心配性なんだねー」
「このまま帰せるわけねぇだろ」


掴まれた腕を引かれ歩く。
私の足どりに合わせてゆっくり歩いてくれているみたいだ。
別に、手を離したって転んだりしないのに。多分。
しばらく歩くと倉持くんは、あ・・・と何かを思い出したみたいにこっちを向いた。


「名前ケータイ出せ」
「けーたい?なんでー?」
「いいから」


なんだかよく分らないけど、バッグの中から携帯電話を探しだし手渡すと倉持くんは私のと自分のを両手に持ち、素早い手つきで操作している。
私の携帯は1分もしないうちに手元に帰ってきた。


「赤外線しといた。今度から遅くなる時は必ず連絡しろ」
「なんで?」
「危なっかしいから送ってやる」
「ボディーガードみたいな?」
「だな。・・・つうか名前の家ってどれだよ」
「そこのグレーのやつ」
「へー・・・」


自宅前までくると倉持くんはまじまじと私の住むマンションを見上げている。



「・・・上がってくー?」
「は・・・?」
「なーんて「あほ!酔っ払ってるからって軽々しくそうゆう事言うんじゃねぇ!」
「あたっ」


冗談だったのに。
本気で怒られてしまった。おでこをぺし、と叩かれた。
腕を掴む手はさっきより力がこもり、じんじんとする。
掴まれている所を見れば、私なんかより全然大きくて骨張った手がある。
真剣な倉持くんの様子になんだか少し酔いも醒めてきたみたいだ。


「他の男の前で絶対に言うなよ」
「言わないよ・・・てか冗談だよぅ」
「冗談でも言うなっつってんだよ!」
「むぅ・・・」
「・・・名前がこんな酒癖悪い奴だったとはな」
「今日はたまたま飲み過ぎただけ!」


わざとらしい大きな溜息をついてげんなりしたような顔をする倉持くんに反抗してみると、倉持くんはいつもの笑顔と独特な笑い方で笑った。


「つうかよ・・・今度からやけ酒するくらいなら俺に連絡しろよ」
「なんでよ」
「名前の愚痴くらい、いくらでも聞いてやるっつの」


頭のてっぺんを大きな手が撫でる。
最近この図が恒例になってる気がして、なんだかなぁ。






「部屋入るまで見てるから行けよ」
「ん・・・わかった」
「コケんなよ」
「コケないし!」


私が完全に部屋に入るまでは油断できないとかで、仕方なく倉持くんを残して階段を上がった。
2階の部屋前で外を振り返れば、こっちを見上げて手を上げる彼の姿。
倉持くんに軽く手を振り返し、ゆっくりと玄関に入る。






「あー・・・・・・なんだろ」


寝室になだれ込むようにしてベッドに体を投げ出した。
俯せで寝転がりぼんやりとした視界の中に映ったのは、さっきまで倉持くんに掴まれていた腕。
倉持くんの大きな手と頭を撫でられた優しい感触が、今日はやけに記憶に残る。

倉持くんの優しさに少し、涙が出そうになったのも
それもこれもきっと、きっと、全部酔っ払っているせいだ。
明日になればきっとすっからかんに忘れてるに違いない。





そのまま眠りに就いてしまったらしい私が、新着メールを知らせる携帯電話の点滅に気付いたのは、翌日の昼近くのことだった。




きっとそうに違いない



back




TOP




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -