連載 | ナノ

君を手に入れたいと思った日 05



きっかけは些細な事だったのかもしれない。


けれどそれはあの人にとっての事で。
私にしてみたらそれは些細な事なんかではなくて。
もう、とうに感じていたであろう限界を超えてしまったんだろう。


今まで気付かない振りでいたのは




恋をしなくちゃ、消えないと思ったものがあったから。


そう、それが例え偽物の恋だとしても。

馬鹿みたいだ。
結局恋してみたって、所詮それは恋愛ごっこでしかなかった。
何の意味も持たないものだった。


自分の馬鹿げた考えに自嘲して、とてつもない嫌悪に襲われる。





寝不足で化粧のりの悪い顔を下げながら、毎朝の道のりを行く。

よかった。
今日は倉持くんがいない。
こんな朝にあの少年には会いたくなかった。


結局その日は仕事も捗らず、残業までする始末。
自宅の最寄駅に着いたのは、22時を過ぎていた。

とぼとぼと自宅までの道のりを歩いて行く。
さすがにこんな時間。
道行く人もいつもの時間帯より少ない。
そんな中、私は見つけてしまった。


コンビニ前の段差に座り込む倉持くんの姿。


「遅ぇよ。残業か?」


この少年はいつもより2時間近く遅い私の帰りを、いつからここで待っていたのだろうか。
にか、と笑ったその顔になんだか少し力が抜けた。


「野球部員がこんな時間に何やってんのよ」
「これ、やる」



ずい、と顔の前に出された物はガサリと音を立てるビニール袋。


「なにこれ」
「やる」


私の手に持たせるように押し付けられたそれを渋々受け取り、中を覗いてみる。



「これ・・・!」


その中に入っていたものは、
私の愛してやまない、とろける卵プリンだった。


「名前それ、好きだろ」
「なんで知ってんの?」
「よく買ってるの見てたからな」
「だからそれストーカーじゃん」
「ヒャハ!うっせ」








「まぁ・・・それ食って元気出せ、つーことで」


私にくるりと背を向けそう言った倉持くんに驚き、動きを止めた。


「なんかあったんだろ」
「・・・・・・・・・」
「別に聞き出そうなんて思ってねーから」


私の異変に気付いていた倉持くん。
私の心を見透かした様な倉持くんの言葉に一瞬でも、聞き出すつもりなのかと面倒に思った自分が恥ずかしく思えた。




「つうか・・そのヒデェ顔、早くなんとかした方がいいんじゃね?」
「・・・!!うるさいっ黙ればかもち!」
「ヒャハハ!こえー顔」
「むかつく」


わざと肩をすくませ、そう言う倉持くんの腕をバッグで叩いてやった。





「まぁ、そんだけ怒れんなら平気だな」


ぽん。と頭に置かれた掌。
悔しいけど、彼はヒールを履いた私より背が高い。
上からてっぺんをわしゃわしゃとされる。


「大人を子供扱いしないでよね」
「はいはい」
「はいは一回でよろしい!」


お前は先生かよ、なんて突っ込んでる倉持くんの手を頭から払い退けた。




「うぉ!もうこんな時間じゃねぇか」


携帯電話のサブディスプレイで時間を確認した倉持くんは、少し慌てた声を出す。
その声に腕時計を見てみれば、もう針は23時近くになっていた。


「俺、そろそろ寮戻るわ」
「うん。・・・これ、ありがとね」
「おう。しっかり食えよ」


じゃあな、と言葉を交わし倉持くんと別れる。


コンビニからの短い帰り道。
右手にはカサカサと音をたてるビニール袋。
先程まで感じていた足の重みは、全く感じなかった。



私の中で何かが一つ、固まった気がする。

いや、もうとうに出さなくてはならなかった答えを、漸く出す決意ができたんだ。





家に帰ってから食べたプリンは
どこからどう見てもいつもと同じプリンなのに。


なんだか今日はいつもより少し、優しい味がした。




元気のみなもとにどうぞ



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