▼ 指先でふれたロマンチック 19 いつだって大切なことは後から気付く。 私はどうしてこうも要領が悪いんだろう。 最近良いことばかりで浮かれているからこうなるんだ。 「どうしよう大丈夫かな…」 「飯食ってんだからバタバタ埃立てんな」 昼休みのバルコニーに座り込む倉持は、目の前をうろうろ歩き回る私を邪魔くさそうに見上げた。 「真剣に悩んでるのに!倉持のばか」 半ば八つ当たりもいいところだ。 そうでもしないといられないこの状況に陥ったのは今朝の出来事だった。 登校中、教室へ向かう途中の廊下で同じクラスの子から内緒話をする様に告げられた。 『御幸くんと付き合い出したって聞いたよ』 思わずぎょっとしたけれど、比較的仲の良かったその子はおめでとう、と屈託のない笑顔で祝福してくれた。 うっかりしていた。 こうして噂が広まるなんて事は少し考えれば分かったはずだ。 特別秘密にしているわけではないし、一緒に帰ったりしていれば誰かの目に着くこともあるだろう。 部員伝いに話が伝わるのだってごく自然の流れだ。 けれど、いざ周囲に知られたとなるとやはり脳裏に蘇るのは過去の記憶だった。 また、前みたいに好奇の目を向けられるんだろうか。 大丈夫、御幸がいるんだから、と言い聞かせてみてもやっぱり不安は拭い去れない。 「大丈夫だろ」 溜息を吐いた私にさらりと言う倉持。 その姿を見下ろすと相変わらず座り込んで昼食の惣菜パンをかじっている。 何を根拠にそんな事を言うのかは分からなかったけれど、その表情は適当に物を言っているような顔にはとても見えなかった。 「名前ちゃん」 後で御幸とちゃんと話そう。 そう思って何度目かの溜息を吐いたと同時にどこからか名前を呼ばれた。 声がした方を振り向くと、校舎の中から一人の女の子が私を手招きしている。 あの子、知ってる。 短めのスカート、ゆったりと綺麗に巻かれた長い髪に少しキツい印象を与えるメイクを施した美人系の彼女。 御幸に熱を上げているグループの中心人物だ。 あぁ、思っていたよりも早くこの時が来てしまったようです。 ちらりと倉持を窺えば、さっきと同じ表情で一度だけ頷いた。 大丈夫、か。 大丈夫じゃなかったら絶対後で引っ叩くからな、倉持。 じわりと掌に滲んだ汗を握りしめると、意を決して彼女の元へ歩み寄った。 「お昼にごめんね」 「大丈夫、どうしたの?」 いや、用事なんて分かりきっているけれど。 昼休みのくせに妙に静かな廊下が余計に私の恐怖心を煽る。 大丈夫、姿が見える程の距離に倉持だっているんだから。 「あのさ、御幸くんと付き合ってるって聞いたんだけど本当?」 来た。 来た来た来た。 どくどくと音を立てる心臓。 彼女を刺激しないようにするには何て言うのが正解? 一生懸命頭を働かせてみたけれど、口をついて出たのは肯定の一言だけだった。 「…うん」 「そっかー!ついにかぁ」 「え?」 予想していたのとは違う明るい声に顔を上げると、目の前の彼女はにっこりと笑っている。 あれ…怒ってないの…? 「御幸くんが誰かのものになっちゃうのは悔しいけど…名前ちゃんなら異存はないっていうかさ」 「あ…ありがとう」 「他の子だったらぼろくそに言ってたかもしれないけど!」 「は、はは…」 笑ってそう言った彼女の言葉に少しだけ口元が引きつったが、その勢いに押され釣られて笑った。 「名前ちゃんの頑張り見てたら文句言う子なんていないよ。絶対」 「……!」 「頑張って!」 「…ありがとう!」 じゃあね、と手を振って去って行った彼女の背中を見送りながら、じんわりと暖かくなった胸の前でぎゅっと手を握った。 今のって…今のって… 認めてくれてるって思っていいのかな。 「倉持!倉持の言った通りだった!大丈夫だった!」 「ヒャハ!お前興奮しすぎ。んなの当たり前だろ」 じわじわと湧き上がる想いを胸に走り寄ると、私の顔を見た倉持がにかりと笑った。 「お前のことちゃんと見てるのは、俺たちだけじゃねぇってことだよ」 「……っ」 「みんなちゃんと分かってんだ」 どうしよう、泣きそう。 すごく嬉しい。 「あれ、なんかあった?」 「御幸!」 何も知らず、遅れてバルコニーにやってきた御幸に思わず駆け寄って両腕をぎゅっと掴んだ。 「あのね、すごく…すごく嬉しいことがあった!!」 「そっか」 興奮冷めやらぬままそれだけ言うと、まだ何も話してないのに御幸はとても優しい顔で笑った。 「唯と梅のところ行ってきていい!?」 「おー、こけんなよ?」 「うん!」 バルコニーを飛び出して、廊下を駆け抜けた。 驚くほど体が軽くって、いくらでも早く走れてしまいそう。 早く、早く伝えたい。 間違いなんかじゃなかったんだって。 みんなと一緒に続けてきてよかったって。 私を引っ張ってきてくれてありがとうって。 溢れるメロディー (みんながだいすき) [back] |TOP| |