連載 | ナノ

君を手に入れたいと思った日 04



初めてあの人を見たのは一年の冬。


俺達野球部行きつけのコンビニの入口で、ふわりといい香りがして。
振り返るとOLっぽいお姉さんがちょうど入れ替わりで店内に入っていった。
数人でコンビニの前で肉まんをかじっていた俺は、中にいるその人を目で追った。

つやつやの綺麗な肩くらいまである髪にセンスの良い服。
高いヒールをはきこなす姿はどこからどう見ても大人の女の人だった。
振り返った顔を見れば、濃すぎない化粧が施された整った顔。



綺麗な人だ、と思った。


ペットボトルと菓子を手に取りレジに並ぶ姿を見ていると、その完璧な大人の女が大きな口を開けて欠伸をしたんだ。
眠そうに目をこすり、擦ったがために落ちた化粧を見て、しまった、というように顔を歪めた。


「ヒャハ」
「んぁ?どうした?」
「いや、なんでもないっス」


思わず笑ってしまった口元を押さえた。
がっかりした、とかそんな気持ちは微塵もなくて。
そんな彼女を可愛いと思っている自分がいた。


やべー、これが女子がよく言うギャップ、ってやつか?

そのまま彼女は会計を済ませ、コンビニ前にたむろする俺達には目もくれず前を通り過ぎて行った。

全然眼中に無しじゃん。
分かっちゃいるけど、なんか残念だ。



その日から何度かコンビニで彼女を見かけた。
気付けば頻繁にそのコンビニへ通い、彼女を見つけている自分がいた。
彼女もわりとこのコンビニを利用しているみたいだ。
この近くに住んでいるんだろう。
右手の薬指に光る指輪を見つけた。
彼氏がいるのかもしれない。
いや、いるようだ。


やべぇ、なんか俺ストーカーみたいじゃねぇか?
後つけたりしてるわけじゃねぇし、セーフか?




そんなある日の夜。
彼女を見かけた。
ただ、いつもと違うことが二点。

彼女の隣には、俺よりうんと大人の長身のイケメンが居た。
スーツがビシッと決まってる。
隣でその男を見上げて笑う彼女。



違う。


凄く優しそうな表情を浮かべて話をしている彼女。



違う。


彼女のその表情にひどく違和感を感じた。
早く言えば、作り笑い・・・?
そう作り笑いだ。
綺麗な姿には変わりないが、いつもの彼女の魅力は半減・・・いや、それ以下だ。


時刻は21:30を回っている。
あの男はこれから彼女の家に行くのだろうか。
家に上がるのだろうか。

彼女に



触れるのだろうか。






「ぁ゙ーーーっ!!」
「うおっ、ビビった!何だよ」


彼女とあの男の事を考え始めたら頭の中の妄想は次々と繰り広げられ、悔しい気持ちと羨ましい気持ちでぐちゃぐちゃになった。
思春期の男子の妄想力なめんなよ。


「倉持くん?シカトか?」
「あ?」


御幸、隣にいたのか。
そうだ、一緒に買い出しに来てたんだ。
忘れてたぜ。



「いや、なんでもねー。ストレス発散、みたいな?」


御幸は怪訝そうな顔で俺を見ている。
うるせーからこいつには秘密にしておこう。
俺が恋で悩んでいるなんて。
ぜってー言えない。






それからしばらくして春になり、俺は二年生に進級し新しい後輩もできた。
そんなある日、いつものコンビニでまた彼女とイケメンを見た。


「あ、私これ好きー」


彼女はデザートコーナーにあるプリンを手にしてイケメンにそう言う。
確かに、それよく買ってるよな。
増子先輩もお気に入りのプリンだ。
うん、俺も結構好きだ。


「そんな甘いのよく食べれるね」
「そんなに甘くないよ?」


食べてみれば?と薦める彼女に、今日はやめとく、と返しレジに並ぶイケメン。
お姉さんは少しつまらなそうにプリンを元の場所に戻し、イケメンの背中を追った。


わかってねーな、あのイケメン。
そこは買ってやるべきだろ。
勧められた自分の分と彼女の分を。
俺は雑誌コーナーで漫画を立ち読みしながらそう思う。

すると、コツコツと足音がして彼女が俺の隣に立った。
雑誌コーナーを見渡すと、俺の前に陳列されているファッション誌に手を伸ばす。
俺の横から斜めに伸ばされた白くて細い腕。

彼女の体が今までで一番近付いた瞬間だった。
ふわりと、あの時と同じ優しい香り。


漫画のページをめくるのも忘れ、俺はそこに立ち尽くした。
パラパラと隣でページをめくる音がやけに大きく聞こえたのは、全神経を耳に集中させていたからかもしれない。



「名前、行くよ」
「!待って」


横から声がして彼女は慌てて雑誌を戻し、イケメンの後を追った。


名前。
それが彼女の名前。
イケメンよ、教えてくれてありがとう。

ガラス越しに去っていく二人を見遣る。
彼女はやっぱりまた作り笑い。



あのイケメン、全然分かってねぇよ。
俺は一つ決意をすると、漫画をラックに戻しコンビニを軽やかに飛び出した。


あの男があの程度なら、俺が名前を振り向かせてやる。
何故かわからないけど妙な自信があった。



軽やかな足取りで寮に帰り、シューズを履き替えると再び外へ飛び出した。


「お、今から自主練?」
「おう。ちょっと走ってくる」


部屋の前で自主練上がりの御幸と擦れ違う。


「なんか機嫌いいな」
「んなことねーよ」
「そう?」


これ以上ここにいるとこいつに追及されそうだ。
俺は足早にその場を去り、練習グラウンドに向かった。

僅かな部員が残るグラウンドで走り込む。
いつもよりペースが速いかもしれない。



次、彼女に会ったら声を掛けよう。
なんて声を掛けよう。
そんな事を考えていたら自然と足が軽かった。




どれくらい走っていたんだろう。
残っていた部員は一人残らず引き上げていて、グラウンドはしん、と静まり返っていた。

クールダウンを終えるとグラウンドに大の字で寝転がる。


「あちーっ!」


流れる汗を拭いながらぼんやりと真っ暗な空を見る。





あの人が好きだ。


あの人のことを知ったらきっと、
もっともっと好きになる。



絶対に手に入れたい。

そう、強く思った。




数日後、声を掛けた彼女の予想通りのつれない態度に俺は心の中で笑った。


ヒャハ、そうでなくちゃ
振り向かせ甲斐がねぇよ。




そうして恋におちた



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