連載 | ナノ

指先で触れたロマンチック 16



私と御幸の二人だけしかいない屋上は普段より妙に静かだった。
校庭からか教室の窓からなのか、昼休み独特の喧騒がやけに耳に付く。
御幸の視線は私に向けられたままで、その目を真っ直ぐ見ることが出来ない私は、御幸の足元に目を落としたまま混乱した頭で御幸の言葉を整理し始めた。


私は御幸がずっと好きだった。
御幸も私が好き?
でも御幸の側にはいつもあかねちゃんがいた。

やっぱり何度考えたって信じられない。



「あかねちゃんは・・?」
「・・・は?もしかして俺があかねのこと好きだと思ってんの?」
「だってそうでしょ」
「どう見ても違うだろ」
「どう見たってそうだし!」


そう言った私に御幸は頭を掻いて大きく息を漏らしたかと思うと、何か思い立ったような顔をしてくるりと背を向けた。


「ちょっと着いてきて」


そのまま歩き出した御幸の背中を慌てて追い掛ける。
出入口のドアを潜った御幸はそのまま階段を降りて行った。


「ねぇ、どこ行くの」
「あかねんとこ」
「え!?」
「わからずやの名前に証明してやる」


証明って・・・
振り向いた御幸が拗ねたような顔を見せるから、私の心臓がまたどくんと大きな音を立てた。

もし、もし御幸の言葉が本当だったら・・・
珍しく早足で歩く御幸の背中を見つめながら、逸る気持ちを掻き消すようにどきどき煩い胸をグーでどんどんと叩いた。



「一也くん、名前ちゃん!」


聞き覚えのある可愛らしい声に顔を上げて前を向くと、偶然にも今まさに会いに行こうとしていたあかねちゃんがこれまた可愛らしい笑顔を浮かべて私たちの方へと歩いて来ていた。


「丁度良かった。今からお前のとこに行こうとしてたんだよ」
「え、なになに?」
「お前の好きなやつを名前に教えてやって」
「え・・っ」


廊下のど真ん中での唐突すぎる発言に目を丸くすると、目の前の彼女も大きな瞳を更に大きく開いていた。
そりゃあそうなるよ。
それにあかねちゃんの好きな人って・・・

彼女の口から発せられる言葉を想像すると、さっきまでのどきどきは途端にちくりとした痛みに変わる。
真っ赤な顔でこっちをちらりと見上げたあかねちゃん。
あぁ、なんだもう。
なんだこの可愛すぎる子は。
やっぱりこんな子に敵うわけがないじゃん。
もじもじしたあかねちゃんの小さな唇が動き出す瞬間、思わずぎゅっと目を閉じた。




「鳴くん・・・」
「・・・・・・・・え?」


彼女の可愛らしい声が紡いだその名前に耳を疑った。
だって私が想像していた名前とは違うものだったから。
めい、くん?
今そう言ったの?


「あ・・あの、稲実の・・・」
「な、成宮、鳴・・・?」


真っ赤な顔でこくりと頷いたあかねちゃんに唖然としながら視線を外すと腕を組んでどうだ、とでも言いたげな御幸と目が合った。


「俺は中学の頃から無理やり相談役やらされてんだよ」
「だって!鳴くんを紹介してくれたのは一也くんだし・・・あ・・ていうかもしかして一也くん、ついに名前ちゃんと!?」
「いや、こいつ俺の言うこと全然信じてくれないんだよ」
「名前ちゃん、一也くん最近ずっと名前ちゃんのことで伊佐敷先輩に嫉妬しちゃって大変だった・・」
「余計なこと言わなくていいから!行くぞ」


手を掴まれてそのまま御幸に引っ張られるように歩き出す。
今の話、もっとちゃんと聞きたかったのに。
振り向けば彼女は笑顔で手を振って私たちを見送っていた。
ねぇ、あかねちゃんが言ってたことは本当?
いつだって冷静な御幸がやきもちをやくなんて想像できないよ。


右手はしっかりと御幸の左手と繋がれていて、その手はびっくりするくらい熱い。
じんわりとそこから御幸の熱が伝わる。

ねぇ、御幸も同じなのかな。

熱い指先の温度、
赤に染まったその耳元・・・



廊下の突き当たりまで来て立ち止まった御幸はゆっくりとこっちを振り返った。
右手はまだ繋がれたままで、御幸の瞳に見つめられると耳の奥で煩いくらい自分の心音が響いた。


「俺が本気だって分かってくれた?」
「・・・うん」
「じゃあ、俺と付き合って・・・・あ!」


御幸の優しい表情に視界はみるみるうちに歪んできて。
うんって言おうとしたのに、それは御幸の声によって阻まれた。


「名前は俺の事、好き・・・?」
「っ・・好きだよ、大好きに決まってんじゃんばか!」


らしくない不安げな顔をしてそんな事を言う御幸に溢れかけていた涙は少しだけ引っ込んで、つい大きな声でそう言ってしまった。

だって、だってこんなにもずっと御幸のことを想っていたんだもの。
好きじゃないわけがない。


「ぁあー・・良かった・・・お前意外とモテるし、まじ焦ってた」
「い、意外とは余計だし」


ほっとしたようにがくりとしゃがみこんだ御幸は繋いだままでいた私の手を両手できゅっと握り締めた。


「もう他の男なんか近付けさせねーからな」


見上げられた表情にさっきまでの不安はどこにも感じられず、そこにいるのはいつもみたいに強気な御幸だ。
立ち上がった御幸にぎゅっと抱き締められた私は、ただただ顔を火照らせて硬直することしかできなかった。


頬を掠める御幸の襟足がくすぐったくて、自然と顔が綻ぶ。

私を包み込んだその腕は、あの日私を抱き締めた腕よりもうんと逞しかった。




ここから始まる
シュガーストーリー

(きみの優しい顔が、腕が、手が、わたしをとろけさせるの)




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