▼ 指先でふれたロマンチック 14 「お前昨日デートだったんだって?」 「は!?」 練習試合が始まる前にベンチで準備を進めていた私の後ろから倉持がぼそりと言った。 勢いよく振り返って倉持を見上げれば、帽子のツバから覗く顔がにやりと笑う。 昨日の事を倉持には伝えていないのにどうしてその事を知ってるんだろう。 「なんで・・・」 「沢村が昨日騒いで回ってた」 あ・・・あいつかー! そうだ、出掛ける前に一番会ってはならない奴に会ってしまったんだった。 倉持の話によればあの後寮に戻った沢村は私と御幸がデートに出掛けたと大騒ぎしていたらしく、安易に想像出来るその姿に深い溜め息を吐いた。 そういえば御幸、あの後帰ってから沢村の球受けたのかな? 「で?どうだったんだよ」 「え?」 「だからデート」 「べ、別にただバッテ選びに行っただけだし!」 にやにやとする倉持が期待するようなことは何も無い。 ただ一緒に買い物に行っただけ。 うん、それだけ。 「楽しかったんだな」 「なんで?」 「顔がにやけてる」 「う、うそ!」 「ヒャハ!まぁ、よかったじゃん」 倉持はにっと笑ってそう言うとそのままグラウンドへ戻っていった。 何か恥ずかしいな・・そんなににやにやしてたのかな、私。 「名前ちゃーん」 にやけていると言われた口元を指でぴしっと引き締めていると、倉持と入れ替わるようにして今度は亮さんと純さんが現れた。 満面の笑みを携えた亮さんに思わず後ずさりしてしまう。 だってその笑顔を見ただけでこれから何を言われるのかがすぐに分かっちゃったんだもん。 「昨日デートだったんだって?」 「い、いや・・」 「一言くらい言ってくれてもよかったのに」 「いや、でもデートなんかじゃなくてただ買い物に付き合わされただけで・・・」 「今までだって相談に乗ってきたのになぁ、隠されてたなんてショックだなぁ」 「あ、いや、それは・・・」 「・・亮介、その辺にしとけ」 亮さんからの口撃を受けて冷や汗をかき始めた私を見兼ねた純さんが止めに入ってくれる。 ほっとひと息吐いて、周りに人がいないのを確認してから二人に事の成り行きを説明した。 「本当に買い物に付き合っただけなんですよ。私が選んだバッテを使うと打てるっていう変な噂があって・・・」 「あぁ、あれな!あれはまじで打てるからな」 「そうだね」 そうだ、この二人が使っているのも私が選んだものだった。 ただの偶然だと思うんだけどなぁ。 絶対迷信だよ。 「それで、何か進展はあった?」 何かあったかと言われれば変なおじさんに声を掛けられたくらいで、進展なんてものは何も無かったんだけど・・・ あの後、御幸は言葉通り私を家に送り届けてくれるまでずっと隣にいてくれた。 ただ隣にいてくれるだけだったけど、守られているようなそれは凄く嬉しくて。 やっぱり私は御幸が好きなんだって想いをただ再確認させられただけだった。 でもそんなこっ恥ずかしいことを二人に言える訳もなく、亮さんの言葉に首を横に振った。 「そう。でも楽しかったんでしょ?」 「はい」 「それなら、よかったじゃねぇか」 倉持と同じことを言った純さんは自分のことみたいに嬉しそうに笑ってくれる。 いつもこの二人はこうして私のことを心配してくれて、応援してくれるんだよね。 亮さんまで毒気のない笑顔でよかったね、って笑うからなんだか照れくさくなって、頷きながら持っていたスコアブックで顔を隠した。 「名前」 へらへらと笑っていたところに突然御幸の声がして、思わず反射的に背筋がぴんと伸びた。 振り向く前にさっき倉持に指摘されたにやけ顔に注意して口元を引き締める。 「御幸、どうしたの?」 「何かあっちの準備大変みたいだから手伝ってやってくんねぇ?」 「あ、うん!」 御幸が指さしたのはもう一試合が行われる第二グラウンドだった。 グラウンドを見てみると、もう他校の選手がアップを始めようとしているところだ。 まだ準備が残ってるんだとしたら急がなくちゃ。 「じゃあ、ちょっと行って来ます!」 「おう」 「うん、よろしくね」 亮さんと純さんに声を掛けて、慌てて第二グラウンドまで駆け出した。 いけない、自分の持ち場が終わったからって話に夢中になってて全然気が付かなかった。 「ごめん、準備手伝う!」 「え?こっちはもう終わってるから大丈夫だよ」 「え?そうなの?」 「うん」 第二グラウンドの準備を担当していた唯と二人して首を傾げてしまった。 グラウンドやベンチを見渡してみたけど唯の言う通り準備は整っていて、いつでも試合を始められる様子だった。 何だろ、御幸の勘違いだったのかな。 御幸の姿を探すと、第一グラウンドの方でまだ亮さんたちと何か話し込んでいるみたいだった。 背を向けている御幸がどんな顔をしているのかは分からないけれど、亮さんが少しだけ厳しい表情を浮かべているような気がするのは気のせいなんだろうか。 少し心配で暫く三人を眺めていると御幸が一度こっちへ振り返った。 その表情は今までに見たどれよりも真剣で、何故だか少し胸騒ぎがした。 くもりガラス (きみのそんな表情を見たのは、はじめてでした) [back] |TOP| |