連載 | ナノ

君を手に入れたいと思った日 03



20:45

仕事帰りの人々でざわざわとする駅を、ゆっくりと歩いて改札を潜った。
座り仕事の一日を終えた足は少しむくみ、かったるそうに家までの道のりを歩きだす。

夕飯どうしようかな。
作るのも面倒だし、何か買って帰ろう。
あ、昨日倉持くんのせいで買えなかった雑誌を買おう。
ついでにサラダでも買っていくか。


ぼんやりとそんな事を考えていれば、あっという間に昨日のコンビニに到着した。
雑誌コーナーのラックから目当ての雑誌を引き抜くと、お弁当コーナーで適当なサラダを選ぶ。
レジ横の唐揚げを買おうか最後まで迷ったけど、なんとか欲望を抑えお会計を済ませた。


さて、帰るか。
そう思ったのに。

ガラスの外には笑顔で手をあげているあいつの姿。


出たな、倉持洋一。


「おかえりー」
「・・・」



「なんでいんの?」
「もうそろそろ帰ってくっかなーと思って」


いつもこれくらいじゃん?
と悪びれもなく言う倉持くん。


「いつも!?」
「いつも」
「いつもってあんたストーカーか!やめなさいよ」
「仕方ねぇじゃん。気になるんだから」


恥ずかしげもなくそう言う倉持くんに一つため息を吐き、私はまだこの少年に告げていなかった事を思い出す。


「あのさ、こうして構ってくれても私、恋人もいるし。倉持くんの彼女にはなれないのよ」
「知ってる」


先ほどまでの笑顔は消え、真っ直ぐな強い瞳が私を捕らえた。


「名前に恋人がいるくらい知ってる」
「知ってたの?」
「いつも見てた・・・て言っただろ」








「奪ってやるよ」
「は・・・?」
「だって今の男、全然ダメだろ」


にやりと笑ってそう言う彼の自信は、一体どこから来るものなのか。


「あの男、名前の事なんも分かってねーじゃん」
「・・・・・・あんただって分かんないでしょーが」
「少なくともあの男よりは分かるぜ?あの男とは続かねぇな」


その顔はにやり、とやはり不敵な笑みを浮かべている。



「俺のこと絶対好きにさせてやる」


彼のあまりにも自信に満ちた姿に、私はあんぐりと口を開けてしまった。


「ヒャハ!なんて顔してんだよ」


私の顔を指差して笑っている倉持くん。



絶対に好きにさせてやる?
私がこの少年を好きになる?


いや、ないだろ。

ないない。



ないないない。





「んじゃ、俺自主練中だから戻るわ!」


心の中で、ないを繰り返していたら倉持くんはお尻のポケットに差し込んでいたであろう練習着の帽子をぐっ、と被る。

あ、高校球児になった。


「じゃあまたな」
「またがあったらな」
「ヒャハハ!あるっつーの!!」


倉持くんは少し大きな声でそう言いながら、軽やかに駆けていった。



時刻は21:10

一体何時まで練習をしているんだろうか。
倉持くんの姿が見えなくなると一つ息を吐き、自宅への帰途につく。


何を思って言ったかは知らないけれど。
一つだけ、的を得ていた彼の言葉は褒めてあげよう。



調子に乗るから本人には絶対言ってやんない。




そんなこと知ってるよ



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